寝落ち通話
時刻は19時、配信は21時からなのでたぶん大丈夫だろう。
『あすまるさん、いま通話できますか?』
送信しようとしたその時、ちょうどスマホが震えてあすまるから電話がかかってきた。
……まだ送ってないぞ
「もしもし、あすまるさん?」
『あ、翔気……くん?いま大丈夫だったかな?迷惑じゃ……なかったかな?』
通話越しの声は少し震えていた。
「大丈夫ですよ」
『ごめん、ごめんね……本当は翔気くんに連絡するつもりなかったんだけど、1人だと不安で不安で……ごめん、本当ごめん』
「いや、大丈夫ですって……一体どうしたんですか?」
『話、聞いてくれる?』
「聞かせてください」
そう言うとあすまるは少しだけ冷静さを取り戻し、ぽつりぽつりと語り始めた。
『あすまる、たぶんちょっとだけ、ほんのちょっとだけ面倒くさいところがあってさ。1週間以上人間関係が続いたことないんだよね。好きな人のことになると周りが見えなくなるっていうか……まあ、そんな感じ』
はあ、と不安そうなため息が画面から聞こえた。
『今日もね、あすまるちょっと失敗しちゃったの。相手が別に望んでないことなのに勝手に暴走しちゃって……結果迷惑かけてさ……ほんと死んだ方がいいよね』
声はだんだんと震えてきており、鼻をすする音も聞こえてきた。
『こんなんだからさ、里香ちゃんにも誠也くんにも嫌われてさ……なんでなの?私悪くないのに……ぐす……なんでみんないなくなっちゃうの……?』
昨日のことからあすまるには不安定なところがあることは分かっていた。
しかしここまでとは。
「そんなことないです、大丈夫ですよ。あすまるさんも悪気があってやったわけじゃないんですよね?」
俺はとりあえず励まさなければと声を掛ける。
『翔気くんは……分かってくれるの?』
「まあ俺も他人に迷惑かけた経験なんてごまんとありますし、気持ちは分かります」
『ほんと……?』
「本当です」
『そう……なんだ……』
あすまるの声音は少し明るくなった。
なんとか気分を方向転換できたようだ。よかった。
少しだけ何かを噛み締めるように間を置き
『……大好き』
ボソッと呟かれた。
『翔気くんだけだよ、こんなあすまるのこと分かってくれるの……』
堰を切ったように流れてくるどストレートな愛情表現。
こんな直接的に好きを伝えられたことなんてない俺は少し狼狽えてしまう。
『あすまる今日帰ってからずっと悩んでたのに……翔気くんと話してたらすごく元気でちゃった……本当すごい、大好き……!』
「い、いえそんな……元気になってくれたなら嬉しいです」
喜怒哀楽の変わりようがすごい。
『……?好きだよ』
「はい、う、嬉しいです」
『……?だから好きだよって』
「え、あはい……」
しかし急に不満そうな無言の時間が流れる。
「あすまるさん?」
『……翔気くんは?』
「……え?」
『言わないの?好きって、あすまるは言ったよ?』
声音には圧が乗っていた。
「す、好きです……あすまるさん」
思わず歯が浮くような感覚がしてしまう。
『ふふ、よかった。今度からはちゃんとあすまるが好きって言ったら翔気くんも好きって言ってね、恋人なんだから一方通行はダメなんだよ?』
「了解……です」
俺はこういう直接的な愛情表現が苦手なのかも知れない。
『それにしても恋人……かあ』
あすまるは今言った言葉を噛み締めるように呟く。
蕩けるような声に少しぞくりとする。
『あすまるね、翔気くんみたいな恋人初めてでね、凄く今幸せなんだ。』
「……俺も幸せですよ」
幸せ……俺はあすまると付き合えて幸せだ。だから……あすまるのことは好きになれる。
そうだろう?
自己暗示をかけるように言葉を反芻する。
『ねぇ、恋人になったしさ……お願い1ついいかな?』
「なんですか?俺にできることならぜひ」
一つ間を置き、恥ずかしそうにあすまるは言った。
『……あすまるのこと、ずっと好きでいて?』
重い言葉だった、友達との関係が今まで長続きしなかったというあすまるの『ずっと』。
その二文字に込められた願いの重さが、電話越しでも伝わってくる。
けれど俺は、その約束だけは守れないことを知っていた。
喉の奥がひりつく。言葉が出ない。
『……翔気くん?』
不思議そうな声が耳に届く。
震える唇を噛み締め、できる限り優しい声を作る。
「……もちろん」
『ありがとう、嬉しい……嬉しいよ』
その一言だけが、ひどく響いた。
『……ねぇ翔気くん、明日話があるの。』
「話?」
『うん、いままで言うタイミングがなくてずっと隠してたんだけど……明日言うね』
「今じゃダメなんですか?」
『今でも良いんだけど、どうせなら直接がいいかなって』
「それってどういう……?」
『ふふ、明日のお楽しみー、翔気くんきっとびっくりするよ?』
あすまるはそう言って楽しそうに笑った。
そうして俺たちは配信の時間になっても通話を続け、気づけば互いに寝落ちしてしまっていた。




