アスマルの花
◯11日目(日曜日)
差し込む朝日で目が覚める。
ぼんやりと天井を眺めながら、昨日の出来事を思い返した。
……二人目の彼女ができた。
まだ実感が湧かない。
配信者と付き合うなんて、何年もコメントを送り続けてようやく届くような世界だと思っていた。それが、たった三日で恋人になってしまった。
正直、肩透かし感が尋常じゃない。
……まあでも、これでマツリを救うのに一歩近づいたわけだ。
しかも三日で付き合えたということは、そのぶん次の共鳴体に使える時間も増えたということでもある。
決して悪いことではない、むしろ良いことだ。
……だがひとつ気になることがある。
艶事主命のことだ。
寝転んだままスマホを手に取る。画面には何の通知もない。
愛と付き合った時は、その日のうちに神から連絡が来た。
なのに今回は何もない。
あの神なら全部見ているはずだ。付き合えたことを知らないわけがない。
ふとスマホの時計を見ると朝の10時を指していた。
ベッドから起き上がり出かける支度をする。
日曜日は買い物の当番なのだ。
まああの適当な神のことだ……連絡するのを忘れてたーとかだろう。
まったく……出かけるついでに神社に寄ってみるか。
そう決めると昨日愛に見繕ってもらった服を着て、家を出る。
スーパーまでは歩いて十五分ほど。イヤホンを耳に差し込み、あすまるのアーカイブを流しながら住宅街を歩く。
「……翔気くん」
声をかけられた。
イヤホンを外して振り返る。
「江蜜さん……?」
思わず目を丸くした。
学校以外で会うのは初めてだった。
白いポロシャツに、半袖のカーディガンを重ね着したレイヤードスタイル。下は茶色のロングスカート。
シンプルな格好だが、それが江蜜の無垢な雰囲気によく似合っていた。
「偶然ですね」
そう言って小さく笑う。
「買い物ですか?」
「うん。」
「私もなんです。一緒に行きませんか?」
そう言うと江蜜はそそそ、と隣に近づいてきた。
「あ、そうなんだ……俺◯◯スーパーだけど」
「またまた偶然ですね、私も翔気くんと同じスーパー行こうとしてました。一緒に行きませんか?」
にこりと微笑んだ。
……違和感。
いや、違和感というかなんというか、圧?のようなものを感じた。
「じゃ、じゃあ一緒に行こうか」
「はい」
嬉しそうに頷く。
俺はイヤホンをケースへしまった。
……あれ?そういえば江蜜って俺のこと名前呼びだったっけ?
◯
大型ショッピングモール「エンジン」ここら辺に住む人の生活の中心と言っても過言ではない。
昨日は愛と2階の雑貨屋と飲食店に行ったが、今日は1階のスーパーに来ていた。
日曜日はやはり人が多い。
入口では買い物かごを手にした家族連れや、特売チラシを見ながら入ってくる人たちの姿が見える。
野菜売り場には新鮮なキャベツやトマトが並び、「本日限定」の札が目立っていた。
にんじんの品定めをしながら、ふあ……とあくびを一つ。
「寝不足ですか?」
隣でだいこんを眺めていた江蜜が心配そうに覗き込んできた。
「うん、ちょっと昨日は夜遅くまであすまると話しててね」
苦笑しながら答える。
話を切るタイミングを逃して、昨日は結局ろくに眠れなかった。
変に切って不機嫌になられるのも怖かったし。
今もあすまるから連絡が来ていないかちょくちょく確認している。
「あすまる、どうですか」
唐突な質問だった。
「え……どうって?」
「ちゃんと好きですか?」
江蜜はじっと俺を見る。
その瞳は穏やかなはずなのに、不思議と目を逸らしたくなる圧があった。
「可愛いって思いますか?」
「あ……ああ」
少しだけ戸惑いながら頷く。
「す、好きだよ?可愛いとも思うし」
「そ、そうですか……えへへ」
答えると彼女はにまにまとにやけはじめた。
ああ、なんで喜んでんのか分かんないけど、小動物みたいで可愛……
パンッ!
頬を叩く。
自制しろ浮田翔気、彼女はそういう感情を抱いていい相手ではないだろう。
彼女は急に頬を叩いた俺に不思議そうな顔をしていた。
「翔気くん?どうかしました?」
「あ、ああいや蚊がいたんだよ」
「蚊?そうなんですか、ここら辺は花が売ってるのでそのせいかもしれませんね」
言われて周囲を見ると確かに花屋があった。
「……あ!」
江蜜が急に目を輝かせた。
「あれ!」
彼女は何かを見つけたようで、嬉しそうな声をあげて花屋に駆け寄っていった。
俺も買い物を一時中断して彼女の後ろについていった。
「見てください!翔気くん!アスマルですよ!」
「あすまる……?」
「そっちじゃないです、花の方のアスマルです!」
江蜜が指さした先には一輪の花があった、プレートには『アスマル』と書いてある。
それはまるで深海から色をとってきたような青だった。
「……綺麗」
思わず口から言葉がこぼれてしまっていた。
「ですよね!」
彼女は花へ顔を近づける。
「この青、本当に綺麗なんです。匂いも爽やかで……しかも、この辺りにしか咲かない珍しい花なんですよ」
夢中になって話していた江蜜は、途中ではっと口を押さえた。
「あ……ご、ごめんなさい、私いきなり」
彼女は少し申し訳なさそうな顔をして俯く。
「大丈夫大丈夫、江蜜さんこの花好きなんだね。」
彼女は目を細めて花を見つめた。
「……はい、この花を見ると落ち着くんです、母との思い出の花なので」
「……?思い出って……?」
すると彼女は少し物憂げな表情でポツポツと語り出した。
「母は昔から病弱で、ほとんど病院にいたんです……だから病室でよく私に絵本を読み聞かせてくれていました」
言いながら花をそっと撫でる。
「でも体調がいい日は、一緒に散歩してくれて……その時にこの花を見つけたんです。私この静かで引き込まれる青を見て、子供ながらに感動しちゃって」
少し笑う。
「帰りに母が花束を買ってくれたんです。それが母から貰った最初で最後のプレゼントでした」
俺はそこまで聞き、自分の発言を後悔した。無神経すぎた。どう声をかければいいかわからない。
彼女はそんな俺の様子を見てか、にこりと笑い首を軽く振った。
「大丈夫ですよ、かなり昔のことなので」
そう言いながらも彼女の笑顔は少しぎこちなかった。
少しだけ沈黙が流れる。
その空気を変えるように、彼女はまた花へ目を向けた。
「だからいつか赤色も見つけたいんです」
「赤色……?」
「はい、アスマルって普通は青色の花なんですけど、極稀に赤色のアスマルが咲くことがあるんです。」
「四葉のクローバーみたいなもの?」
「そうですけど、四葉とは比べ物にならないくらい見つけるのが大変なんですよね。現に私全然見つけられてないですし」
そして少し恥ずかしそうに人差し指をつんつんと合わせる。
「それにその赤いアスマルを異性に渡すと永遠の愛が約束される……みたいな話もあるんです」
「へぇ、ロマンチックだね」
「はい、だから……その……翔気くんはあすまるのこと好きですよね?」
「え、う……うん」
「だから……赤いアスマル貰ったら嬉しい……ですよね?」
「まあ……そうだね」
そう言うと彼女は何か含みのある顔で笑った。
「そうですか……ふふ、良かったです」
◯
「暑いですね」
そう言って江蜜は手をうちわにして扇いでいた。
確かに今年の夏は暑いな、スーパーの中だというのに全然涼しくない。それに連日の猛暑で俺の身体はもう既にくたくただ。
「あっ!」
江蜜が目を輝かせた。
「あれ食べませんか?」
彼女は少しテンション高めに何かを指差す。そこにはフードコートのかき氷屋があった。
それは昔からよく母と妹と来ていたかき氷屋だった。最近は母の仕事と妹の反抗期の関係でなかなかそういうこともできていないのだが。
「おー、いいかも!食べよ食べよ」
買い物もあらかた終わったし、いいかもしれない。
「じゃあ席取ってきますね!」
彼女は嬉しそうに駆けていく。
俺は買い物かごをレジへ運び、会計を済ませてからフードコートへ向かった。
歩きながらふと思う。
女子と一緒に買い物して、一緒にかき氷を食べる……それってデートじゃね?
「……」
数秒考え込み、そして考えないことにした。
「翔気くーん、こっちですよー」
フードコートにつくと、江蜜が手を振っているのが見えた。
しかも既にテーブルにはかき氷が2つあった。
「え?」
それは俺が想定していたシンプルなかき氷ではなく、練乳や果物、生クリームや金箔までついている明らかに高そうなかき氷だった。
「先に買っておきました」
「……ず、ずいぶん豪華だね」
「はい!翔気くんと初めての食事なので1番美味しそうなの頼みました!」
満面の笑みを作る彼女。これは確かあのかき氷屋で1番高いやつ、1つ3000円はした記憶が……
江蜜、気持ちは嬉しいが俺の財布事情はそこまで裕福ではないぞ。
「あ、ああそう、でいくらだった?」
恐る恐る値段を聞く。
「いえ、いいですよここは私の奢りで」
「え、でも……」
「いいんです、私が翔気くんにしてあげたいんです」
そう言ってニコッと笑った顔に思わず惹きつけられてしまった。
「そう……言ってくれるなら、お言葉に甘えようかな」
3000円という値段にビビった俺は少し申し訳ない気持ちを感じつつ、感謝を述べた。
「いちごとチョコどっちが好きですか?」
「いちごかな」
かき氷を受け取り、椅子に座った。
「いただきます」
一口食べる。
その瞬間だった。
「うまっ!」
思わず声が漏れた。
今まで食べてきたかき氷とはまるで別物だった。
氷は驚くほどふわふわで、口に入れた瞬間すっと溶ける。そこへ練乳の優しい甘さと果物の酸味が重なって、一気に口いっぱいへ広がった。
「ふふ、よかったです」
彼女はそんな俺を見て、まるで自分のことであるかのように嬉しそうな笑顔を見せた。
「本当に美味しいよ。こんなの初めて食べた」
「ですよね」
江蜜も嬉しそうにチョコのかき氷を口へ運ぶ。その笑顔につられて、俺も自然と笑ってしまった。
夢中になって食べ進めるうちに、気付けば二人ともきれいに平らげていた。
「ふふ、ひんやりしてて今までの暑さがどっかいっちゃいました」
そう言いながら口を拭い、彼女は涼しげに笑った。
「だよね、でも甘くてひんやりしたの食べてると逆に熱くて脂っこいもの食べたくならない?」
俺だけかもしれないが、なんとなく冷えたものを食べると熱いもので口の中の温度を相殺したくなるのだ。
「熱くて脂っこい……」
江蜜の目がぱっと輝く。
「そうですか!」
そう言うなり、彼女は勢いよく立ち上がった。
「江蜜さん?」
「少し待っててください!」
そう言い残し、彼女はどこかへ走って行った。
どうしたのだろう……トイレだろうか。
数分後……彼女はフランクフルト10本を抱えながら帰ってきた。
「え……どうしたのそれ?」
「フランクフルトです!」
屈託のない笑顔でそう言う。
「翔気くんに食べてほしくて!あ、もちろん私の奢りですよ」
……まさかさっき俺が「熱くて脂っこいものが食べたくなる」なんて言ったから買ってきたのか?
「い、いや江蜜さん……これは……」
「どうかしました?」
きょとんと首を傾げる。
「……あ!もしかして、これじゃ物足りなかったですか!?」
「いや、そういうことじゃ――」
最後まで言い切る前に、江蜜はフランクフルトをテーブルへ置き、再び走り出してしまった。
「ちょっ――」
止める間もなかった。
数分後……彼女は今度は両手いっぱいにトルネードポテトを抱えて戻ってきた。
「えへへ、どうぞ!」
その満足そうな笑顔に俺は思わず言葉を失う。
「あれ?翔気くん?」
「……」
「どうかしました?」
悪気なんて微塵もない、俺が喜ぶと信じて疑わない顔をしていた。
「……あ!もしかしてまだ足りませんでした?」
そう言って、また立ち上がろうとする。
「待って待って待って!」
俺は慌てて立ち上がり、彼女を引き止めた。
「充分!本当に充分だから!」
「あ、そうですか!」
ほっとしたように笑った。
「よかったです!」
「う、うん……だから一旦座ろう?」
「はい!」
元気よく返事をして席へ座る。俺は一度深呼吸をして、水を一口飲んだ。
目の前にはフランクフルト10本とトルネードポテト10本。
「江蜜さん、流石に払うよこれは」
「え、どうしてですか?奢りますよ?」
江蜜は目を丸くした。
「いや、その気持ちは嬉しいんだけど、その……申し訳ないっていうか」
「申し訳ない……?」
言葉を選びながら続ける。
「うん、友達同士なんだしさ……奢りとかは片方だけがやるものじゃないんじゃないかな?」
そう言うと彼女は自分の買ってきたフランクフルトとトルネードポテト、空になったかき氷の容器を見る。
「そう……ですか……そうですよね、すみません」
「いや、大丈夫だよ、いくらだった?」
俺は彼女に使った値段を聞き、その半分を支払った。
それから俺たちは2人でフランクフルトとトルネードポテトとちびちび食べ、余ったのは各自で持ち帰ろうということになった。
ただ彼女はさっきまでのテンションからは一転、ずっと何かを思い詰めたような表情をしていた。
「また、やっちゃった……」食べながらそう言った江蜜の声が妙に頭に残った。
そうして小一時間ほどかかったスーパーでの買い物は終わり、俺たちは解散した。




