笑み
◯9日目(金曜日)
放課後。
文化祭実行委員の仕事のため、俺は資料室へ向かっていた。
廊下の角を曲がると、向こうから江蜜が歩いてくる。
両腕いっぱいにダンボールを抱えて。
コピー用紙や色画用紙、ガムテープにペンキまで入っているらしく、かなり重そうだ。
「江蜜さん?」
「……あ」
俺に気づくと、小さく頭を下げる。
「お、お疲れ様です」
「それ全部一人で運ぶの?」
「はい……先生に頼まれたので」
そう言うものの、腕が少し震えている。
箱も今にも落としそうだった。
「貸して」
「え?」
「ほら」
返事を待たずにダンボールへ手を伸ばす。
「す、すみません」
「いやいいって俺も文実なんだし、むしろ俺の方が遅れてごめんって感じだよ」
そう言うと、彼女は少しだけ目を丸くした。
それから、小さく笑う。
「……ありがとうございます」
その笑顔は夕日に照らされて、どこかほっとしたように見えた。
二人並んで廊下を歩く。
ダンボールを持っているのは俺なのに、不思議と足取りは軽かった。
そしていつもの誰もいない空き教室につくと、2人で文化祭実行委員の仕事に取り掛かる。
窓の外は薄暗く、夕焼けが机を赤く染めている。
「江蜜さん、昨日のあすまる見た?」
「はい、もちろん」
江蜜は微笑む。けれどその目は妙にじっとこちらを見ていて、少し落ち着かなかった。
「良かったよね、なんか俺のこと受け止めてくれる感じで……安心する」
「へへ、そうですよね。あすまるって、ちゃんと見てくれてる感じしますもんね」
小さく笑う声が、やけに嬉しそうだった。
まあ、恋人になれる算段はまだつかないままなのだが。
「……浮田くんってなんだか話しやすいですよね」
シャーペンを持ちながら言う。
「そうかな」
「はい、私見ての通り暗いし……友達とかいないんですよね、でも浮田くんはなんだか一緒にいると落ち着きます」
そう言いながら彼女は窓を見つめる。
夕日に照らされている横顔は、幼さを残していながらも整っている目鼻立ちが儚げで、綺麗だった。
その姿を見て少し心臓がドキッとした。
パンッと頬を叩く。
……何を考えているんだ、相手は江蜜だぞ。共鳴体でも何でもない。
心まで浮気者になる気か。
「浮田くん?」
彼女は不思議そうな顔でこちらを見た。
「ああ、えーと……そういえばさ江蜜さんって、いつからあすまる見てるの?」
俺は心を切り替えようと話題を振る。
「……結構、初期ですね。最初の配信も知ってますし」
「最初の配信から!?すごいな」
思わず声が大きくなる。
「はい。あすまるのことなら、だいたい何でも知ってますよ」
「そこまでか」
素直に関心する。
俺は今までそこまで熱中して推していた人はいない。
なんとなく画面をスクロールして面白そうな動画をタップしていただけだ。
だからこそ江蜜のような人種には少し憧れてしまう。
……いや待て、これはチャンスか?
そんなにあすまるのことを知っているのなら、彼女はあすまると仲良くなるのに役に立つ知識とか持っていたりするのでは?
「あのー、江蜜さん……良かったらあすまるのこと色々教えてくれない? 趣味とか好みとか」
「……どうしてです?」
江蜜がゆっくり顔を上げる。
「俺、実はあすまるのこと好きでさ……付き合いたいって思ってるんだよね」
カラン。
江蜜の手からシャーペンが転がった、それなのに拾おうとしない。
「……すき?」
「でも今はまだ視聴者と配信者って関係だからさ……って聞いてる? 江蜜さん」
江蜜はぼーっと熱に浮かされたような虚ろな目をしていた。
「付き合う……好き……?付き合う……好き……?」
ぶつぶつと繰り返している。
「おーい江蜜さん?」
「あ……す、すみません……ちょっと……びっくりしちゃって」
けれど口元は少し吊り上がっていた。
「あの……なんで、あすまるのこと好きなんですか?」
探るみたいな声だった。
好き、か。
……また俺は嘘をつかなきゃいけない。
「やっぱり声かな。あと優しいところとか」
「優しい……」
「うん。最近ちょっと落ち込むことがあったんだけど、あすまるの配信ってさ、全部受け止めてくれる感じがあるから……いいなって」
「……そう……なんですか」
彼女が小さく呟く。
その目が瞬きもせずジッと俺を見ていた。
「だからまあいきなりなんだけど……付き合いたいんだ。何か知ってることがあるなら江蜜さんに手伝ってほしい」
少しの沈黙、教室には時計の秒針だけが響く。
「……DM」
「ん?」
江蜜は制服の袖をぎゅっと握りしめる。
「まずはDMとか、どうですか?送ってみたら……喜ぶと思います」
「あー、DMって言ってもなあ。知らない人だと警戒されるだろうし」
「大丈夫です」
即答だった。
「浮田くんなら……大丈夫ですから」
「え?」
「あ……いや、その……」
視線が泳ぐ。
「実は私、あすまるとちょっとだけ……ネッ友で、だからもしかしたら話くらいなら通せるかもしれませんって意味です」
「マジで!?」
驚いた、古参とはいえまさかそこまでの繋がりがあるとは。これはかなり大きいぞ。
意外な収穫に俺のテンションは上がっていた。
「ありがとう! 江蜜さん、じゃあ今夜DMしてみるよ!」
「あ……はい」
彼女は笑った、いつもの柔らかな笑顔。
なのになぜか、その笑顔には少しだけ不気味さがあった気がした。
「……応援してますね」




