落着
昼休み。
俺はいつも通り、愛のいるあの教室へ向かおうとしていた。
……が。
「おい、浮田」
低い声。
振り返ると、そこにいたのは田辺だった。
愛と同じグループのヤンキー。
壁にもたれながら、こちらを睨んでいる。
「ちょっとツラ貸せや」
断れる空気じゃない。
俺はそのまま校舎裏へ連れていかれた。
人気のない場所。
「……で、なんだよ」
できるだけ平静を装って言う。
すると田辺は一歩近づいてきて……
ガッ、と胸ぐらを掴まれた。
「おまえさぁ、なんなの?」
「……」
「今日も俺の邪魔してきてさ、キモいんだけど」
距離が近い、息がかかる。
怖い。
でも……
「……キモいのはお前の方だよ」
「……あ?」
普段ならこういう輩には絶対に反抗しない。
しても変に目をつけられるし怖いし、損しかないからだ。
でもいまは……なんだろう、ムキになってしまう。反発したくなってしまう。
「……お前も愛ちゃんが好きなんだろ?ならこんな方法じゃなくて真っ直ぐにアプローチすればいいじゃないか」
その瞬間。
ドンッ、と背中が壁に押し付けられる。
「調子乗ってんじゃねぇぞ」
低い声。
「おまえには関係ねぇだろうが」
……クソ
この感じ。
逆らえない空気。
身体が強張る。
「……いや」
それでも絞り出すように言う。
「は?」
「俺は……愛ちゃんが……愛が好きだ。だから彼女が傷つくのは見てられない。」
……嘘だ。
あいつに課された試練の一環。
嘘のはずだ。
でもなぜかその言葉はすらっと喉から出てきた。
一瞬、沈黙。
そして……
「はは」
田辺が笑った。
「言うじゃねぇか」
ぐっと胸ぐらを引き寄せられる。
「でもよお、現実見ろや。お前みたいな陰キャがよ、あいつと釣り合うわけねぇだろ」
……痛いところを突かれる。
何も言い返せない。
「いいか?愛は……俺のものなんだよ」
「……いや、それも違う」
「あ?」
俺は勇気を振り絞り、田辺の目を見て言った。
「愛は……誰のものでもない」
田辺の表情が無くなった。
「もういい」というふうに拳を振り上げ……
その時だった。
「……離しなよ」
凛と響く、聞き慣れた声。
「……あ?」
振り返ると、そこには愛が立っていた。
腕を組んで、こちらを睨んでいる。
その姿を見て、心臓がドクンと脈打った。
「何やってんの、田辺」
「別に?ちょっと話してただけだろ」
「その手はなに?」
「ちょっとしたコミュニケーションだよ」
軽く笑う田辺。
愛はため息をついた。
「しょうもな……フラれて女々しくアタシの悪口広めてると思ったら、次は翔気に八つ当たり?」
そして、俺と田辺の間に入る。
「離して」
短く言う。
「……チッ」
舌打ちしながら、田辺は手を離した。
「なんでおまえさ、こいつ庇うの?」
ニヤニヤしながら愛を見る。
「なに、気に入ってんの?」
愛は一瞬だけ黙った。
その沈黙が、やけに長く感じる。
「……別に」
そっけなく答える。
胸が少し痛んだ。
「じゃあいいじゃねぇかよ、俺が潰しても問題ねぇだろ?」
「問題あるけど?」
即答だった。
愛は一歩前に出る。
その声は、いつもより少しだけ強かった。
「なんでだよ、関係ねぇだろ」
田辺が眉をひそめる。
愛は俺の腕を掴んだ。
「こいつ、アタシの……か、彼氏だから」
田辺の顔から笑いが消えた。
俺も一瞬、息の仕方を忘れた。
「……は?」
田辺の間の抜けた声。
「だから……もう近づかないで」
愛はそう言って、俺の腕をぐいっと引く。
「行くよ彼氏」
「ちょ、待てよ愛」
田辺が呼び止める。
「マジでそいつでいいのか?」
愛は立ち止まった。
少しだけ振り返る。
「……さあね」
一瞬だけ、俺の方を見た。
「でも……」
そして少し笑顔で言う。
「アンタよりはマシ」
「……チッ」
田辺は舌打ちして、壁を蹴った。
「好きにしろよ」
それ以上は追ってこなかった。




