第71話
謁見の間の重厚な扉を蹴り破り、硝煙と共に現れたのは、返り血を全身に浴びた屈強な軍服の男。そのすぐ後に二人の軍人がゆっくりと入ってきた。その姿を認めた瞬間、アキトの隣で強張っていたミサキの指先から、ふっと力が抜けた。
「……防衛隊団長マサヨシ・ババ」
アキトの掠れた声に、ババは応えない。軍靴の硬い音が、広大な石床に反響する。彼らは迷いのない足取りで、アキトへと近づいてきた。
「第3代将軍アキト・カミシロ。国民を守るべき貴公があろうことか自ら民を虐殺したことを、私は自ら目の当たりにした。この国を破滅へと導く暴君に天誅を下す」
ババが軍服の内側から鈍い黒光りを放つピストルを取り出した。その黒い銃口が、真っ直ぐに自分の眉間を捉えている。
あの日、北部の集落で起きた惨劇。そこから始まった悪夢の中で、ようやく現実へと意識を覚醒させかけた途端に、彼は文字通りの「死」を突きつけられた。
一度死んだ身だ。アキトははっきりと覚えていた。死とは、物語のように安らかなものではないということを。前の世界で、自ら命を絶ったあの瞬間。暗い部屋の中で椅子を蹴り「飛んだ」刹那、彼は自分の愚かな行いを心の底から後悔した。視界が歪み、重力に引きずられる中で、体中の細胞が、魂が、叫び声を上げて死を拒絶していた。
――生きたい。まだ死にたくない。
あの苦痛を、はっきりと覚えている。
だからこそ、今の彼は猛烈な矛盾に引き裂かれていた。自分の罪を思えば死は当然の報いだと受け入れていたはずだった。だが、銃口を向けられた瞬間、生存本能が激しく脈打ち、全ての感情がそれを拒絶し始めていた。
世界がスローモーションのように引き伸ばされる。思考の濁流の中で、アキトは問い続けていた。なぜ、ババ隊長なのだ。信用できない部下はいくらでも思い当たる。老獪な老将のイトウ。あるいは腹の奥を決して見せようとしないサラ。自分の「人の見る目」など、到底信じられるものではない。だが、ババという男は真面目で裏表のない軍人だと感じていた。はかりごとができるようなタイプには思えなかった。
すべては自分の「選択」が招いた結果なのかもしれない。リョウカを助けたい一心で、近衛兵団だけでなく、ババが率いる首都防衛隊までも、あの北方の集落へ連れて行った。感染対策という名目のもとで行われた蛮行。アキト自身が悍ましいと感じたあの光景を、彼らに見せてしまった。もし、自分が彼らをあの場に連れて行こうとしなければ。ババがこうして反旗を翻し、宮殿を血に染めることもなかったのかもしれない。
選択肢は常に二択ではなかった。だが、その選択肢が多かろうが少なかろうが関係ない。自分が行う選択はすべて翻り、最悪の出目となって自分に返ってくるように感じてしまう。確実に勝てる勝負はなくても、合理的で、勝算の高い選択肢を選んでも、まるで誰かが背後で、アキトの選ぶ道をすべて「誤り」に書き換えているかのような、悪意ある操作さえ感じてしまった。
この場にいない者たち。リョウカ、ミオ、そして逃げ惑っていた大勢の宮殿の人々。彼女たちがここにおらず、ババがここに立っている。それが何を意味するのか。彼女たちもまた、自分の「選択」によって積み上げられた死の山の一部となったのだろうか。
(……やはり、何をやっても無駄だ)
一瞬、ミサキの恐怖を感じ覚醒しかけた意識は、絶望の重みに耐えかねて、最後にそう結論づけた。これは第二の人生ではない。命を粗末にした罰なのだ。現実世界を模して作られた生き地獄だ。仮にこの死地を凌いだところで、放たれた銃弾は自分の周囲の人にあたるだけだ。誰かが不幸になり、自分がさらに苦しむ。その様を見て、誰かが自分を笑っているのだ。
どんなに考えてもこの最悪の「出目」を止める方法は一つしか思いつかなかった。そして向けられた銃口はそれ以上考える猶予を与えてくれなかった。
歯を食いしばり、ババを睨みつけた。
「……言い残すことはあるか」
ババの指が、引き金にかかる。アキトは、震えるミサキの手をゆっくりと離し、ゆっくりと瞼を閉じた。
「……一発で、決めてくれ」
その言葉が、彼に許された最期のわがままだった。
――乾いた銃声が、静まり返った謁見の間に、あまりにも無機質に響き渡った。




