第63話
首都の夜、防衛隊の拠点は、重苦しい殺気に包まれていた。
窓はすべて厚手の布で覆われ、漏れ出す光すら拒絶している。その中心で、隊長のマサヨシ・ババは数人の幹部とともに、宮殿の俯瞰図を囲んでいた。声は低く押し殺されている。それでも部屋に集まった兵士たちにははっきりと伝わる、力強い声だった。彼らが議論していたのは、東ルガンを見据えた首都の防衛ではない。武力をもって西ルガンの心臓部を塗り替える、正真正銘のクーデターだった。
「……防御の手薄な裏門から一気に傾れ込む。宮殿の出口を全て塞ぎ、アキト・カミシロを閉じ込める。見つけ次第殺す。そして叫びながら窓の外に奴の首を放り投げるんだ。
「近衛兵団の全軍が揃うのは15分以内。この時点では我々全軍と数は互角です。第一師団、第二師団まで宮殿に到着すれば、包囲は長くは持ちません」
「防衛地域から宮殿までは1時間くらいだな。それまでに片をつけねばならん」
「カミシロを殺しても、私たち反逆者は皆死刑になるのでは」
「カミシロから民や兵士たちの心は完全に離れているはずだ。皆奴に怯えてるだけだ。奴の首さえ取れれば戦いは止まる……止まらなければ、我々は暴君の首を取った英雄として死ぬ。本望だろう」
「宮殿の者たちは如何いたしますか?」
「極力傷つけるな。邪魔をするものは殺せ。我々の行動は正義のため。目的はアキト・カミシロの排除だけだと。そう主張するのだ」
その時、部屋の扉が音もなく開き、冷たい夜風が入り込んだ。 ババは反射的に地図を腕で覆い隠し、腰の剣に手をかけた。幹部たちも一斉に立ち上がり、殺気は侵入者に向けられた。
「……!」
「ずいぶんと賑やかな夜やこと、ババ隊長。首都防衛隊のみなさんは、夜遅くまでほんま熱心なことで。……皆さんのおかげさんで、首都の民もさぞ安心やろねぇ」
闇の中から現れたのは、サラだった。動乱の匂いをどこから嗅ぎつけたのか。ババは微笑みかけサラの視線を自分に集めながらも、指で部下たちに出口を塞ぐように合図をした。
「シノミヤ局長……左様。我々は西ルガンの敵からいかに民を守るか。日夜議論を交わしているのです」
あくまで自分たちは「忠義の士」であり、防衛の専門家として動いているのだという体裁を崩さない。
「ほんなら隠さはらんでええやないですか。うちも専門は違えど、この国やこの民のために尽くす者の一人ですよ。楽しい夜の宴、うちも混ぜてくださいな」
彼女の細い指が、地図上の裏門付近をなぞる。
「宮殿を落とすなら、設備も人員も手薄な裏門から。確かにそれが定石通りなんやろけど、あそこの近衛兵はほんまよう鍛えられてはるで。応援を呼んだらね、あとは相手が東ルガンやノヴァの兵隊1万人だろうと、2万人だろうと……はたまた首都防衛隊の精鋭であっても、死に気で戦って時間稼ごうとしはるやろなぁ」
聞かれていたのか。いつからだ。どこまで知っている。いずれにせよ、生かして返すことはできない。
すまない。サラの目を見つめ、そう呟くと、首を刈り取るべくゆっくりと手を上げた。
サラはそれを視界に入れようとせず、じっと地図を見ている。
「も、正門の子らはほんまねぇ……人も多いし、守りも強固なんやけど、やからなのかなぁ……人の往来が多いし、忙しいんやろね。みんな他の誰かがちゃんと検査するやろって、いつも来てるし大丈夫やろって、思てはるんかな。弛んだはるわ、あの子らほんま。特に、お昼前にいつもいる子らは食べ盛りの子らが多いんかなぁ……お昼ご飯のことしか考えてはらへんのが、ようわかるわ」
サラの声が、その緊張を解こうとするように楽しげに響いた。
「うちがこんなにか弱くて可愛いからかなぁ……全く、うちが将軍さんに危害与えようとしてたらどないしはるんやろねぇ……あ、勘違いせんといてね? もちろん軍人さんが大勢でゾロゾロ行かはったら、そらあ警戒しはると思うで。でもねぇ……ちょっと多いなってくらいなら、お昼ご飯の誘惑が勝つんちゃうかなぁ。」
そして閃いたと言わんばかりに、ポンと手のひらに拳を落とした。
「ババ隊長。もし、近いうちに将軍さんのところに行く予定があるんやったら、伝えといてくれはらへん? 正門の警備、もっと厳しくしはるように……将軍さんの安寧が、みんなの願いやからねぇ」
首を傾げて可愛らしく微笑むサラと対照的に、ババは困惑していた。サラの甘い誘惑の背後にある「情報局」という巨大な影の意向を測るように慎重に問いかけた。
「……シノミヤ局長… 我々は……」
「……あら、わからんかった? 鈍いお人は困るねぇ
……止めへんよ。うちらは」
続く言葉を聞く前にサラは短く、突き放すように言った。その瞳には、もはや先ほどの艶やかな笑みはない。
「この国を正しくする。そのための『進言』なんやろ? ほんなら、止める理由がどこにあるん?」
ババは腕を組み、沈黙した。 サラの言葉は、ババの脳裏に染み込んでいった。正門を「堂々と」通る。身内として、忠義の進言を掲げて。そうすれば、最小限の犠牲で、一気に中枢へ王手をかけられる。
「……近衛兵の慢心は看過できん。近いうちに、将軍様に進言しに参ろう……」
「助かるわ……まだ、就任して間もない将軍さんやさかいね。国も大変な時期やから、うちらみたいな『忠臣』が支えなあかんわ……それでは、うちはこれで。夜風が冷えてまいりましたさかい」
サラは優雅に一礼し、闇の中へ溶けるように立ち去った。
残されたババは、幹部たちに向き直り、もはや迷いのない、鋼のような声で命じた。
「計画を変更する。明後日の昼食どき、幹部のみで、正門から将軍様に『進言』しに行こう。このことは一般隊員には絶対に漏らすな……我々の手で、この国の穴を塞ぐぞ!」
幹部たちが静かに、しかし強い覚悟を持って応じた。アキトが暗闇で自分の罪を数えている間に、宮殿の門を固く閉ざす鍵は、密かに回った。




