56話
アキトたちが、憲兵団が展開している北部地域の集落に到着したのは、ちょうど陽が沈みきる直前のことだった。燃えるような残照が地平線の端に僅かに残っているが、目の前の景色を照らし出しているのは、それよりも遥かに禍々しい、無数の松明の火だった。
集落へと続く道には、本来あるはずの厳格な隔離の統制は見当たらなかった。あるのは、遠くからでも肌を刺すような、地鳴りに似た怒号。そして、いつ爆発してもおかしくない暴力の予感だけだ。アキトが率いてきた五百の軍勢は、その異様な熱気に気圧されるように、自然と足並みを緩めた。
「現状を報告しろ」
アキトは、集落を見下ろす丘の斜面で監視に当たっていた憲兵の一人を捕まえ、鋭く問いかけた。その憲兵の軍服は泥と煤にまみれている。将軍であるアキトの姿を見て浮かべた驚きの表情は一瞬で消えた。姿勢は直立不動で、どこか憑き物が落ちたような静かな眼をしている。
「二日前に到着し、直ちに封鎖を開始しました。ですが、村人の抵抗は予想を超えています。隔離を拒んで武器を手に集結し始めています」
「……戦闘は始まったのか?」
「まだです。武器を調達し、近隣の集落からも加勢を待っているようです。ですが、叫び声をあげて威嚇してきています。もうまもなく我々の陣地に雪崩れ込んでくることでしょう」
「なぜ態勢を立て直さない。このままでは死人が出るだろう」
「必要ありません」
憲兵はアキトの言葉を遮り、わずかに口角を上げた。その笑みには、軍人の規律に裏打ちされたものとは明らかに違う、底冷えするような自信が宿っていた。
「将軍様が命じられた隔離を厳格に実施すること。それがこの国の未来のための行動なのです。村人がいかなる抵抗を行おうとも、我々がここを去るのは対策を終えてからです。その前に攻めてくるのであれば、多少の犠牲を許容してでも、我々はやり遂げましょう」
相手は村人の群れだ。男性はほぼ例外なく軍人になるこの国では子供を除くその全員は女性だ。歳をとっている者も少なくないだろう。だが、集落で陣取る松明の火に比べ、徐々に数が増え、大きな咆哮が上がる村人の数は圧倒的に多く見える。銃弾が他の住民にあたり、何人かの首が飛んだとしても、恐れずに進み続けるしかない。そのような狂気を帯びた空気が丘の上にも届いていた。このままでは村人はもちろん、憲兵団にも大きな被害が出るだろう。
「……指揮官はシノザキ副官か?彼女はどこだ?」
「集落の上の方です。もうまもなく隔離措置を終えられるはずです」
不吉な予感を振り払うように、アキトは軍勢を引き連れ、集落の西側へと急いだ。
集落に入ると、松明の火に照らされた憲兵たちが一糸乱れぬ動きで防衛線を張っていた。その統制や規律は指揮官であるリョウカの性格を体現しているかのようだ。そして、その一団と睨み合うようにして農具や鉈を手にした村人たちが、今にも飛びかからんとする獣のような唸り声を上げている。
敬礼で迎える憲兵たちをかき分け、防衛陣の奥に進むと見慣れた背格好があった。
泥に汚れ、軍服の袖が僅かに解れているが、その背筋は以前よりも鋭く、そしてどこか孤独に引き締まって見えた。
「リョウカ!」
アキトの声が、周囲の怒号を切り裂いて響いた。
その声に反応し、中央の影がゆっくりと、機械的な動きで振り返る。
松明の赤黒い火が、彼女の顔を横から照らし出し、深い影を作っていた。




