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第38話

数ヶ月が過ぎ、宮殿に、奇妙な平穏が訪れていた。 ジャガイモの収穫が本格化し、配給が安定したことで、街からは暴動の火種が消えた。届く報告書はどれも成功を裏付ける数字ばかり。


執務室でペンを動かすアキトの動作に、迷いはなかった。 リョウカが差し出す書類に目を通し、彼女が期待する通りの判断を下す。その仕事にサラが異論を挟む様子はなかった。 目を開き、耳を澄ませば、たちまち西ルガン共和国の闇が姿を表すのだろう。だが、目を瞑り、耳を閉じれば、平穏な毎日が目の前にある。将軍としてこの国の頂点に座し、周囲には前の世界では想像できなかったような、美しい、仲間たちに囲まれている。リョウカやサラの「言いなり」になっていれば、失敗はない。「将軍アキト」を完璧に演じ続けていれば、ミオの逆鱗に触れることも、ミサキに寝首をかかれることもないだろう。


自我を消し、この巨大な蒸気機関の国を回す「歯車」の一つになる。それが、この血塗られた西ルガンで生き残るための、道なのだ。


夜、ミサキと二人きりの食卓。 彼女はいつも通りの優雅な仕草で、ホクホクとしたジャガイモを口に運んだ。ふと目が合ったことに気づき、ゆっくりとミサキは微笑んだ。


「……将軍様…美味しいですね」


アキトの胸の奥で何かが壊れた。あるいは、完全に繋がったのかもしれない。


「……ああ、本当だね。ハハハ!」


アキトは笑った。自分でも驚くほど自然に、そして狂ったように。 かつては彼女の視線一つに怯えていた。だが今は違う。彼女の微笑みに合わせて笑い、彼女の望む「夫」の形をなぞる。そうしていれば、死なない。そうしていれば、殺されない。


ミサキはアキトの笑いに合わせて微笑んでいた。やがてアキトの笑いが止まると、ゆったりと口を開いた


「……これで、よろしいのではないでしょうか」


ミサキは穏やかな声で言った。アキトの思いを肯定する。これがミサキが求めたことなのだ。これで間違いない。

そう思った矢先、ミサキが再び口を開いた。


「でも、もし違う道を選びたい時は、遠慮なくお伝えください。」


一見、「助け舟」に聞こえる。


だが、アキトははっきりとわかった。


背中に、氷のような汗が流れる。 これは警告だ。演じろ。演じ続けろ。この世の終わりまで。さもなくば


「……ああ。……分かっている」


アキトは引き攣った笑顔を返した、ミサキの優しさは、アキトにとって「最も逃げ場のない監獄」の鍵となった。

アキトはこの国の一員になりつつある。 優しい言葉にすら殺意が混ざる。誰もが互いを恐れ監視し合う。無機質で狂った国の住人に。


長い雷雨から始まった第二幕は北風とともに訪れ始めた寒気と共に終わりに近づきつつあった。

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