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第37話

執務室の机の上に置かれた、農務局からの事務報告書。 その末尾に、殴り書きのような補足があった。

現場の責任者、カツロウによるものだ。


『初回収穫、予定通り完了。歩留まりは想定以上。これなら冬を越せる。』


その乾いた文字を見た瞬間、アキトの胸を突いたのは、こみ上げるような感謝の念だった。

(……ありがとう。本当によくやってくれた)


専門家の元へ駆けつけ、カツロウの手を握って直接礼を言いたい。

これだけの成果を、あんな過酷な条件で成し遂げてくれたのだ。

だが、アキトはその衝動を、無理やり喉の奥へ押し戻した。


(……行けない。行ってはいけないんだ)


今、自分が動けば、あの専門家たちとの「特別な繋がり」をサラに確信させることになる。監視の厳しい宮殿内で、彼らへ宛てた手紙を書くことすら命取りだ。自分が感謝を伝えようと動くたびに、カツロウたちの命を危険にさらすことになる。 救うために連れてきた彼らを、自分の「お礼」で殺すわけにはいかない。


「アキト様! 見て、これ!」


扉が勢いよく開き、ミオが飛び込んできた。 その手には、まだ土のついた丸々と太ったジャガイモが握られている。庭園の隅で、彼女が気まぐれに手伝って植えたものだ。


「これ、アキト様が植えるように指示した芋だよな? 剥いたら真っ白で、すごく美味しそうだよ。アキト様まるで、『豊穣の神様』みたいだぜ!」


ミオが、目を輝かせてアキトを見上げる。 いつもアキトの傍らに張り付き、その「護衛」という名の監視を続けている少女。


(神様……か)


その無邪気な賛辞が、アキトには首を絞める縄のように感じられた。 神などではない。ただの、死にたくないだけの偽物だ。 期待されればされるほど、失敗した時の反動が大きくなる。ミオのような存在ですら、もし自分が期待を裏切れば、その輝く瞳に失望と怒りを宿し、迷わず自分を斬り捨てるのではないか。


「……そうか。よかったな、ミオ」 アキトは、引き攣った笑みで答えるのが精一杯だった。


成功しても地獄。失敗すれば死。 直接お礼を言うことすら許されない孤独の中で、アキトは自分が「失敗していない」という事実を、薄氷を踏むような思いで確認するだけの日々を過ごす。 ポジティブなニュースが届くたびに、アキトはそれを「新たなリスク」として分析し、ネガティブな思考の螺旋スパイラルに沈んでいく。


(もう、疲れたな……。何も、考えたくない……)


窓の外から訪れる希望を含んだ温かな風。 その「希望」を、アキトは一度も直に見ることなく、ただ無機質な書類の数字と、少女の無邪気な残酷さとして処理し続けた。

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