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第33話

深い夜の静寂を、蒸気機関の排気音と金属の軋む音が切り裂いていた。


アキトを乗せた重厚な機械車が、第壱視察地の村外れで止まる。運転していた兵士は、アキトが車を降りる際、一言も発さず、ただ機械的な敬礼で見送った。その無機質な瞳が、背中に冷たく突き刺さる。


「……ここなら。あの村長なら」


アキトは、足がもつれそうになるのを必死に堪え、夜の村を歩いた。


村は静まり返っていた。以前訪れた時の、貧しいながらも生命力を感じさせた空気はどこにもない。窓から漏れる明かりは乏しく、ただ、生暖かい風が煤けた家々の間を通り抜けていくだけだ。


ようやく辿り着いた、キタハラ村長の家。


アキトは、祈るような心地でその粗末な木の扉を叩いた。


「村長! キタハラ村長、いるか!」


内側から戸が開く。現れたのは見覚えのない年配の女性だった。女はアキトの顔を見るなり、驚愕に目を見開いた。


「しょ……将軍様!? なぜ、このような時間に……」


「村長に、会いたいんだ。キタハラ村長は中か?」


女は一瞬、何かに怯えるように視線を泳がせたが、無言でアキトを中へ招き入れた。


アキトは藁にも縋る思いで部屋の奥へと踏み込む。


しかし、そこにある使い古された椅子には誰も座っていない。


「村長のアカイです。また村にお越しいただけて大変光栄です」


「……キタハラ村長は…どこへ行った」


アキトの震える問いに、しばらく黙り込んだ後、表情を消して答えた。


「……いなくなりました」


「いなくなった? どこへ……。何があったんだ」


「さあ。いなくなった、というだけです。……我々には、何も分かりません」


その女の目は、死人のようだった。


アキトはそれ以上何も聞けず、力なくふらふらと小屋の外へ出た。


外は月が白々と照り、村の景色を不気味な青白さに染めていた。


救いは、なかった。自分が「期待しています」という言葉を受け取ったあの場所すら、すでに地獄の歯車の一部として食い潰されていた。


「……こんばんは。今夜は月がえらい綺麗やね、将軍さん」


闇を縫い合わせるような、艶を帯びた低い声。


アキトの心臓が、一瞬停止した。


村長の家の扉の横に、サラが立っていた。


夜風に長い髪を遊ばせ、彼女はいつも通りの、穏やかな笑みを浮かべている。


「……サラ。なぜ、ここに」


情報局うちら、蒸気の漏れすら聞き逃さへんのが仕事やし。当たり前やんか?」


サラは開いていた書類をパタンと閉じると、ゆっくりと歩み寄り、月明かりの下にその身を晒した。


「あの婆さん……キタハラさんやったっけ。あろうことに将軍さんの用意しはった村に文句言わはったんよ。……死ぬ覚悟、できてはったんと違うかなぁ」


「……っ、殺したのか。リョウカか、それともお前が……!」


アキトの叫びを、サラはふふ、と喉を鳴らして受け流した。その仕草一つ一つが、アキトの無知と無力を嘲笑っている。

「さあ。強いて言うならこの国がというべきやね」


ゾッとする笑みをたたえた。


「うちらに隠し事はできひんよ。ナギアの専門家とのコソコソ話も、全部筒抜けなんよ。……あんた、えらい『お優しい将軍様』に変わらはったんやねぇ」


サラの目が、蛇のようにアキトを射抜いた。


「……初めて会うた時から、ずっとおかしいと思てたんよ。姿も、顔も、声も、将軍さんそっくりやのに」


サラが至近距離まで詰め寄る。アキトの耳元で、彼女の吐息が熱く、そして冷たく触れた。


「喋り方も、呼吸の間も。驚き方も、視線の動かし方も……。ふふ。全部、違うんよ」


サラの手が、アキトの胸元にスッと伸び、その鼓動の乱れを確かめるように指を当てた。


「あんた……誰なん?」


アキトの頭の中で、今まで鳴り止まなかった不協和音の歯車が、ガクンと音を立てて止まった。


アキトがこの世界に来て初めて、「自分が偽物である」と見抜かれた瞬間だった

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