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次の火口

第七十九話

次の火口


濁将が戻ってきたのは、拠点の夜が完全に落ち着いた頃だった。


作業場の熱も引き、石の匂いと水音だけが残る時間帯。

僕と運び屋、少女の三人で、簡単な食事を終えたところだった。


胸元のアクアイアが、ふいに淡く光る。


「あ……」


それだけで分かった。

もう、話は済んだのだ。


青い光が床に滲み、影がゆっくりと立ち上がる。

濁将は、何事もなかったかのようにそこに立っていた。


「お待たせしました」


丁寧な声。

急ぐ様子も、成果を誇る様子もない。


「鎧将から、灼将についての情報を得られました。次は――」


視線が、僕に向く。


「彼女のもとへ、アクアイアを運んでいただきたい」


場所は、と濁将は続けた。


魔族領域と人間領域の境目。

活火山を抱えた大陸。


それ以上の説明はなかった。

性格も、目的も、なぜそこにいるのかも。


「では、確認しましょうか」


濁将が促す。


僕は頷き、地図を広げた。

古い紙の感触。いくつかの継ぎ目があり、別々の時代の情報が重ねられている。


運び屋が地図の端を押さえる。

少女は少し離れた位置から、覗き込むように見ていた。


活火山――その記述は、人間側の資料に多い。

「赤く燃える山」「噴煙で空が覆われる地」

だが、それだけでは場所は特定できない。


僕は魔族側の記録に目を移した。


過去の戦争。

魔族と人間が衝突した地点。

補給線が途絶え、戦線が固定化した地域。


そこに、共通点が浮かび上がる。


「……ここだ」


指先が止まった。


戦争記録では、前線が突然消えた場所。

人が住めなくなり、魔族も深入りしなかった土地。


人間側の地図には、火山活動による壊滅と記されている。

魔族側の地図には、ただ「立ち入らず」とだけ。


「火山があるだけなら、記録はもっと残るはずです」


僕は言った。


「でも、ここは違う。

 人間も魔族も、長く留まらなかった。

 ――戦場にならなかった場所です」


運び屋が、低く息を吐く。


「境目、ってやつか」


濁将は、静かに頷いた。


「ええ。境目だからこそ、避けられた」


少女は、地図の上に伸びる指をじっと見ていた。


「……そこに、灼将が?」


「可能性が高いでしょう」


濁将は肯定も否定もしない。

ただ、場所が定まった事実だけを受け取っていた。


「助かりました」


濁将が言う。


「やはり、お願いして正解でした」


それは評価というより、労いだった。

僕は、少し肩の力を抜いた。


「では、あとはお任せします」


そのまま、濁将はアクアイアへと溶けていく。

青い光が消え、夜が戻る。


静かだった。


「……来たな」


運び屋が言った。


「うん」


二、三週間。

それだけ時間が空いたから、迷うと思われていたのかもしれない。


でも、来るとは思っていた。

それだけは、確かだった。


「明日だな」


「明日だね」


鎧将のところへ行って、礼を言う。

そして、旅立つことを告げる。


それだけを決めて、僕たちは寝床へ戻った。


夜更け。


要塞の通路を、一人の影が進んでいく。


少女だった。


足音を抑え、風の届かない石の通路を抜け、

鎧将のいる奥へ。


呼び止める者はいない。

止める理由も、なかった。


「……お時間、よろしいですか」


鎧将は、答えなかった。

だが、追い返しもしなかった。


少女は、真っ直ぐに言った。


「知識って……面白いものだと思いました」


言葉を選ばない。

回りくどくもしない。


「力が足りなくても、生き残れる。

 押し返せる。

 あいつは、ずっとそれで生きてきた」


少し、間を置く。


「私は、もっと知りたい。

 もっと近くで、知識を見たい」


少女は拳を握った。


「この要塞から、出たことはありません。

 足手まといになるかもしれない」


それでも、と続ける。


「あいつらがいいと言ったら。

 私も、一緒に行きたい」


鎧将は、しばらく黙っていた。


「決めるのは、私ではない」


低い声。


「行くなら、役目を忘れるな」


それだけだった。


少女は、深く頭を下げた。


通路へ戻ると、夜風が頬を撫でた。

遠くで、水の音がしている。


明日、旅立つ者がいる。

そして、まだ知らない同行者が、ここにいる。


夜は、静かに更けていった。

つづく

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