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見えている者たちの目線

第七十四話

見えている者たちの目線


石の広間は、いつもより静かだった。


床に広げた紙の上に、光が落ちている。

高い天井の隙間から射し込む昼の光が、線を浮かび上がらせていた。


僕はその前に立っていたが、言葉を探してはいなかった。

もう、言うべきことは書いてある。


断面図。

斜面。

階段。

壁の厚み。

そして、細い線。


誰かが喉を鳴らす音がした。


「……水は、ここから?」


テンゲ族のひとりが、紙の端を指で叩いた。

僕はうなずく。


「上です。川から」


「太さは?」


「……細くていいです」


一瞬、怪訝そうな空気が流れた。

だが、誰も否定しない。


「ここ、折れてるが」


今度はグラード族だった。

指先で、線が曲がる部分をなぞっている。


「石は削る?」


「はい。少しだけ」


「勾配は?」


「……下がっていれば」


それ以上、説明はしなかった。

正確な角度も、長さも、僕は言えない。


言えないし、言うつもりもなかった。


「溜めは、ここ?」


ミュル族の女王が、別の紙を見ている。

線が膨らむ、小さな円。


「全部、溜めるのではありません」


僕は、そう答えた。


「使うところに、少しずつ」


女王は黙ったまま、谷の方角へ視線を向けた。

羽が、わずかに震える。


テンゲ族が、図をひっくり返した。


「金属は……ここに使うか?」


「……必要なら」


「全部じゃねぇな」


「はい」


それだけで、十分だった。


質問は続いたが、どれも短かった。

僕の答えも、同じくらい短い。


短いやり取りが、自然に途切れた。


誰かが「では」と言うこともなく、

「始めよう」と声を上げる者もいない。


テンゲ族が、紙を一度だけ見下ろしてから背を向けた。

炉の方角へ向かう足取りは、もう軽い。


グラード族は、何も言わずに立ち上がる。

肩を鳴らし、石の匂いの残る外へ歩いていった。


ミュル族の女王は、図を見なかった。

谷の向こうを一瞥しただけで、羽音を残して上へ消える。


それぞれが、

示し合わせたわけでもなく、

順番を決めたわけでもなく、

ただ――戻るべき場所へ戻っていった。


広間に残ったのは、鎧将と、僕と、少女だけだった。


扉が閉まり、音が遠ざかる。


しばらく、誰も喋らない。


少女が、ぽつりと言った。


「……変な感じだな」


僕は、うまく返せずに頷いた。


鎧将は玉座に座ったまま、こちらを見なかった。

広間の空気を、石の重さごと測っているようだった。


「命令は要らん」


低い声が落ちる。


「勝手に動く者が増えたなら、それでいい」


それだけ言って、鎧将は目を閉じた。


会話は終わった。

だが、話が終わった感じはしなかった。


僕は、床に残された紙を見る。

線は、もう説明を求めていない。


少女が一歩近づいて、小さく息を吐く。


「……なあ」


「はい」


「これ、ほんとにできるのか?」


僕は、少し考えてから首を振った。


「分かりません」


少女は笑わなかった。

でも、視線はもう、逃げていなかった。

つづく

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