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渡った瞬間

第七十話

渡った瞬間


石が、鳴った。


甲高い音が、もう一度、石材加工所に跳ねた。

乾いた音だった。火の音じゃない。金属の音でもない。

石そのものが、応えた音。


次の瞬間、石の表面に走っていた細い筋が、はっきりと割れ目になる。

ためらいもなく、抵抗もなく、

ただ、割れるべきところから割れた。


一拍、空気が止まった。


誰も声を出さない。

粉が、ゆっくりと落ちる。

楔が、石の中で役目を果たしたまま、動かない。


少女が、割れた石を見下ろした。


それから――

拳を、ぐっと握った。


「……よっしゃ!」


短い声だった。

叫びでも、歓声でもない。

胸の奥から押し出したみたいな、素直な音。


腕を一度だけ、強く振り上げる。

体が先に反応して、喜びを隠しきれなかった動き。


テンゲ族が、それを見逃すはずがなかった。


「ガハハハ!」

「割れたじゃねぇか!」

「ほら見ろ! 完璧だろ俺らの楔!」


三体が一斉に騒ぎ出す。

笑って、叩いて、石を指差して、音を真似して。

誰かがハンマーを空に振り上げ、誰かが楔を掲げる。


「音が違ぇんだよ音が!」

「キィン、だぞキィン!」

「聞いたか!? あれが正解の音だ!」


少女は振り上げた拳を下ろしきれず、

もう一度、割れ目を見た。


唇を引き結ぶ。

笑おうとして、抑えきれず、結局少しだけ口元が緩む。


「……割れたな」


自分に言い聞かせるみたいに、そう言った。


グラード族は、作業台の向こうで、黙ってその様子を見ていた。

石から手を離し、割れた石を一度だけ確認する。


それから、ゆっくりと、

うん、と頷いた。


それだけ。

でも、それで十分だった。


石材加工所の空気が、変わる。

重さは変わらない。

けれど、沈んでいたものが、少しだけ浮いた。


テンゲ族の笑い声が、壁に反射する。

少女が割れた石をひっくり返し、断面を確かめる。

指でなぞって、短く息を吐く。


「……ちゃんと、筋通りだ」


僕は、その少し後ろに立っていた。

手は何もしていない。

でも、視線は逸らさなかった。


割れた石。

沈んだ楔。

少女の拳。

テンゲ族の笑い声。

グラード族の頷き。


全部が、ちゃんと繋がっている。


胸の奥が、静かに温かい。

派手な感情はない。

でも、確かにある。


――渡った。


知識が、形になって。

形が、誰かの力で動いて。

結果が、ここに残った。


テンゲ族のひとりが、僕を見て叫ぶ。


「おい文字のやつ!」

「これ、まだ使えるよな!?」

「次はどれだ!?」


少女も振り返った。

目が、少しだけ明るい。


「……次、どうする」


僕は一瞬、考えた。

でも、すぐに答えは出た。


「……もう一本」

「……同じ間隔で」


それだけで、十分だった。


テンゲ族が「ガハハ!」と笑い、

少女がハンマーを握り直し、

グラード族が新しい石を運ばせる。


石材加工所に、また音が増える。

甲高い音。

笑い声。

石が応える音。


僕は、少しだけその場を譲って、全体を見た。

誰も立ち止まっていない。

誰も迷っていない。


――これは、続く。


理由なんて、今はいい。

分析も、調整も、改善も、後でいい。


今はただ、

一杯、喜べばいい。


石が割れた。

それだけで、今日は十分だった。

つづく

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