火のそばで生まれるもの
第六十八話
火のそばで生まれるもの
炉場は明るかった。
鎧将の要塞の中でも、ここだけは昼と夜の区別が曖昧で、火の色が時間を決めているように見えた。
炎の前に立つテンゲ族が三体。
火を挟んで笑い、怒鳴り、笑いながらまた叩く。
金属が赤くなり、音を立てて形を変えていく。
僕は、少女と並んでその少し後ろに立っていた。
革袋を下ろし、口を開けて中身を探る。
「お、何だ何だ」
「紙切れか? 焼くなよ、それ」
「ガハハ、燃やしたら一瞬だぞ!」
テンゲ族が陽気に声を飛ばす。
僕は返事をせず、膝の上に本と紙を広げた。
「……それ、ずっと見てるけど」
少女が横から覗き込む。
「本当に全部、意味が分かるの?」
「……全部じゃない」
「でも、使えるところは分かる」
少女は少しだけ目を細めた。
「不思議だな。石も金属も、文字で分かるなんて」
炉の音。
金属を打つ音。
笑い声。
その中で、文字だけが静かだった。
――石を割る。
――割れ目を作る。
――力ではなく、順序。
僕の指が止まる。
「……これ」
思わず声が漏れた。
「何?」
少女がすぐに聞き返す。
「道具」
それだけ答えて、ページを示す。
テンゲ族の一体が身を乗り出した。
「どれだ? それか?」
「細けぇな、こんなもんで割れるのか?」
「……刺す」
「叩くと、石が自分で割れる」
「自分で?」
「石が?」
三体が顔を見合わせ、次の瞬間、大声で笑った。
「ガハハ! べらぼうめぇ!」
「石が割れるって言いやがった!」
「面白ぇ、作ってみようじゃねぇか!」
少女は笑わず、紙を見つめていた。
「……その通りにやれば、そうなるの?」
「たぶん」
「人がやるより、石がやる」
「変なの」
そう言いながら、目は離していなかった。
赤くなった金属が引き上げられる。
細く、硬く、先が割れるように成形されていく。
僕はページをめくり、別の紙を見る。
「……あと、これも」
「まだあるの?」
少女が少し呆れたように言う。
「一緒に使う」
テンゲ族が紙をひったくる。
「あっ……」
声が遅れた。
図解を逆さに持ち、三体で覗き込む。
「何だこの線」
「叩く順番か?」
「おい、これ向き逆じゃねぇか?」
「逆……」
僕は指を伸ばす。
「こっちが、刃になる」
「へぇ!」
「じゃあ、こうだな!」
火が強くなる。
送風が鳴り、炉の中が白く光る。
少女は腕を組んだまま、僕を見た。
「……文字、便利だな」
「道具の意味まで連れてくる」
一本、また一本。
金属の塊が形を持つ。
床に並べられたそれを見て、僕の喉が鳴った。
「……全部、必要だ」
「全部?」
少女が思わず聞き返す。
「欠けると、うまくいかない」
一拍。
それから、テンゲ族が一斉に笑った。
「ガハハハ!」
「欲張りだなぁ!」
「いいぜ、面白くなってきた!」
炉場の火が、ひときわ高く燃え上がった。
赤い光が天井を舐め、影が踊る。
少女はその火を見て、ぽつりと言った。
「……じゃあ、次は使う番だな」
僕は何も言わず、頷いた。
火のそばで、準備は整いつつあった。
つづく




