火の前で
第六十七話
火の前で
炉場は、思っていたよりも明るかった。
天井は低いが、火の光が石の壁を跳ね返り、影が忙しなく揺れている。
金属が熱を帯びる匂いと、乾いた音が混じって、空気そのものが生きているみたいだった。
炉の前にいたのは、三体のテンゲ族だった。
細長い体躯をした二足歩行の爬虫類種で、全身は硬い鱗に覆われている。
特に肩から腕にかけての鱗は厚く、火のそばでも一切動じない。
首は長く、顔は横に広い。
笑うと口が大きく開き、鋭い歯が覗くが、威圧よりも先に陽気さが伝わってくる。
指は長く、熱を帯びた金属を掴むための形をしていた。
火の前に立つための体だと、一目で分かった。
テンゲ族は、忙しそうには見えなかった。
火は維持されているが、仕事はないらしい。
炉の前に腰を下ろしている者、石に寄りかかって腕を組んでいる者。
三体とも、どこか楽しげだ。
僕は少女に促されるまま、炉場の端へ行き、革袋を下ろした。
口を結び直すのももどかしく、中から紙と本を引っ張り出す。
床に広げた瞬間、火の粉が一つ、紙の端に落ちそうになった。
「おいおいおい!」
すぐに笑い声が飛ぶ。
「炉場で紙広げるたぁ、べらぼうめ!」
「燃えちまうぞ、ガハハ!」
テンゲ族の一体が、腹を抱えて笑った。
もう一体は興味深そうに首を伸ばす。
「なんだそれ、字か?」
「読めんのか? 腹は膨れねえぞ?」
少女が横から、慣れた調子で口を挟む。
「石切りの話してたんだよ。
外は人が余ってるのに、ここは足りないって」
「へえ?」
テンゲ族が三体そろって笑う。
「外が余ってる? 知ったこっちゃねえ!」
「火の前に立てるかどうかだ、てやんでえ!」
ガハハ、とまた笑い声が弾む。
僕はそのやり取りを背中で聞きながら、紙に視線を落とした。
指で行をなぞり、図を追う。
石を割る。
整える。
繰り返し、同じ工程が描かれている。
火の音が、少し遠くなる。
途中、紙が引っ張られた。
「あっ……」
声が、勝手に漏れた。
気づいた時には、テンゲ族の一体が、図解のページを手にしていた。
もう一体も覗き込み、三体で頭を寄せる。
「なんだこりゃ」
「線が多いな」
「へえ……」
勝手に話が始まる。
「ここ、打つ前に入れ替えてるぞ」
「待て待て、冷めるだろ」
「いや、この順ならいける」
職人の目だった。
さっきまでの陽気な笑いは消え、代わりに火を見る顔になる。
僕は、取られた本の別のページをめくった。
そこにあった項目を、確かめるように読む。
「……割るだけなら」
「楔を……」
独り言だった。
空気が止まる。
「……今、なんつった?」
一体が、こちらを見た。
「金属の……杭……」
もう一体が、にやりと笑う。
「ガハハ!」
「そりゃ俺らの話じゃねえか!」
三体が一斉に立ち上がる。
誰も指示していないのに、自然と位置につく。
「火、上げろ!」
「今だ、今!」
「冷ますなよ、ちきしょう!」
炉の中で、火が一段高く燃え上がった。
さっきよりも、ずっと近い。
僕は、ただそれを見ていた。
まだ何も作っていない。
けれど――
火はもう、待ってくれそうになかった。
続く




