表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/125

見定める時間

第六十五話

見定める時間


ぼとり、と。

水の塊が、礼儀だけを保った姿にまとまった。


「……失礼いたします」


濁将の分体は、周囲を見回し、余計なものがないことを確認してから動いた。

歩くのではなく、にじむように進む。


案内も、許可もいらない。

この要塞の中心がどこかは、石の圧が教えてくれる。


厚い扉の前で止まり、濁将は小さく息を整えた。


「鎧将。夜分に失礼いたします。少々、お時間を」


返答はすぐだった。

金属が擦れる音と共に、扉が内側から開く。


広い間。

並ぶ鎧。

そして、玉座のような石の椅子に座る“鎧”。


「……来たか。濁将」


鎧将の声は低く、ぶれない。

眠りの気配がない。濁将も、それを知っている。


「はい。まずは――私の居が、落ちました」


沈黙が一拍。

鎧将の関節が、わずかに鳴った。


「……誰に」


「人間です」


「人間に、おまえが?」


濁将は頷いた。

丁寧に、だが結論を濁さない。


「正確には、“人間”という枠で片付けるのは危険です。

 四名。常識的な戦力計算が通用しない者たちでした」


鎧将は言葉を挟まない。

聞くべきところを待っている。


濁将は続ける。


「光を扱い、空を踏み、水を割り――私の分身は、抵抗の形すら作れませんでした」

「……そして、彼らは一度、王を滅した者たちではないかと推測しています」


「王を」


鎧将の声が、少しだけ硬くなる。

だが、怒りではない。測る硬さだ。


「濁将。つまり、お前は“魔族の危機”と言いに来たのか」


「はい」


濁将は即答した。


「このままでは、各将が各地で消耗し、各個撃破されます」

「居を守る戦いが、居そのものを餌にする戦いへ変わります」


鎧将の指が、石の肘掛けを軽く叩く。

合図のようでもあり、思考の癖のようでもある。


「それで、なぜお前がここに“分体”で来る」


濁将は一拍置く。


「私が動けば、再び彼らを引き寄せる可能性が高い」

「ですので、当面は動きを抑えます。――ここから先は、目立たない形で連絡をつなぐ必要がある」


鎧将が短く言う。


「そのための鍵が、ヤツか」


濁将の視線が、ほんのわずかに揺れた。

肯定だ。


「はい。彼です」

「彼が持つ“出口”があれば、私は必要な地点にだけ現れられる」

「そして、それ以上に――彼は、人の文字を読み、知を扱えます」


鎧将の声が落ちる。


「……知?」


「はい」

濁将は言葉を整えた。


「彼は戦えません。ですが、戦えないからこそ、知を集め、守り、繋いできた」

「その知が、今後の魔族に必要になります」


鎧将は沈黙する。

鎧の中身が薄いのに、圧だけが強くなる。


「濁将。お前の居が落ちた。異常に強い人間がいた。

 ――それは事実かもしれんし、誇張かもしれん」


濁将は否定しない。


「はい。ですので、お願いがあります」


「言え」


濁将は頭を下げる。

礼儀が、ここでは余計に重い。


「彼の知を見てください」

「役に立つかどうかで、私の話が嘘か本当か――判断していただければ」


鎧将の返答は速い。


「理屈は通る」


石の椅子が、わずかに軋む。

鎧将が姿勢を変えたのだと分かる程度の動き。


「この要塞は安定している。だからこそ、外の話は慎重に扱う」

「だが、ヤツの知が実際に“使える”なら――外の異常も、現実になる」


濁将は息を吐く。

崩れないように、丁寧に。


「ありがとうございます」

「当面、私は姿を見せません。彼を前に出しすぎない」

「必要な時だけ、出口を通して現れます」


鎧将が言い捨てる。


「……それでいい」

「余計に動けば、嗅ぎつけられる」


一拍。

鎧将の声が少しだけ落ちる。


「濁将。次に来るときは、答えを用意しておく」


「承知いたしました」


濁将の分体は、深く一礼した。

そして、来た時と同じように――床の陰へ沈む。


石の部屋に残ったのは、鎧の列と、動かない圧だけだった。


――翌朝。


厚い鐘が、谷を一度だけ叩いた。

呼び出しの合図。

鎧将は、決まり通りに客人を“受け取る”。


「ヤツを連れて来い」


少女はびくりと肩を跳ね、

しかし、すぐに一礼した。


「かしこまりました。世話係は、引き続き私が」


鎧将は、関節を鳴らす角度で頷く。


「そうだ。お前が続けろ」

「この土地は風が裂ける。顔を知る者の方がマシだ」


呼び出された僕たちは通路の中央で立ち止まる。

少女の角は、昨日より揺れて見えた。


「待遇は変えん」

「寝床も、食事も、世話係もそのままだ」


それは要塞の“決まり”。

まだ棚に触れない。


「だが――」


石の皿を叩くみたいに、

鎧将は言葉を置いた。


「濁将がいつ来るかわからん」

「タダで居続けさせるわけにもいかん」

「お前たちの、できる範囲で協力しろ」


運び屋は、多くを言わない。

僕の方を見るだけ。

橋は一行で十分だ。


鎧将は、少女へ視線を移す。


「このような仕事がある」


“直接は掴ませない”言い方。


「階段の清掃」

「炉場の番」

「薪の運び」


三つの言葉を並べたあとで、

結論だけを拾う。


「だが、これは命令としての話ではない」

「力仕事は期待していない。石の筋を守るための作業だ」


一拍。


「――要するにだ」


「お前らでもできそうな仕事だ」


低く。

乾いた納得の角度で。


僕は息を吸う。

肺は、空を拒まない。


「……やります」

「できることから、やります」


鎧将は評価しない。

ただ、理屈だけが整う。


「逃げるなとは言わん」

「疲れが抜けたら、炉場へ行け」


少女が僕らを促す。


「……こっちだ。炉場がある。」


石の通路は、

朝でも夜でも、

同じ顔で続いていた。

つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ