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傾いた根城

第六十二話

傾いた根城


針みたいな山並みを抜けると、

風がいきなり牙を剥いた。


運び屋の翼が軋む。

僕は背の羽根を掴み直す。


「……来る」


その声の直後、

下から合図が跳ねた。


崖の縁。

細い影が、腕を大きく振っている。


リーフォーク。

角のある、女の子だ。


「――こっちだ!」


叫ぶ声は硬い。

でも、迷いはない。


運び屋が角度を変える。

谷の影に身体を滑り込ませる。


着地。


石が砕けて、

砂が舞った。


次の瞬間――

突風が、渓谷をねじった。


ゴォッ、と音がして、

僕の頬が切れるみたいに冷えた。


運び屋は翼を広げ、

僕を背で庇う。


リーフォークの女の子は、

片足を前に出して踏ん張った。


風が収まるまで、

誰も余計なことは言わない。


やがて、

空気が落ち着く。


女の子が息を吐いて、

運び屋を見上げた。


「危なかったな。間に合ってよかった」


女の子が一歩寄る。

角の先が揺れない距離で止まる。


「大丈夫か」


僕は息を整えるだけで、

すぐに言葉が出てこない。


運び屋が、

僕の背を軽く押した。


「……大丈夫」


喉が擦れた声。

それでも、返せた。


女の子はそれだけで頷き、

運び屋を見上げる。


「アエンがここを通るのは珍しい」


そう言った瞬間――

渓谷が唸った。


突風が、横から叩きつけてくる。


「……ほらな。急に変わる」


そして、改めて運び屋へ。


「で、何か用なのか?」


運び屋が答える。


「鎧将に会いに来た。案内できるか」


女の子は顎に手を当てる。


「ついて来い。ここは風が変わる」


それだけ言って、

斜面の階段へ歩き出す。


僕は背から降り、肩の紐を掴み直した。

足元の石は冷たく、乾いた匂いがする。


少女の歩く先に、斜面に貼りつくような“街”が見えた。

要塞。いや、街でもある。


石を積んだ壁が段々に連なり、

その上にまた壁が重なる。


階段は枝分かれし、

踊り場があり、

さらに上へ伸びる。


歪んでいるのに崩れない。

雑に見えて、全部が噛み合っている。


“鎧”みたいな街だ。


歩きながら、少女が顎で周りを示した。


削る音、

叩く音、

運ぶ足音。


戦いの準備でもあり、

生活の延長でもあるみたいに続いている。


女の子が言った。


「ここはみんなで作業して、

 広げて、直して、住んでる。

 勝手に崩れないようにな」


運び屋は階段を登りながら、

前を向いたまま言う。


短い声が、

風に混じっても消えない。


「手が多い」


「手が多いと、壁が増える」


少女はそう返して、

ふっと鼻で笑った。


笑う音が、

風に負けないくらい乾いている。


「……アエンはわかる。飛ぶやつだ。

 じゃあ、もう一人のアンタはなんだ」


僕は一拍置いてから、喉の奥で答えを押し出した。

言うのは簡単で、言った後が怖い。


「……リーフォーク」


女の子が、

今度は声を出して笑った。


「ハハ」


そして、顔を戻して言う。


「リーフォークがそんな貧弱なわけないだろ」


一段、また一段。

足音が硬い。


「冗談なら面白い」


そこで肩越しに振り返る。


「でも、その冗談を他の仲間に言ったら――」


一拍。


「引き裂かれるかもしれない。気をつけろよ」


僕は喉の奥で、

小さく息を吸った。


「……本当に、リーフォークなんだ」


女の子は歩みを止めない。

ただ、少しだけ首を傾ける。


「本気で言ってるのか」


答えは出ているのに、

聞き返す感じ。


「そんなリーフォークが、なんで生きてきた」


「誰も相手にしないだろ」


僕は、指先を握ってから答えた。


「……されなかった。ずっと」


「でも、食べ物はくれた」


「薪拾いとか……雑用は、あったから」


女の子が鼻を鳴らす。


「その集落、随分優しいんだな」


「帰ったら感謝しろ」


僕の口が、勝手に動く。


「……全滅した」


石段の途中で、

女の子の足が止まった。


風が抜ける。

谷の音だけが残る。


女の子は振り返らない。

ただ、声だけが落ちてきた。


「……そうか」


それ以上、言わない。

慰めもしない。


でも、歩き出す速度が

ほんの少しだけ落ちた。


やがて、

梯子の口に着く。


下へ降りるための梯子。

縦に切り取った暗い穴。


運び屋は翼を畳み、

そのまま飛ぶみたいに降りた。


僕は梯子に手をかける。

指が冷たい。


女の子は先に降りて、

下から見上げている。


「落ちるなよ」


言い方は荒い。

けど、雑じゃない。


降り切ると、

空気が変わった。


風が届かない。

代わりに、石の匂いが濃い。


通路の先に、

一番大きい建物が見える。


他より厚い壁。

角ばった屋根。


飾り気はないのに、

“ここが中心だ”とわかる形。


女の子が言った。


「鎧将は、あそこだ」


運び屋が一度だけ頷く。

僕は、門を見上げた。


石の門は高い。

風が吹かなくても、圧がある。


僕らは、

その前まで来ていた。

つづく

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