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新たな力の可能性

第百二十三話

新たな力の可能性


中庭では、朝の光が静かに差し込んでいた。


フェッロ族の女は、布を手に、

動かぬ像を磨いている。


硬質化したまま戻らなくなったフェッロ族の男。

一歩踏み出した姿勢のまま、

いまも中庭の中央に立っていた。


磨かれた表面が、淡く光を返す。


「朝早くから精が出ますね」


背後から、穏やかな声。


振り返らずとも分かる。

濁将だった。


人の形を保った水が、静かにそこに立っている。


フェッロ族の女は手を止めず答えた。


「放っておいたら、埃より罪悪感が積もりそうだったから。仕方なくね」


濁将はわずかにうつむく。


「本来なら、あなたのように気が利く個体が将を名乗る方が適任だと思うのですがね。

 しかしながら、個体の強さこそが魔族の必然。覆しようのない理です」


フェッロ族の女は、布を持つ手を止めた。


少しだけ像を見上げる。


「私、高いところ苦手なの。

 あの子は、高いところが好きでしょ?……それで、いいのよ」


濁将は静かに頷く。


「翼将の部下たちは、本当にトップを信頼しているようですね。

 私には理解し難い現象ですが」


「そうね、わからないでしょうね」


フェッロ族の女は微笑む。


「でも安心して。わかる魔族だけが支えてるから」


濁将は小さく息を吐いた。


「相変わらず……と言うべきでしょうか。

 さすがに私も慣れてまいりましたが」


「慣れるって、大事な才能よ。ここでは特に」


「理解しているつもりではおります」


その時だった。


「あれ?こんなところに居たんだ」


軽い声が中庭に落ちる。


二人が振り向く。


翼将が、いつの間にか塀の上に座っていた。


フェッロ族の女が目を細める。


「また賑やかなお方が元気で何よりね。

 ええ、とても……存在感が健康的」


濁将が一礼する。


「翼将。もう広間はよろしいのですか?」


「そんなことよりさー」


翼将は身を乗り出す。


「お客さんがたくさん来てるからね」


濁将とフェッロ族の女が同時に首を傾げた。


「客?」


翼将は遠くを指差す。


「ほら、あっちからたくさん飛んできてるじゃん」


示された空には、何もない。


濁将が目を細める。


「……私には、何も見えませんが」


フェッロ族の女が肩をすくめる。


「察しが鋭すぎて……たぶん心のドアが開いてるのよ。

 こっちは心の準備中なんだけどね」


三人は、しばし空を見上げる。


やがて――

遠くの空に、影。


黒い粒が、ゆっくりと数を増やす。


光を遮るほどではない。

だが確実に、大きくなっていく。


やがて光を受け、白が浮かび上がった。


羽。

細い肢。

群れ。


白い蟻――白ミュル族。


翼将がぱっと顔を輝かせる。


「きたきた!おーい!」


手を振り、

そのまま空へ飛び上がる。


一直線に、群れへ向かっていく。


濁将はそれを見送りながら、しばし沈黙した。


――これが翼将。


同じ「将」と呼ばれる存在。


自分もまた、その一柱であるはずだが。


ここまで差があるとは。


驚きを通り越し、

むしろ感心に近い。


白ミュル族の群れに混ざり、

楽しげに飛び回る翼将の姿を眺めながら、

濁将は静かに思う。


将を名乗る自信が、少しばかり薄れましたね。


そうして、

翼将は白の群れと共に、

中庭へと降りてきた。


中庭に、白が降り立った。


羽音が止む。

砂埃ひとつ立てず、白ミュル族の群れが整列する。


数は多い。

だが、動きは一糸乱れない。


中央に進み出た一体が、静かに頭を下げた。


「翼将。突然の訪問、誠に申し訳ございません」


翼将は腕を後ろで組み、軽く首を傾げる。


「んー?大丈夫大丈夫!

 すっごい暇だったから」


そのまま整列した群れを見渡し、

ぱっと顔を明るくする。


「で?なになに?

 なんかいっぱい持ってきてるじゃん!」


濁将がその様子を横目に、ひとつため息をついた。


白ミュル族の代表は、姿勢を崩さず答える。


「はい。こちらは鎧将が、灼将の拠点で採掘された金属を加工したものにございます」


後方の個体が一歩進み出て、

荷のひとつを解く。


中から現れたのは、整えられた金属塊。

インゴット化された、鈍く光る素材。


翼将の目が輝いた。


「わー!キレイ!」


思わず一歩近づく。


「あの堅物が贈り物なんて、どんな気持ちの変化があったんだろうね」


「贈り物というわけではございません」


代表は即座に訂正する。


「この金属の実地試験をお願いするため、持参いたしました」


「実地試験?」


翼将が首をかしげる。


その横で、濁将が一歩前へ出た。


「つまりこれは、特別な性質を持つ金属――ということですね」


代表は、わずかに頷く。


「詳細は鎧将が書面にまとめております。

 魔力を保存できる性質を持つ金属とのことにございます」


「魔力を保存……?」


翼将の眉が上がる。


濁将は静かに視線を代表へ向けた。


「承知いたしました。

 長旅でお疲れのことでしょう」


穏やかな声。


「書類には私が目を通しますので、こちらへお渡しいただけますか」


代表が合図する。


後方の個体が進み出て、

丁寧に束ねられた書類を差し出した。


「こちらに」


濁将はそれを受け取る。


翼将が横から身を乗り出した。


「えー?

 なになに、私の家なんだから置いてけぼりにしないでよ」


濁将は、ほんの一瞬だけ視線を向ける。


「この長文の書類に、貴方が目を通されるおつもりで?」


翼将の動きが止まった。


次の瞬間。


「……っ」


図星を突かれ、

頬を膨らませる。


「むきー!」


濁将は穏やかな声のまま続けた。


「ご心配なく。

 私も非常に興味がありますので」


書類を軽く持ち上げる。


「読み終えた後、分かりやすく要点をまとめてご説明いたします」


「そうならそう言えばいいのに!」


翼将が腕を振る。


「いちいち言葉で刺さないでよ!」


「これは失礼いたしました」


濁将は、まったく動じず一礼した。


白ミュル族代表が静かに口を開く。


「では我々は、この拠点の集積所に荷を収め次第、帰還いたします」


「え?もう行っちゃうの?」


翼将が素直に驚く。


「数が多く、長居はご迷惑かと判断いたしました」


翼将は手を振る。


「気にせずゆっくり休んでから帰ってよ!

 せっかくだし、鎧将の拠点とかの話も聞きたいしー?」


濁将が、またひとつため息。


「興味を持たれるのは結構ですが、

 休息の妨げにならない範囲でお願いいたしますよ」


「わかってるってー!」


翼将は空を見上げる。


「疲れもウチのレイちゃんがいればすぐ回復するしね!」


上空から、反響する声。


『ウチはそんな便利グッズちゃうわ!』


空を旋回する影。

レイヴァ族の声が降ってくる。


『そんなこと言う子に育てた覚えはあらへんで!

 あんまり邪魔するようならオシオキするから覚悟しとき!』


翼将は手を振った。


「だーいじょーぶだからー!

 レイちゃんはこの子たち回復してくれればいいんだからさー!」


にこにこして続ける。


「その間ちょっとおしゃべりするだけじゃーん!」


上空から再び声。


『わかっとるんやったらええんよ。

 エエ子にしとき!』


「はーい!」


翼将が元気よく返事をする。


その横で、濁将は静かに息を吐いた。


「……どうやら私は、まだこの拠点に慣れていないようですね」


濁将は、受け取った書類へ静かに視線を落とした。


白ミュル族の群れは整列を解き、

案内された集積所へ向けて、音もなく庭を後にしていく。


中庭に残されたのは、

幾つものインゴットと、束ねられた書類。


陽光を受けた金属が、

かすかに、鈍く光を返した。


それはまるで――

この拠点に、まだ見ぬ力が持ち込まれたことを示すように。

つづく

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