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また別の風の刻

第百二十二話

また別の風の刻


街は、同じ場所にあった。


削られた山肌に寄り添うように広がる、人間の街だった名残。

翼将が力で奪い、そのまま拠点にした街だ。

移ってはいない。

捨ててもいない。


崩れていた建物は、崩れきらない形に直されている。

壁は歪んだまま積み直され、梁は別の木で支えられた。

美しさはない。

だが、潰れなくなった。


屋根の下で魔族が眠り、

通りで笑い、

建物の中で武器を整えている。


住める家が、確実に増えていた。


街の中心には、ひときわ大きな屋敷がある。

人間の権力者が使っていた建物だ。

豪奢さは薄れたが、街の核として残されている。


その屋敷の中庭に、像が立っていた。


フェッロ族の男。

硬質化したまま、戻らなかった個体。


一歩踏み出した姿勢で、

武器を構えるでもなく、

ただ前を見ている。


風雨に晒される場所ではない。

中庭の、誰の目にも入る位置だ。


翼将が、そこに置けと言った。


片付けるな。

動かすな。

壊すな。


理由は、語られていない。


中庭では、魔族たちがその像の横を通り、

腰を下ろし、食事をし、会話をする。

避けることも、祀ることもない。


ただ、そこに在るものとして扱われている。


屋敷の中には、用途の分からない物が増えていた。

人間の街から運ばれた家具。

意味もなく置かれた装飾品。

割れずに残っている器。


奥には、白く柔らかいものが入っていた器がいくつか並び、

甘酸っぱい匂いが、日常の一部として漂っている。


この街は、今も戦いのための拠点だ。

力で奪った場所であることも変わらない。


それでも――

潰れたら次へ移っていたはずの街は、まだここにある。


直され、使われ、腰を据えられている。


相変わらず乱暴で、

相変わらず気まぐれで、

それでも以前より、確かに「居続ける場所」になっていた。


広間の中央で、翼将が床に転がっていた。


「ひーまー!」


両腕をばたばたさせる。

羽もばさばさと揺れる。


補修中の梁が、上でわずかに軋んだ。


「将!こんな広間のど真ん中で暴れんといてください!」


フルル族が両翼を広げて叫ぶ。


「みんな驚いて作業できてへんやないですか!」


翼将は床に寝転んだまま、頬を膨らませた。


「だってさー!

近くの人間の拠点あらかた潰しちゃったんだもーん!」


「それを言うたら終わりですわ!」


フルル族が頭を抱える。


「仕事なくしたん自分やないですか!」


「えー?」


翼将はごろんと寝返りを打つ。


「でもさー。

 あいつ居ないと、せっかく集めたやつまったく使い方わっかんないしー。

 帰ってくるまで拠点も移動できないしー」


羽を広げて、天井を仰ぐ。


「ひーまー」


少し離れた場所で、フェッロ族の女がため息をついた。


「争いごとって、娯楽じゃなくてリスクなの。

 ……って言っても、今さら分かっても遅いわね。もう終わってるから」


腰に手を当て、肩をすくめる。


翼将はちらりと見上げた。


「ねー。

 どっか戦うとこない?」


「あるわけないでしょう」


即答だった。


「あなたが潰したのよ、周辺一帯」


フルル族が横から必死に口を挟む。


「せめて部屋で暴れてもらえませんかね?

 みんな補修工事しとるんですわ!」


「手伝わないもーん」


翼将は即答した。


「それはわかっとります!」


フルル族が食い気味に返す。


「せめて邪魔はせんとってください!」


フェッロ族の女が額を押さえた。


深く息を吐く。


「……わかったわよ。

 ちょっとここ任せるわ」


「ちょ、アンタまでおらんくなったら余計暴れよるて!」


「ええ、大丈夫よ」


女は振り向きもせず言う。


「暇で動いてる子って、基本どこにも行かないから。

 文句は言うけど、移動距離ゼロよ」


翼将がむっと頬を膨らませた。


「むー」


そのときだった。


「何だ騒がしいぞ!」


低い声と共に、ノーヴァ族が広間に入ってくる。

大きな四肢で床を鳴らしながら、何かを咥えていた。


「せっかく頼まれたもの拾って来たってのに」


フェッロ族の女が、ぴたりと足を止める。


「来たわね。

 不安になる準備まで済ませてたのに。損した気分」


ノーヴァ族は気にせず歩み寄り、

ごとりと床に落とした。


蜂の巣だった。


まだ蜜が残っている。

重みのある音が広間に響いた。


「早く終わったんだからいいだろ。

 ほらよ」


背を向けながら言う。


「約束の肉、あとでちゃんと渡せよ」


「ありがとう」


フェッロ族の女は拾い上げる。


「でも最後の捨て台詞で、ちょっと感謝が引っ込んだわ」


翼将がむくりと起き上がる。


「でー?

 なんでハチの巣?

 そんなの頼んだっけ?」


女は蜂の巣を軽く掲げた。


「――あの液体だった子。

 ついに“固まる決心”がついたのよ」


一瞬、静止。


次の瞬間。


「マジ!?」


翼将が跳ね起きた。


「めちゃくちゃ待ったってー!」


さっきまで床に転がっていたのが嘘のように、

目を輝かせる。


フェッロ族の女は、ゆっくりと振り返った。


「さっきまで床と語り合ってた子は」


蜂の巣を指で叩く。


「まず手を洗って、

 清らかな心でテーブルに来なさい」


翼将は満面の笑みで手を上げた。


「はいはーい!」


フェッロ族の女が、壺の中身を静かに掬い上げた。

白く、なめらかな半固体を器へと盛り付ける。


その横で、翼将は落ち着きなく足を揺らしている。

手には、かつて自分が拾ってきた銀のスプーン。


目は完全に、器だけを見ていた。


「早く早く」


と言わんばかりの顔。


フェッロ族の女は、わざとゆっくりと動く。

蜂の巣から取り出した蜜を垂らし、白の上へ黄金を流した。


とろりとした甘さが、器の中央で光る。


そして、そのまま翼将の前へ差し出した。


「この壺を持って帰ってきた時の顔、ちゃんと見てたわよ」


フェッロ族の女は微笑む。


「だから最初の一口は、あなたのもの」


翼将の目が一気に輝いた。


「まってました!」


器を両手で抱え込む。


「あの時はたった一口しかなかったけど、

 今度はいっぱい食べられる!」


スプーンを握りしめ、

一瞬だけ深呼吸。


そして――ひとすくい。


「んっ」


口に入れる。


「……っ」


次の瞬間、

顔がぱっと緩んだ。


「そうそう!これこれ!この味!」


ほっぺに手を当て、

思わずガッツポーズ。


満面の笑み。


ゾフ族が横から覗き込む。


「なんだそれ食い物か?」


「いいでしょー?」


翼将は器を抱えたまま答える。


「人間のとこから持って帰って作ってたんだよね」


ゾフ族が眉をひそめる。


「へんな形だな。

 水でも肉でもねえな」


「すっぱいけど、ハチミツが甘くてちょうどよくて」


もう一口。


幸せそうに目を細める。


フェッロ族の女が肩をすくめた。


「最初だけ混ぜて“私はやった感”出してたけど、

 発酵ってね……混ぜた後が本番なのよ?」


軽く指先で器を示す。


「ま、私が勝手にスタッフになってたけど」


翼将は照れたように笑う。


「にへへ。

 今回は助かりました!ありがとうございます!」


一拍。


「……これでいい?」


フェッロ族の女は、わずかに目を細めた。


「あら、言えたじゃない」


口元に笑み。


「ありがとうって言うの、年に何回目?

 あと二回で年間ノルマ達成よ」


翼将はスプーンを口に運びながら言う。


「こういう時はちゃんと言うんだよ?

 ここはそーゆー所」


また一口。


フェッロ族の女は、少しだけ柔らかく笑った。


「知ってるわ」


そこへ、ゾフ族が割り込む。


「俺を置いて勝手に進めんじゃねえ。

 まだあるのか?俺にも食わせてくれ」


フェッロ族の女は涼しい顔で答える。


「今日の配布権は将に委ねられてるの。

 交渉、がんばって」


ゾフ族は翼将を見る。


器を抱え込み、

完全防御体勢で食べ続けている。


「……無理だな」


苦笑する。


「自分の器まで抱え込んで食ってるやつに交渉は無理だ」


フェッロ族の女も視線を向ける。


「あれはもう……

 分け与える気ゼロの顔ね」


肩をすくめる。


「器まで食べそうな勢いだし、

 交渉より避難が先かも」


ゾフ族が豪快に笑った。


「ははは!恐ろしいな!」


背を向けて歩き出す。


「俺は肉を食って退散しとくか!」


フェッロ族の女も小さく笑う。


「今あの子の前に立つのは勇者か無謀者だけ。

 肉で命をつなぎなさい」


広間の中央。

甘い香りと、笑い声。


誰よりも自由で、

誰よりも我儘な将。


そして――

わずかな変化を楽しむ、ひととき。


ここは、そんな空気の拠点だった。

つづく

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