繋がった将
第百十八話
繋がった将
温泉街は、今日も湯気に包まれていた。
通りを歩く人の数は多く、
足取りも、どこか緩やかだ。
土産物通りの一角。
簡素な店構えの前で、売り子が声を張り上げている。
「火山真珠のお守りです!
旅の無事に、厄除けに!」
木箱に並ぶのは、黒い球状の石。
赤や紫の光を、鈍く返している。
「これ、他の街でも見たな」
「でも、ここで買うと感じが違うね」
旅人の言葉に、売り子は笑って頷いた。
「火山のそばで見て、触れてから持ち帰ると、
不思議と印象が変わるって言われます」
「この街で仕上げてますからね」
手に取った客は、しばらく石を眺め、
やがて一つを包ませた。
少し進むと、数珠を扱う店が並ぶ。
「身につけるお守りですよ」
「火山の恵みを、身近に」
木の珠の間に、黒い珠が静かに組み込まれている。
落ち着いた装いの客が、指で重さを確かめた。
「思ったより、ずっしりしてる」
「軽い石じゃありませんから」
「火山の近くで磨いたものです」
「落ち着く、という方も多いですね」
派手さはない。
だが、手にした者は長く眺め、
納得した顔で銭を置く。
通りの奥へ進むにつれ、店構えが変わっていく。
装飾の多い店。
磨き上げられた木の扉。
扉の前には、立ち番の者が立っていた。
中に入る客は限られている。
「こちらへ、どうぞ」
案内された先に並ぶのは、
指輪、ネックレス、耳飾り。
同じ黒い石だが、
磨き上げられ、金や銀に留められたそれは、
土産物通りの品とは明らかに違っていた。
「……これは、面白い」
絹の衣を纏った客が、指輪を光にかざす。
「他所でも扱っているはずだが」
「ここで見ると、ずいぶん印象が違う」
「真珠、と言うには色が深い」
「だが、宝石としては……悪くない」
「夜の席に映えますよ」
「遊女たちも身につけております」
店の奥で、艶やかな女が微笑む。
「火山の空気を含んでいる、と言う方もいます」
「加工場も近いですから」
「なるほど」
値札を見ても、客は顔色を変えない。
むしろ、満足そうに頷く。
「二つ包んでくれ」
「贈り物にする」
「ここで選んだ、というのが大事だ」
通りを歩く人々の中には、
すでに身につけている者もいる。
首元で、
手首で、
指先で。
黒い石が、湯気の向こうで、鈍く光る。
街は、確かに潤っていた。
そして誰もが、口にする。
「火山の街だからだ」
火山真珠は、
もう“新しい品”ではない。
この街の顔の一つとして、
静かに根を下ろし始めていた。
そのころの灼将の屋敷は、静かだった。
広間には、低い天井から柔らかな光が落ち、
磨かれた床に文様が浮かんでいる。
壁際には、帳簿や巻物が整然と並べられ、
ここが日々の決断を下す場であることを、否応なく示していた。
灼将は上座に腰を下ろし、
報告に立つ者たちの言葉に、ゆったりと耳を傾けている。
「……というのが、現在の街の状況です」
最後の言葉が落ち、
広間に一拍の静けさが生まれた。
灼将は、扇子を軽く閉じる。
「うむ」
それだけで、場の空気が和らいだ。
「街が動いておるのは、良いことじゃ」
声には、はっきりとした上機嫌が滲んでいる。
だが、浮かれた様子はない。
「続いては?」
促すように、視線を向ける。
街の動き、商いの流れ、倉庫の状況。
淡々と、しかし滞りなく言葉が重ねられていく。
「……輸出の方も、引き続き順調です」
「火山真珠は、産出した分のほぼすべてに買い付けがついております」
灼将は、扇子を指先で軽く叩きながら聞いている。
「宝石としての需要だけではありません」
報告役が続ける。
「魔力の影響か、わずかに熱を帯びる個体も確認されております」
「身につけていると寒さをしのげる、
体の調子が良くなる――そういった評判が立ち始め、
その方面での需要も伸びております」
「ほう……」
灼将の口元が、わずかに緩んだ。
「火山の石らしいのう」
続いて、声の調子が変わる。
「一方、インプリンティウムの産出ですが」
「こちらは変わらず安定しております。
今も順調に採取が続いております」
灼将の視線が、自然と報告役に向く。
「商人の話によれば、
人間側の装備には、少なからず影響が出ているとのことです」
「ただ――」
一拍。
「秘蔵倉庫の容量が、限界に近づいております」
広間の空気が、少しだけ引き締まる。
「このまま採取を続けるか、
一時的に止めるか……判断が必要かと」
そこまで聞いて、灼将は扇子を閉じた。
「よい」
その一言で、場を制する。
「ここまでじゃ」
重役たちは一斉に頭を下げる。
「本日の報告は十分じゃ。
続きは、また改めて聞こう」
そうして、会議は解散となった。
広間に残ったのは、灼将と若頭だけだった。
灼将は、しばし黙したまま、
卓の上に広げられた帳を見つめている。
「……」
若頭は、声をかけずに待った。
やがて、灼将がぽつりと口を開く。
「抑えるだけでは、足りぬのう」
若頭が一歩進み出る。
「であれば……
他所へ輸送し、保管する、という手もございますが」
灼将は、ゆっくりと顔を上げた。
「それは、おぬしが“その先”を考えておらぬ判断じゃ」
若頭は、思わず息を詰まらせる。
「……はぁ」
灼将は、扇子を開き、ふっと笑う。
「だが、今回はそれでよい」
「吉と出たようじゃな」
何かを思いついたような、その声音。
若頭は、その言葉の意味を測りかね、
ただ曖昧に頷くことしかできなかった。
翌朝。
灼将は再び屋敷の広間に立っていた。
昨日よりも集まる顔ぶれは少ない。
街の運営と生産を預かる者だけが呼ばれている。
「まずは、街での加工状況を確認したい」
灼将の一言で、報告が始まる。
火山真珠の加工は順調。
装身具だけでなく、簡易な加工品も増えつつある。
だが――
「インプリンティウムに関しては、やはり同じです」
「魔力を用いた精錬、加工が可能な者が少なすぎる」
「一点物であれば問題ありませんが、
量を扱うには、時間がかかりすぎます」
灼将は頷く。
「街としての限界、というわけじゃな」
「はい」
一通りの確認を終え、
広間に、短い沈黙が落ちる。
灼将は、扇子を閉じた。
「では、次の話じゃ」
居並ぶ者たちの視線が集まる。
「この街だけで、インプリンティウムを活かすのは難しい。
ならば――」
一拍。
「活かせる場所へ、送ればよい」
ざわりと、空気が動く。
「鎧将の所ならば、どうじゃ」
その名に、何人かが息を呑んだ。
「職人の数、技量。
どれを取っても、あの拠点に勝る場所はあるまい」
「……しかし、将」
誰かが、慎重に口を開く。
「どうやって、そこまで運ぶのですか」
「量も量です。
道中の危険も、無視はできません」
灼将は、その問いを待っていたかのように、
ゆっくりと笑った。
「おぬしら、もう忘れたか」
広間に視線を巡らせる。
「将の使者が、どこから来たのかを」
一瞬の沈黙。
やがて、灼将は地図の端を押さえ、
別の巻物を取り出した。
古びた紙に描かれているのは、
港と海路、そして船の印。
「濁将は、きちんと残しておった」
指先で、その印をなぞる。
「それぞれの将が、今どこに在るか。
どの道が使え、どこが危ういか」
「そして――」
灼将の声が、わずかに低くなる。
「この街が“量”を動かすために用意してきたものも、じゃ」
若頭の目が見開かれた。
「……まさか」
灼将は、静かに頷く。
「廻積船」
その名を、はっきりと告げる。
「商いのために、
街のために、
積み上げるために生まれた船じゃ」
「平時に出すものではない」
「だが今は――
使わねばならぬ時じゃろう」
広間の空気が、一段引き締まる。
「港に伝えよ」
灼将は、迷いなく命じた。
「廻積船を出させよ」
「積荷は、インプリンティウム」
「行き先は、鎧将の拠点じゃ」
地図の上で、
空白だった海路が、確かな道として結ばれた。
「この輸送は、ただの移動ではない」
灼将は、静かに言い切る。
「街が、次へ進むための一手じゃ」
つづく




