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艶やかな取引

第百十七話

艶やかな取引


火山から運び出された素材は、すでに倉庫へと移されていた。


鉄、銅、金、銀、鉛、亜鉛。

そして、黒曜石。


火山原産の金属は丁寧に精錬され、

インゴットやプレートとなって、規則正しく並べられている。


熱と手間を知る者が見れば、

ここに並ぶものが上質であることは一目でわかる。


倉庫の中は、常に人と魔族で満ちていた。

荷を運ぶ者、帳簿をつける者、

品質を確かめる者。


そして、その間を縫うように、

人間の商人たちが立っている。


「――納得できませんな」


一人の商人が、腕を組んで言った。


「これまで安定して入ってきていたものが、

急に出ないというのは、話が違う」


対する魔族の管理役は、声を荒げない。


「無くなったわけではない。

産出が、減っただけだ」


「減った、で済む話ではないでしょう」


別の商人が、すぐに被せる。


「ほかの金属なら、

いくらでも買い付けられる場所はありますぞ」


「値を上げるなら、なおさらだ」


空気が、じわりと熱を帯びる。


怒鳴り声はない。

だが、勘定と勘定がぶつかり合う音がする。


「こちらも、契約を反故にするつもりはない」


「ただ、量は以前と同じにはならぬ」


「理由は?」


「落盤だ」

「鉱脈が細った」

「採取にあたる者の体調も考慮しておる」


言葉は冷静。

だが、互いに一歩も引かぬ。


金の動く場所特有の、

感情を抑え込んだ熱が、倉庫を満たしていた。


そのとき――


倉庫の入口が、静かに開いた。


最初に現れたのは、女たちだった。

人にも、魔族にも見える亜人の遊女たち。


艶やかな衣擦れの音が、場の空気を変えていく。


女たちは並びながら歩き、

やがて、自然と左右に分かれた。


まるで道を作るように。


ざわめいていた倉庫の声が、少しずつ落ちていく。


商人の視線が、

魔族の視線が、

その“空いた道”の先へ集まる。


そこを、ゆっくりと進んでくる影があった。


肩をはだけさせた着物。

歩みに合わせて揺れる髪。

そして――


紅を帯びた瞳。


倉庫に満ちていた“取引の熱”が、

別の種類の緊張へと塗り替えられていく。


誰かが、息を呑んだ。


交渉の場に、

新しい空気が流れ込んだ。


倉庫のざわめきの中で、商人の一人が眉をひそめた。


「……遊女たちが、こんな倉庫に何の用ですかな」


だが、その言葉は途中で途切れる。


女たちの中心にいる存在に、気づいたからだ。


紅を帯びた瞳。

気配だけで、場の空気を変える女。


商人たちは、揃って姿勢を正し、頭を下げた。


「これは……失礼しました」


「まさか、この街の責を預かるお方が直々に来られるとは」


一人が、慎重に言葉を選ぶ。


「ここは何とか穏便に収めよう、というお腹積もりで?」


「我々は信用第一。

契約をおいそれと無下にされることには、梃でも動きませんぞ」


姐さんは、にこりともせず、

ただ静かに商人たちを見渡した。


「……ねえ」


柔らかな声だった。


「貴方たちは、この街の“希少金属”が欲しいの?」


一拍、置く。


「それとも――

“利益を生む商品”が、欲しいのかしら」


商人の一人が、咳払いをする。


「もちろん、契約通りの商品が欲しいですとも」


だが、すぐに言葉を続けた。


「とはいえ、利益が減らないのであれば……

自然のものを無理に安定供給しろ、とまでは申しませんがね」


姐さんの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「そう」


「結局は、金という欲を満たすため」


指先が、そっと胸元に触れる。


「それは、私たちの存在意義と……よく似ているわね」


商人の視線が、自然と引き寄せられる。


「……ほう」


「なにやら、面白いものが拝める、ということでよろしいので?」


姐さんは答えず、

ゆっくりと一歩、前に出た。


「火山は、資源の宝庫よ」


「そして――それを、知り尽くした者たちがいる」


「この街でしか、手に入らないものが……

まだ、ここには残っているの」


そう言って、腕に巻いていた数珠のような腕輪を外す。


そして、最も近くにいた商人の手を取り、

その掌に、そっと置いた。


包むように。

逃がさないように。


「……これは」


商人の目が、腕輪に吸い寄せられる。


「黒曜石……では、ないですね」


「ええ」


姐さんは、穏やかに頷く。


「火山の金属が、低温の溶岩を泳ぎ、

さまざまな成分を身にまとって――」


「流れに削られ、丸く固まったもの」


「黒曜石とは、違う輝きを持つ宝石よ」


一拍、置いて。


「私たちは……“火山真珠”と呼んでいるわ」


「火山……真珠……」


商人は、光にかざすように腕輪を持ち上げる。


赤と紫が、鈍く、妖しく返る。


「白く、純粋な輝きの真珠とは……正反対」


姐さんは、自分の首元を、ゆっくりと撫でた。


「こういう真珠は、大人の女にこそ似合うの」


「どうかしら?」


「この街で、アクセサリーとして加工してみたのよ」


「遊女たちも身につけているわ。

観光に来た人々に見せる――

宣伝の後押しも、きちんと用意してある」


商人の一人が、慎重に問いかける。


「……これは、安定して供給できるのですかな」


「今まさに、大量に加工場へ運ばれているわ」


「急いで、私たちの分だけ先に作ってもらったの」


視線を絡める。


「どうかしら?

“少し秘密のある女”を表現できる宝石よ」


商人は、小さく笑った。


「貴方は、元からそういう女性でしょうな」


腕輪を戻しながら、頷く。


「……まあ、今回は良しとしましょう」


「売れ行きを見て、

この先の穴埋めとして使えるか、判断いたします」


「賢明な判断よ」


姐さんは、はっきりとそう言った。


「また金属が出始めたら、

もっと利益が出ることになるかもしれない」


商人が肩をすくめる。


「注文は、いくらでもあります」


「また鉱脈が見つかるといいのですがな」


「それは――」


姐さんは、ふっと目を細めた。


「私ではないわ」


「……そう、火山だけが知っていること」


「貴方も、火山にお祈りでもしていく?」


商人たちは顔を見合わせ、笑う。


「遠慮しておきましょう」


「我々人間が、あの火山に近づいたら……

燃えてしまいますからな」


「それでは」


姐さんは、軽く手を合わせる。


「契約更新ね。

あとは担当に任せるわ」


「いい取引だったわ」


「これからも……ごひいきに」


遊女たちが揃って、柔らかく一礼する。

そして、来た時と同じように、ぞろぞろと倉庫を後にした。


残された商人が、ぽつりと呟く。


「……火山真珠、か」


「確かに……ほかでは見ない商品だ」


倉庫の灯りの下で、

黒い真珠は、怪しく輝いていた。

つづく

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