灼将の答え
第百十六話
灼将の答え
翌日の朝広間には、重い空気が満ちていた。
集められたのは、この街を支える魔族の重役たち。
商いを司る者、採掘を監督する者、流通を束ねる者。
人の姿は、一人としてない。
灼将は上座に立ち、扇子を軽く打ち鳴らした。
「皆の者、まずは聞けぃ」
低く、しかしよく通る声だった。
ざわつきかけていた空気が、一瞬で静まる。
「わらわの街が、人の商人共に売っておる金属の輸出を絞る」
広間が、ざわめいた。
「将、それは――」
「急すぎますぞ」
「理由を――」
「まずは聞けと言ったのじゃ」
扇子が、再び音を立てる。
今度は開かれ、口元を隠す。
「その金属は、インプリンティウム。
人はこれを加工し、武器や防具に仕立てておる」
重役たちの表情が、硬くなる。
「今、我々魔族が危機に瀕しておることは、皆も承知の上じゃろう。
その原因の一端を、わらわの街が担っておるとしたら……」
扇子の奥で、灼将の視線が鋭く光る。
「結果として、わらわの街が魔族を脅かしておる。
ゆえに、人に流す量を減らすのじゃ」
沈黙。
「理由は、どうとでもできようぞ」
淡々と、言葉を並べる。
「大きな落盤。
鉱脈の枯渇。
採取に従事するエンショウ族の体調不良」
「たとえそれが真実でなくともじゃ」
声に、僅かな力がこもる。
「わずかでも命を落とす魔族を減らすためなら、
人の武器となりうるものは、止める価値がある」
そのとき、一人の重役が立ち上がった。
人との商談を一手に引き受けてきた幹部だ。
「将よ」
深く一礼してから、言葉を続ける。
「それでは街の利益が減ります。
街を維持する資金が不足し、
金属を精錬する者たちの雇用も失われましょう」
「魔族のためであることは、重々承知しております。
しかし――」
重役は拳を握る。
「この街で生きている者たちを切り捨てることに、
私は首を縦には振れませんぞ」
灼将は、目を見開いた。
だが、怒りはない。
「……よい」
静かに、しかしはっきりと言う。
「すぐに実行せよとは言わん」
広間の空気が、わずかに緩む。
「ただ、そのつもりがあるということだけ、覚えておいてほしいのじゃ」
扇子を閉じ、視線を巡らせる。
「火山は資源の宝庫。
必ず、他に道があると信じておる」
「ここから先は、わらわが直接エンショウ族たちに会いに行く」
声が、少しだけ柔らぐ。
「この街を犠牲にするようなことは、せんのじゃ」
灼将は一歩前に出る。
「減少する利益を補う何かが見つかるまで、
人員の配置計画だけは立てておくのじゃ」
「わらわが、必ず方法を見つけてみせる」
最後に、深く頭を下げた。
「おぬしらには迷惑をかける。
だが、街の者たちが混乱せぬよう……頼む」
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
ただ一人、重役が小さく頷く。
静かな決断が、広間に落ちた。
広間の重役たちが一礼し、静かに退室していく。
扉が閉まる音を背に、灼将は一つ息を吐いた。
「……よし」
灼将は衣紋掛けにかけてあった着物を手に取り、羽織る。
「今すぐ、エンショウ族の元へ向かうのじゃ」
居並ぶ側近たちが、顔を上げる。
「最高級の木炭を持て。
火山へ向かうぞ」
若頭がすぐに応じた。
「は。人員を選抜します」
程なくして、若頭と数名の構成員が揃う。
灼将は先頭に立ち、邸宅を後にした。
―――
火山は、静かだった。
活火山ではあるが、噴き上がる気配はなく、
溶岩はゆっくりと流れ、赤く脈打っている。
熱気に満ちたこの地を、
エンショウ族は棲家としている。
「わー! 灼将さまだ!」
「ほんとだ! 山に来るの、ひさしぶりじゃない?」
「なになに? なにかあったの?」
声を上げながら、小さな影が次々と集まってくる。
煤にまみれた体、丸い目。
火山に馴染んだ種族たちだ。
灼将は懐から包みを取り出し、木炭を見せた。
「おぬしらには、いつも世話になっておるからのう」
数匹のエンショウ族に木炭を手渡す。
「街で作られた、特上の木炭じゃ。
よく味わうがええ」
「わっ、いいにおい!」
「これ好き!」
「うまい!」
かじりつきながら、満足そうに尻尾を揺らす。
灼将はその頭を、ゆっくりと撫でた。
「おぬしらに会いに来たのは、ほかでもない」
エンショウ族たちが、きょとんと見上げる。
「わらわの街が、少し困ったことになっておってのう」
「街に問題?」
「えー?」
「僕たち、なにができるの?」
「木炭おいしい」
「灼将様困ってるなら、僕たちも困る」
無邪気な声が重なる。
「……いつも金属を、たくさん採ってきてくれておるのう」
灼将は、火山を見上げる。
「だが、金属だけでは、足りぬのじゃ」
視線を戻し、穏やかに続ける。
「この山を知り尽くしておるおぬしらなら、
金属以外にも、輝くモノがあるのを知っておると思っての」
「金属ダメなの?」
「黒い石は採ってるよね?」
「ほかにもキラキラあるよー」
一匹が、溶岩の方を指さす。
「溶岩に流れてるアレとか、どうー?」
灼将の目が、わずかに細まる。
「……さすがじゃ。
火山を知り尽くしておる者共よ」
扇子を持つ手を軽く振る。
「そのキラキラを、取ってきてもらえんかの」
エンショウ族たちが、顔を見合わせる。
「おぬしらが頑張ってくれれば、
街の困ったことも、解決するはずじゃ」
「アレ、どこだっけ?」
「ほら、横道から溶岩泳いだら、溜まってない?」
「それそれ! こないだそこで泳いでた!」
「頼んだぞ」
灼将は、手元のエンショウ族を撫でた。
振り返り、連れてきた部下たちに告げる。
「木炭を、エンショウ族に食わせ切った者から、街へ戻るのじゃ」
周囲を見回す。
「ここは高温すぎる。
わらわ以外の者は、長居せん方がよい」
「将は……」
若頭が口を開く。
「わらわは、エンショウ族が持ち出すモノを見届けてから戻る」
小さく笑う。
「安心せえ。仮にも灼将じゃ。
この程度の熱で、どうこうならん」
一同は深く礼をし、
木炭を配り終えた者から、順に下山していく。
溶岩が、踊る。
火の粉が、舞う。
灼将は、その場に立ち尽くし、
ただ静かに、エンショウ族の帰りを待っていた。
溶岩の流れが、ふいに大きく揺れた。
赤く脈打つ熱の中から、エンショウ族が姿を現す。
溶岩を泳いできた個体は、全身に熱気をまといながら、地面に降り立った。
「これだよー!」
口を開き、黒くて丸いものを、ぽろぽろと吐き出す。
「キレイでしょ?」
「不思議なひかりかた、するんだよ」
地面に転がったそれは、石にしては丸すぎた。
黒い球状の表面に、赤や紫の光が鈍く差し、
模様のように、脈打つ輝きを返している。
灼将は、ゆっくりとそれを拾い上げた。
指先で転がし、火山の光にかざす。
艶はあるが、海の真珠とはまるで違う。
深く、重く、どこか妖しい光。
「……なるほどのう」
低く、感嘆の声が落ちる。
「まるで、真珠じゃ」
「しんじゅー?」
「なにそれ?」
「こんな石、ほかにもあるんじゃない?」
灼将は、石から目を離さぬまま答える。
「これはな、宝石と言ってのう」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「地金は、この山にあふれるほどある。
そこに、マグマが絡みつき、
冷えて、転がり……こうなったようじゃな」
「そうだねー」
「溶岩の流れが強いところに、よくあるよ」
灼将は、視線を上げる。
「これは……たくさんあるのかのう?」
「たくさん転がってるよー」
「一口分だけ持ってきたけど」
「拾ってきてほしいなら、いっぱい取ってくるよ」
「……あんまりおいしくないしね、それー」
灼将は、小さく息を吐いた。
「ふむ」
手の中の黒い球を、もう一度見つめる。
「おぬしら……これで、街の困ったことを解決できるかもしらんのう」
「お?」
「やった!」
「また困ったら、新しいの見つけるよ!」
「灼将様に、恩返しだー!」
そう言うと、エンショウ族たちは、
ひとつ、またひとつと溶岩へ飛び込んでいく。
赤い光が跳ね、火の粉が舞う。
灼将は、その背を見送りながら、静かに呟いた。
「……わらわの、今までしてきたことは」
手元の黒い石が、鈍く光る。
「間違っては、おらんかったようじゃな」
溶岩の鼓動に合わせるように、
黒い球状の石は、静かに輝きを返していた。
つづく




