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繋がれた命

第百十三話

繋がれた命


薄く魔力が満ちた空間の中央で、シェリスは相変わらず動かずにいた。

ベッドの上で仰向けになり、小机から拾ってきた書物を片手でめくっている。

その周囲には、さきほどまで動いていた個体の残骸が、砕かれたまま無造作に転がっていた。


大きな欠伸をひとつ。


「……ふぁ。で、見つかったのかよ」


戻ってきたフィロは周囲を一瞥し、床や壁に残る痕跡を確認する。


「どこか、余計な破壊はしていないだろうな」


本で顔を隠したまま、シェリスが鼻を鳴らす。


「してねえよ。たぶんな」


フィロはそれ以上追及せず、歩みを進めながら続けた。


「この施設は、ここにいる個体を循環源として稼働している。

上の研究棟と切り離し、察知されないよう徹底して遮断されていたようだ。

この空間に魔力が滞留しているのも、そのためだろう」


リラが一歩踏み出す。


「……さっき、フィロさん。

 この子が“魔力で機能を回復している”って言ってましたよね」


フィロは静かにうなずいた。


「そうだ」


「それなら……この施設を止めたら、この子は……」


言葉が途中で途切れる。

リラは少女を見下ろし、唇を噛みしめた。


「少なからず停止するだろう」


フィロの声は淡々としていた。


「この個体は、亜人――

いや、膨大な魔力を保持し続けられる“特異亜人”の魔力で稼働している。

循環が断たれれば、機能は失われる」


少女は表情を変えず、リラの目を見返す。

その瞳に映るものは、何もなかった。


「……わからない」


それだけを、静かに口にする。


シェリスが舌打ちをした。


「じゃあよ。要は、こいつ潰せば終わりってことだろ」


ベッドから起き上がり、軽く首を回す。


「ったく。あっさり終わるかと思ったら、ずいぶん引っ張りやがって」


フィロが視線を向ける。


「ずいぶんやる気だな」


シェリスは指を突きつけた。


「ドリンク。忘れたとは言わせねえからな」


フィロは短く息を吐く。


「わかっている。

この魔力を抑えつつ滅するには、お前が最適だ」


「よっしゃ」


シェリスは床に飛び降り、少女の方へ向き直る。


「これで終わりだな」


その背中に、リラが声をかけた。


「フィロさん……シェリスさんなら問題ないと思いますけど、

魔力が漏れる可能性を考えたら、少し距離を――」


「私が近くで監視する」


フィロは即答した。


「だが、リラの判断も正しい。離れていろ」


オリヴェットが動き、リラは少女の手を取って後退する。

少女は抵抗せず、ただ引かれるまま歩いた。


シェリスが肩越しに振り返る。


「怖がってんじゃねえよ。騎士だろ?」


フィロは視線を逸らさずに答える。


「それぞれの考えで動く必要がある。

お前は、これまで散々見てきただろう」


「見てるだけで全部わかるわけねえだろ」


そう言いながら、シェリスは魔力を高める。

空間に光の粒子が集まり、亜人の周囲に渦を巻く。


特異亜人の身体が、静かに崩壊を始める。


つぎはぎにされた肉体は、まるでこの瞬間を待っていたかのように、

縫い留められていた意志を失い、ほどけるように光へと吸い込まれていった。


ひとつ。

ふたつ。


つながれていたものが外れるたび、

施設の空気が、わずかに――だが確かに、うねる。


四肢が光に溶け、形を失い始めたそのときだった。


シェリスが、突然、魔法を止めた。


「――どうした。疲れたのか?」


フィロがそう声をかけた、次の瞬間。


その姿は、わずかな光を残して――ぷつりと消えた。


「何やってんだバカ野郎!!」


背後から叩きつけられる怒声と、重い金属音。


フィロが振り返ると、

床に倒れたシェリスと、体勢を崩したリラ。

その正面に立つ少女と、跳ね上がった盾の縁が視界に入った。


「……何があった」


フィロの問いに、リラは少女の方を見たまま、言葉を詰まらせる。


「シェリスさん……」


起き上がったシェリスが、リラを見下ろしながら吠えた。


「お前!!

何やってるかわかってんのか、バカが!!」


フィロが即座に駆け寄り、シェリスの肩を掴む。


「落ち着け。

――説明しろ。リラもだ。何があった」


制止されたシェリスが、荒く舌打ちをする。


リラは一度、少女を見てから、俯いた。


「……転移……治療を……使ってました」


フィロは状況を悟り、リラの肩を一度だけ叩いて立ち上がる。


「シェリス。どこだ」


「心臓だ。

し・ん・ぞ・う」


シェリスは胸の中心を、親指で強く叩いた。


フィロは小さく息を吐き、理解を示す。


「リラ。

分かっていて転移治療を行ったのか」


リラは、涙をこらえながら、ゆっくりと頷いた。


フィロは額に指を当て、深いため息をつく。


「……お前の情の深さは評価している。

だが、ここまで自己犠牲が過ぎれば、それはただの自殺志願者だ」


一拍置き、視線をシェリスへ移す。


「そしてシェリス。

よく止めた。だが――お前にも言いたいことがある」


シェリスが、一瞬だけ「やべっ」という顔をする。


「転送魔法は、正確な座標理解がなければ、

融合、欠損のリスクを伴う。……分かっていたな?」


フィロはシェリスの頭を掴み、顔を強制的に向けさせる。


「分かっていたな?」


シェリスは視線を逸らした。


フィロは、重いため息をつき、

シェリスの肩を押し、少女の方へと身体を向けさせる。


「リラも問題だ。

だが――シェリス。お前も同罪だ」


一度だけリラに視線を送るが、リラは目を伏せたままだ。


「お前の魔力量なら、設備なしでも再生魔法は可能だろう。

正直、気は進まん。

だがこのままでは、リラが使い物にならなくなる」


シェリスが反論しようと顔を上げかけた瞬間、

フィロは再びその頭を掴み、少女へと向けさせる。


「できるか。できないか。

返答はそれだけでいい」


「……わーったよ!!

やりゃあいいんだろ、やりゃあ!!」


シェリスの首、両腕の魔石が同時に輝く。


均等に配置された光が、空間に正三角形の魔法陣を描き出す。


フィロは、その構成を見て、思わず息を呑んだ。


高められた魔力が陣を駆け巡り、

紋様が刻まれ、完全な魔法陣として成立する。


「失敗しても知らねえからな!!」


その叫びと同時に――

少女の胸が、静かに開いた。


裂かれたのではない。

まるで最初から、そうあるべきだったかのように。


光の中から、脈動する灰色の心臓が浮かび上がり、

少女の胸は、再び閉じた。


光の余波がわずかに残る中、

魔法陣は静かに役目を終え、空間から消えていった。


次の瞬間、シェリスの右手に光の塊が集中する。


躊躇はない。

そのまま、少女の胸へと拳を叩き込んだ。


一見すれば殴りつけたように見える。

だが、その右手は――

衝撃を伴うことなく、吸い込まれるように少女の胸へと沈み込んでいた。


光の魔力が空間を支配する。


これまで施設を満たしていた魔力が、

吹き飛ばされるかのように乱れ、走り、軋みを上げる。


制御されていた循環が崩れ、

濁流のようになった魔力が、霧散していく。


やがて、光が収まった。


シェリスは何も言わず、ゆっくりと腕を引き抜く。


拳の跡は残っていない。

傷一つなく、少女の胸は元のままだった。


場の空気が、完全に止まる。


誰もが、その状況を理解しきれずにいた。


リラが、はっとしたように少女へと手を伸ばし、

自分の元へと引き寄せる。


「……どうだ、シェリス」


フィロの問いに、シェリスは肩をすくめる。


「ま、さっき暇つぶしにアレ読んでたからな。

大丈夫じゃね?

責任は持たねえけど」


そう言って、鬱陶しそうに手を振る。


リラは少女の鼓動に触れ、

確かな脈を感じ取ると、張り詰めていた力を抜いた。


オリヴェットは静かに矢筒から布を外し、

少女の身体にそっとかけ、ずれないように留める。


「……あとは、リラに任せておいて問題ないだろう」


フィロはそう告げ、視線をシェリスへ移す。


「シェリス。

継続して仕事をこなせ」


「今のは、何が付いてくんだ?」


「その交渉はリラとしろ。

私は仕事のみで評価する」


「へいへい」


シェリスは両腕を頭の後ろに回し、

何事もなかったかのように、ずかずかと元の場所へ戻っていった。

つづく

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