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人類の武器

第百九話

人類の武器


転送の感覚は短く、

乾いていた。


浮遊都市特有の空白を踏み越えた直後、

足裏に伝わる感触が変わる。


魔法発展棟で感じた、

澄んだ魔力の残滓はない。


ここにあるのは、重く、鈍い空気。


鉄と油と、

長く使われなかった工房特有の匂いが混じり合っている。


視界に広がるのは、

広い作業空間だった。


壁沿いには巨大な金属ケースが並び、

その中には幾何学的な形状を保ったまま固定されたモルファイトが収められている。


自然状態で見られるような過剰な反応はなく、

すべてが抑え込まれたように静止していた。


床には刻まれた魔法陣よりも、

金属を固定する枠、

成形用の型、

組み替えのための治具が目立つ。


ここでは魔法は補助でしかなく、

主役は素材そのものだった。


棚の奥には、用途の異なる貴金属が無造作に並べられている。


いずれも加工途中のまま放置され、

魔力を帯びた形跡だけが残っている。


魔石を埋め込むための溝、

魔力の流れを逃がすための刻線、

試行錯誤の痕跡が、金属の表面に刻み込まれていた。


血の痕はない。

破壊された器具もない。

だが、ここが兵器のための場所であったことだけは、疑いようがなかった。


魔族に通じる素材を得るために。

魔法を通す剣を作るために。

人が人のまま戦うために。


この場所は、狂気ではなく、

冷静な計算の積み重ねで成り立っている。


そして同時に、その計算がどこまで行き着くかを、

誰もが理解していた場所でもあった。


静まり返った工房の奥で、

未使用のまま残された素材たちが、

時の止まった研究の終着点を物語っていた。


フィロは室内を一瞥すると、即座に判断を下した。


「動きは同様だ。オリヴェットは施設全体の確認を。

 リラは書類を当たれ。

 シェリスは……気になったものがあれば教えろ」


「すでにこのクソでけえ塊が気になってしょうがねえんだよな。

 趣味わりぃな」


シェリスは巨大な金属ケースに収められた塊を指で叩く。

鈍い音が返り、内部で固定されたモルファイトは微動だにしない。


「これは、さっきの洞窟にあったモルファイトですよ」


リラが即座に補足する。


「本来は、きちんと処理してから採掘するものなんです。

 安定化工程を挟まないと、扱える代物じゃありません」


「おい! 方法あるんじゃねえか! クソ真面目!」


「その処理には時間がかかる」


フィロは書類から目を離さないまま答えた。


「すぐに進むには、最も効率的な方法だと判断したまでだ」


舌打ち一つ。

シェリスは興味を失ったように、積まれた書物や棚を荒っぽく漁り始める。


いつの間にか、オリヴェットの姿は見えなくなっていた。

足音もなく、すでに別区画へ向かったのだろう。


リラは少女の手を引き、静かに室内を回る。

少女は相変わらず何も語らない。ただ、視線だけが周囲をなぞっていた。


ページをめくりながら、シェリスが吐き捨てる。


「にしてもよ。

 んなあぶねえもん、人に身に着けさせる時点で狂ってんじゃねえのか」


「我々の装備はモルファイトではない」


フィロは即座に否定する。


「ルクヴォイドという合金だ」


「白くして、そんな変わるもんかね」


鼻で笑うシェリスに、フィロは淡々と続けた。


「古代では見つからなかった金属がある。

 インプリンティウムという素材だ」


シェリスの手が止まる。


「それは魔石のように魔力を保持できる金属だ。

 これを一定比率で合金化することで――」


フィロは書類の一節を指でなぞる。


「魔力で形を変えるモルファイトに、

 “魔力を留める”という性質を与えた。

 それが、ルクヴォイド合金だ」


「……はぁ」


シェリスは気の抜けた声を漏らし、無意識に手首のバングルを見る。


「これが、なあ」


「そうだ」


フィロは肯定する。


「お前が安定して魔法を行使できるのも、

 ルクヴォイド製の装備に魔石を組み込んでいるからだ」


「無けりゃ爆発すんだっけ?」


「発現の形は様々だが――」


フィロは一拍置いた。


「多くは、高めた魔力に身体が耐えきれず、

 内側から崩壊する」


「で、出立前にこれを渡されたってわけか」


「どれか一つと言われて、

 全部持っていくのはお前くらいのものだがな」


わずかに冷笑を混ぜた声音。


「別に文句言われてねえだろ」


「問題ない」


フィロは即答した。


「そもそも、三つも装着できる前提ではなかった。

 “できれば”の話だっただけだ」


「はぁ?」


「触媒は一つで十分だ。

 制御も一か所で済む」


フィロは視線を上げ、シェリスを見据える。


「だが、お前は三つを同時に使いこなしている。

 だから、そのまま持っていけているだけだ」


「……ふーん?」


シェリスはもう一度、

両腕のバングルを眺める。


そこに刻まれた輝きの意味を、

まだ本人だけが知らないまま。


フィロは静かに本を閉じた。

ページを押さえていた指が止まり、そのまま動かなくなる。


視線は書架でも床でもなく、

どこにも焦点を結ばない空白に向けられていた。


「お前、さんざん人に命令しといて休憩か?」


シェリスが欠伸混じりに言う。


「必要な情報は得た」


フィロは即答した。


「その情報を整理している」


「へいへい。えらいえらい」


シェリスは適当に受け流す。


「おもしれぇ話ならいいけどな」


フィロはわずかに息を吐き、口を開いた。


「ここで研究していた者たちは――

 さぞかし楽しかっただろうな」


「……は?」


シェリスが眉をひそめる。


「どういう意味だよ」


「理論が揃っている」


フィロは机に残された書類を指先で叩いた。


「触媒、魔力循環、発現の制御。

 どれも机上では破綻していない」


「やはり、触媒を人体に組み込む研究を行っていたようだ。

 魔石をはじめ、天然素材、人工素材――

 触媒として成立する可能性のあるものを、徹底的にな」


「ほーん」


シェリスは肩をすくめる。


「こいつを体に埋め込むってか。

 ……うぇ」


舌を出して、露骨に嫌悪感を示す。


「そこまでならいいんだがな」


フィロの声が、わずかに低くなる。


シェリスが続きを促そうとした、その時。


足音もなく、リラとオリヴェットが戻ってきた。


「フィロさん」


リラは一束の書類を差し出す。


「完全ではありませんが、

 実験個体の管理リストらしきものは見つかりました」


受け取ったフィロは、数枚をめくるだけで内容を把握したらしく、

すぐにそれを机へ戻した。


「想定通りだ」


短く、断定する。


その言葉につられるように、

全員の視線が、自然と少女へ向いた。


相変わらず、血色の薄い顔。

立ち尽くしたまま、何も訴えない存在。


「こいつは――」


フィロは、感情を挟まずに告げる。


「魔族の器官を移植された研究個体だ」


空気が、わずかに沈む。


少女は、誰の視線も気にする様子なく、

ただ一言だけを落とした。


「……わからない」


それは否定でも肯定でもなく、

ただの事実の報告のようだった。


フィロは目を伏せる。


「ここに残っているのは、理屈だけだ」


「人体に触媒を組み込み、

 魔力の循環と発現を人為的に制御する――

 その“可能性”の記録だけが残されている」


視線を上げる。


「実際にそれを完成させ、

 異形を生み出した場所は、ここではない」


静かに、結論を落とした。


「――魔力循環研究棟だ」

つづく

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