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人類の魔法

第百八話

人類の魔法


魔法発展研究棟の内部は、

中央棟とは明らかに雰囲気が違っていた。


通路は広く、天井も高い。

だが装飾はなく、

機能だけを優先した造りだと一目でわかる。


フィロは入口で立ち止まり、周囲を一巡させる。


「ここでは“成果”よりも“過程”が残されているはずだ」


そう前置きしてから、淡々と指示を出す。


「オリヴェット。記録以外の痕跡を探れ。

 床、壁、天井、使われ方の違和感だ」


オリヴェットは一度だけうなづき、静かに離れていく。


「リラ。報告書や実験記録以外の書類だ。

 リストらしきもの、破棄されかけているものを優先しろ」


「はい」


リラは少女の手を離さぬまま、書架へと向かう。


「シェリス」


名を呼ばれ、シェリスは面倒そうに振り向く。


「お前は――」


一瞬、言葉を選ぶ間。


「……適当に見ていろ。

 内容は問わん。違和感があれば教えろ」


「は?ずいぶん雑だな」


「お前にはそれで十分だ」


フィロはそう言い切り、自身も書架へ向かう。


研究棟の書物は膨大だった。

だが分類は明確で、体系立てて整理されている。


フィロは古代文字で記された記録を次々と抜き取り、

ほとんど間を置かずにページをめくっていく。


魔法の発現理論。

効率化の試行錯誤。

失敗例の報告。


どれも、現代の魔法理論と大きくは違わない。


「……やはり、行き着く先は同じか」


小さく呟くが、まだ結論には至らない。


シェリスはというと、最初は本当に“適当に”棚を眺めていた。

題字も読まず、背表紙を指で弾きながら歩く。


「くそ、硬ぇ本ばっかだな」


そのとき、棚の下段。

奥に押し込まれるように置かれた一冊が、視界に引っかかる。


他と違い、表紙が異様に薄い。

題字は古代文字だが、線が荒れている。


シェリスは無意識にそれを引き抜いた。


「……なんだこれ」


ページを開く。


そこに書かれていたのは、体系だった。


通常の魔法理論とは明らかに違う。

効率でも安定でもない。


ただ、「効果」だけを列挙した記録。


時間に干渉する試み。

環境を破壊するための術式。

術者の精神を代償にする魔法。


どのページにも、同じ注記が繰り返されている。


――再現性、低

――実用性、低

――推奨、不可


「……は?」


シェリスの眉が寄る。


読み進めるほど、気分が悪くなる。

強い。

だが、あまりにも割に合わない。


そして最後にまとめられた区分。


禁忌指定魔法群


理由:

・使用者の生存率が低すぎる

・周囲への被害が制御不能

・研究者自身が正気を保てなかった例が多数


最後のページ。


短い一文だけが、太く刻まれていた。


――人の手に余る


シェリスは、そこでページを閉じた。


「……くだらねぇ」


吐き捨てるように言い、本を棚に戻そうとして、

一瞬だけ手が止まる。


理由はわからない。

だが、胸の奥が、妙に静かだった。


そのまま、何事もなかったように本を戻す。


少し離れた場所で、フィロが視線を上げた。


「……今のは?」


「別に。気持ち悪い本があっただけだ」


フィロはそれ以上追及せず、視線を書架へ戻す。


魔法発展研究棟に残されているものは、

力を求めた人間の足跡だけだった。


静寂が戻った。


禁術の書を閉じたシェリスは、そのまま床に座り込み、背中を壁に預けて天井を仰いでいる。

顔には嫌悪も恐怖もなく、ただ退屈そうな色だけが残っていた。


フィロは一通りの文献を机に戻し、深く息を吐く。

読み終えた、というより――整理し終えた、という表情だった。


その時、扉の向こうから足音が近づく。


オリヴェットとリラが戻ってきた。

オリヴェットは周囲を一瞥するだけで何も言わず、元の位置に立つ。

リラは一歩中に入ったところで、空気の違いに気づいたように口を閉じた。


「……終わった、みたいですね」


控えめに、そう言う。


フィロはうなずいた。


「ああ。禁じられた理由が、はっきりと分かった」


シェリスが鼻で笑う。


「そりゃそうだろ。

 あんなもん、使ったら自分がどうなるか分かんねえ」


「それでも完成していた」


フィロは淡々と続ける。


「理論も、構造も、発現方法もな。

 だが――“続けられなかった”」


リラはその言葉に引っかかる。


「続けられなかった……?」


「人間の魔力は循環している。

 発現もできる。

 だが、制御ができない」


フィロは胸元に手を当てる。


「感情、個体差、出力の揺らぎ。

 どれも魔法の行使に直結する。

 魔族のように一定ではない」


リラは思わず、自分の手を見る。


「じゃあ……人間は、魔法を外に出せないわけじゃ……」


「違う」


即座に否定する。


「“出せる”からこそ危険だった。

 意図せず、過剰に、拡散する。

 禁術とは、制御を放棄した結果だ」


リラは言葉を失う。


禁術が“狂気”だったのではない。

狂気を前提にしなければ成立しなかった――それだけの話だった。


「だから人間は選ばなかった」


フィロは続ける。


「魔法を身体から切り離す道を」


リラははっとして、周囲を見る。


フィロの胸元。

シェリスの腕と首。

オリヴェットの弓。

そして自分の盾。


「……触媒」


「そうだ」


フィロは短くうなずく。


「人を人のままに保つための枷だ。

 補助ではない。安全装置だ」


その言葉に、リラは深く納得する。


「禁術が残らなかった理由……

 使えなかったからじゃなくて、

 “使わなかった”からなんですね」


「理性があった、ということだ」


フィロはそう言って、机の上の書類をまとめる。


「だが、魔法の限界を知った人間が、

 次に何を見たかは明白だ」


リラが顔を上げる。


「……素材、ですか」


「魔力に耐え、制御し、形を保つもの。

 触媒の器としての素材だ」


シェリスが片目を開ける。


「で?次はどこだ」


フィロは歩き出しかけて、ふと足を止める。


「……異形が、なぜ“あの形”になったのか」


リラが顔を上げる。


「禁術ではない、ということですか?」


「可能性は低い。

 あの歪み方は、魔法そのものよりも――“媒介”の痕跡に近い」


シェリスが眉をひそめる。


「道具のせいってことかよ」


「触媒だ。

 素材が魔力に干渉し、人格や肉体にまで影響を及ぼした可能性がある」


フィロははっきりと言い切る。


「異形を生んだ理由が人為的なものなら、

 その起点は魔法ではなく――素材だろう」


オリヴェットが静かにうなずく。


フィロは進行方向を定めた。


「武器素材研究棟へ向かう。

 異形を“異形たらしめた”原因を、そこで見つける。」

つづく

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