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雲上の遺構

第百七話

雲上の遺構


最初に向かったのは、四つの研究棟のいずれでもない建物だった。

飾り気はなく、装飾も最低限。だが外部と接続するためのカウンターだけが、はっきりと残されている。


フィロは建物全体を一瞥し、静かに口を開いた。


「外部からの受け入れ、あるいは管理を行っていた場所だろうな」


リラが近づき、石造りの台に触れる。


「確かに……関所みたいですね。人の出入りを管理するための」


「ここで、大まかな全容が掴めるはずだ」


フィロはそう言って、扉に手をかけた。

だが、微動だにしない。


「……鍵、ですか?」


リラがそう言い終える前に、フィロは短剣を取り出していた。

何のためらいもなく柄頭を振り下ろす。


乾いた金属音が一度だけ響き、錠前はあっさりと砕け落ちた。


「何かしらの事故で放棄されたのなら、施錠はされん。

 これは……計画的に封鎖されていたようだな」


「フィロさん、封鎖されているとはいえ、勝手に入ってしまっていいんでしょうか」


リラの問いに、フィロは迷いなく答える。


「今回は探索だが、実質的には捜査でもある。

 現状でも、重犯罪と見ていい」


リラは一瞬だけ考え、うなずいた。


「……そうですね。調べましょう」


扉の向こうは、小さな詰所のような空間だった。

書棚、机、散乱した資料。

長い時間、誰の手も入っていないことが一目でわかる。


リラが一冊の書類を手に取り、首を傾げる。


「見たことのない記号で書かれてます……暗号でしょうか?」


「古代文字だ」


即答だった。


「でも……あの子、普通に話してましたよね?」


「口語と文語の違いだ。

 文字は変移したが、言葉そのものは現代と大きく変わらん時代のものだな」


「じゃあ……私は、あまり役に立たなさそうですね」


「その子の様子を見ていろ」


「はい」


リラは少女の手を握り、そっと顔を覗き込む。

相変わらず、表情は動かない。


その奥で、オリヴェットは床や壁、天井に視線を走らせ、

シェリスは興味本位といった様子で本を一冊手に取っていた。


「……あれ? 現代語の書物もあるんですね」


リラが覗き込む。


「……いえ、これ、古代文字です」


「はぁ?」


シェリスが顔を上げる。


「暇だから適当に面白そうなの開いてただけだろ」


「え、シェリスさん……それ、読めるんですか?」


「読めなきゃ何見てんだよ。頭でも打ったか?」


リラは慌ててフィロを見る。


「フィロさん、シェリスさん……古代文字、読めてるみたいで……」


フィロは一瞬目を細め、シェリスの背後へ回った。


「……読めるのか?」


「だぁ! なんなんだよ! 読めたら悪ぃってのか!」


シェリスは本を放り投げる。

フィロはそれを難なく受け止め、ぱらぱらとページをめくった。


「明確な教育を受けていても難解な言語だが……

 教会で教わったのか?」


シェリスは頬を膨らませる。


「知らねーよ。読めるもんは読めんだからいいだろうが」


「構わん。適当に読んでいろ」


本を返され、シェリスは舌打ちしながら再びページを開く。


「……なんなんだよ、ほんと」


フィロは小さく息を吐き、リラに向き直る。


「リラ、好きにさせておけ」


「……はい」


フィロは周囲を見渡し、結論を出す。


「まずは、魔族の魔力という点が気になる。

 魔法発展研究棟へ向かう」


「行き先は、そこですか」


「まだ異形の原因は断定できん。

 だが調べていくしかあるまい」


フィロは踵を返す。


「シェリス、オリヴェット。行くぞ」


管理棟を後にし、一行は次の研究棟へと向かった。


外に出て、改めて周囲を見渡す。

中央の区画から、十字を描くように伸びる通路。

それぞれの先に、同じ意匠の転送陣が刻まれている。


「……合理的だな」


フィロが小さく呟く。


「研究区画を等距離で配置している。

 事故や暴走が起きた場合、影響を切り離すための構造だな」


リラが周囲を見回しながら、慎重に口を開く。


「全部、転送前提の設計なんですね……。

 歩いて行くこと自体、あまり想定されていないような……」


「そうだろうな」


フィロは顎に手を当てる。


「この都市は“滞在”ではなく“研究”のために浮かされた。

 人が暮らすことより、魔力と結果を運ぶことが優先されている」


シェリスが退屈そうに腕を組む。


「へえ。

 要するに、ロクなことしてねえ連中の巣ってわけだ」


フィロは否定も肯定もせず、案内図へ視線を落とした。


「まずは魔法発展研究棟だ。

 魔族の魔力に反応した理由を探るなら、そこが一番近い」


そう言って、転送陣の前に進み出る。


フィロは片膝をつき、陣に手を当てた。


「……短距離転送。

 構造も単純だが、保存状態がいい」


リラが不安そうに尋ねる。


「でも、古代の転送魔法ですよね?

 いきなり使って大丈夫なんでしょうか……」


「だから確認する」


フィロは立ち上がり、陣の向こうを見据える。


「出口側が崩れていれば、転送は死に直結する。

 私が先に見る」


「ちょっ――」


リラが止めるより早く、フィロは踏み切った。


空を越える。


雲海の上を、まるで低い柵を跳び越えるかのように。

一瞬で距離を詰め、対岸の地面へ着地する。


着地。


わずかな衝撃を吸収し、即座に周囲を確認する。

気配なし。

異常なし。


フィロは再び地面に手を当て、出口側の陣を確認する。


「……問題ないな」


そう呟くと、今度は躊躇なく陣を起動し、元の場所へ戻る。


四人を見回し、簡潔に告げた。


「施設内転送は安定している。

 罠や誤作動の兆候もない」


リラがほっと息を吐く。


「よ、よかった……」


シェリスは肩をすくめる。


「最初からそう言ってくれりゃいいのによ」


フィロは一瞥だけくれて言う。


「確認する前に断言はしない。

 それだけだ」


オリヴェットが静かに一度、うなづく。


フィロはそれを確認してから、転送陣へ視線を戻した。


「行くぞ。

 ここから先は、記録より現物を信じる」


四人は揃って転送陣に踏み込み、

光に包まれて姿を消した。

つづく

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