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抜けた先は

第百六話

抜けた先は


転送の光が収まったあと、最初に目に入ったのは、

魔法陣を取り囲むように立つ、朽ちかけた石柱だった。


どれも半ば崩れ、役目を終えたまま残されている。

装飾はあるが、意味を失って久しい。

守っていたのか、示していたのか、今となってはわからない。


その外側に――地平線はない。

水平線も、境界も存在しなかった。


足元の大地は、異様なほど正確な四角形で切り取られている。

自然が生み出す歪みを一切許さない、設計された平面。

だがその先は、唐突に終わっている。


下方には、雲が広がっていた。

ただの雲ではない。

海のように、静かに、重く、どこまでも広がる白。


風はない。

音もない。

空気が動いた形跡すら感じられない。


見上げれば、空がある。

だが、そこには何一つ浮かんでいない。

太陽も、雲も、飛ぶものもなく、

ただ「空という空間」だけが、無言で広がっている。


わずかな島。

切り取られた大地と、点在する古い建築物。

それだけが、この場所のすべてだった。


建築物は、明らかに時間を経ている。

崩れ、風化し、放置された痕跡がある。

それでも、根本の構造は崩れていない。


先ほどまでの洞窟、

異形が転送されてきたあの場所と、

この静寂が同じ系統の魔法で繋がっていたとは思えない。


だが――確かに繋がっていた。

異形は、ここから送り出された。


静けさの中に、違和感だけが残っている。

この場所は、眠っているのではない。

終わってもいない。


ただ、

止められたままなのだ。


オリヴェットは何も言わず、ただ周囲を見渡していた。

足元の四角い大地、朽ちた石柱、その向こうに広がる空。

視線は低く、動きは最小限。

ここが危険かどうかを判断する以前に、把握している。


沈黙を破ったのはリラだった。


「え、え……ここは……?」


言葉を探すように、視線が泳ぐ。


「山も、海も……何も……」


その間、フィロは顎に手を当て、わずかに眉を寄せていた。

何かを“見ている”というより、思い出している顔だ。


シェリスはその様子を見て、慌てるでもなく、

両手を頭の後ろに回してぼんやりと眺めている。


「えっと……フィロさん?」


呼ばれて、フィロは小さく息を吐いた。

ひとつ、腑に落ちたというようにうなずく。


「おそらくだが――ここは、空の上だ」


「え?」


リラが思わず聞き返す。


フィロは彼女を見て、もう一度うなずいた。


「軍備史や魔法史の資料で見た覚えがある。

 過去、研究のために天空のはるか彼方に建造された施設があった、と」


一度目を伏せ、記憶をなぞるように続ける。


「建築物の朽ち方、地面の人工的な規則性、そして景色。

 地平線も水平線もない。雲が下にある以上……雲の上だろう」


言葉を選びながら、最後に付け加える。


「もっとも、今の時代では資源的に非現実的だ。

 あくまで“おそらく”という域を出ないがな」


リラは話を聞きながら、はっとしたように顔を上げる。


「それって……もしかして、

 童話に出てくる“天に昇った人間が知識を与えた”っていう……?」


「その解釈でいいだろう」


フィロは淡々と答えた。


「実際の軍事資料には、

 研究施設を建造したという記録があったはずだ。

 ただし一般には、童話としてぼかされて伝えられている」


「へーへー」


シェリスが気の抜けた声を出す。


「さっきから“だろう”とか“もしかして”とかばっかだな」


「仕方あるまい」


フィロは肩をすくめる。


「遥か昔の出来事だ。

 記録は残っていても、今も存在しているとは考えもしなかった」


「ふーん。賢いこって」


シェリスは興味なさそうに言い、

朽ちた石柱の欠片を足で軽く蹴った。


「どっちでもいいけどよ。

 例の連中、もう全部片づけちまったんじゃねえの?」


石が転がる。

次の瞬間――鈍い音が響いた。


何かが倒れ込む音。


フィロは即座に剣を抜いた。

反射に近い動きだった。


視線の先。

石柱の陰に、年端もいかない少女が伏せていた。


シェリスは舌打ちしながら、ずかずかと近寄る。


「ったく。そんなとこに突っ立ってるほうが悪いんだろ」


少女が、ゆっくりと顔を上げる。

ぎこちない動きで立ち上がった。


フィロは、その様子を一瞬見極め――

静かに剣を納める。


この少女は、

逃げない。

怯えていない。

そして、助けを求めてもいない。


ただ、そこに“在る”だけだった。


血の気も、感情も薄い。

少女はただ、そこに立ち尽くしていた。


人の形をしている。

だが、どこかが決定的に違う。


リラがその空気を察し、声をかけようと一歩前に出た瞬間――

シェリスが躊躇なく少女の胸倉をつかんだ。


「おい」


低い声。


「てめぇ、人間のくせに……なんで魔族の魔力帯びてやがる」


強く引き寄せる。


「あぁ?」


「え……?」


リラが思わず声を漏らす。


「魔族……?」


少女は、ピクリとも表情を動かさない。


「……わからない」


それだけ。


「は?」


シェリスの目が細くなる。


「あんまスカしてっと、落とすぞ」


睨みつける。

だが少女は、恐怖も怒りも示さない。


視線すら、揺れない。


しばしの沈黙の後、

シェリスは心底うんざりしたように手を放した。


「けっ……だんまりかよ。胸糞わりぃ」


その言葉に呼応するように、少女が再び口を開く。


「……わからない」


同じ言葉。

同じ声音。


シェリスは大きく、わざとらしい溜息を吐き、

足元の石を蹴り飛ばした。


フィロが反射的にそれを受け止める。


「リラ。診てみろ」


短く、的確な指示。


リラは一瞬だけ戸惑い、

それでもフィロを見て小さくうなずき、しゃがみ込んだ。


「あの……転んだみたいだから……

 一応、体を診せてもらってもいい?」


柔らかい声。


「私、回復の魔法が使えるからね」


少女は何も言わず、

ただ、リラの方へ体を向けた。


「あ……あの……」


リラの手が、わずかに止まる。


「だ、大丈夫……なのかな……」


見かねたように、フィロが口を開く。


「リラ。大丈夫だ。診てやれ」


「……はい」


リラはそう答え、

少女の体にそっと触れ、魔法を流す。


撫でるように、確かめるように。


その間、フィロはシェリスに視線を向けた。


「シェリス。今のは事実か?」


「だったら何だってんだ」


投げやりな返事。


「私も……お前と同じ気持ちになるだろうな」


シェリスが、少しだけ口の端を上げる。


「クソマジメでも、ムカつくことあんだな」


「場合による」


フィロの声は低い。


「今回の場合は――最悪だ」


シェリスの表情が、わずかに戻る。


「間違いねえよ。どう考えても、ありゃ魔族の魔力だ」


吐き捨てるように。


「胸糞わりぃったらありゃしねえ」


「……少し、調べる必要がありそうだな」


そう言ったところで、

リラが少女の頭を軽く、ぽんぽんと叩いた。


「もう大丈夫」


優しく。


「驚かせてごめんね」


少女は、やはり何も答えなかった。


フィロが周囲に目を配る。


「リラ。探索を始める。

 いつ異形が襲ってくるかわからん。気を引き締めておけ」


「はい」


オリヴェットも、無言でフィロに続く。

シェリスも、その後ろを歩き出した。


リラは進みかけて、ふと振り返る。

そして、少女の手を取る。


「……一緒に行こう」


少女は反応しない。

だが、抵抗もしなかった。


そのまま、

リラに手を引かれるまま、歩き出す。

つづく

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