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モルファイト洞窟

第百四話

モルファイト洞窟


オリヴェットが戻ったのは、日が高くなりきる前だった。

土と泥と、森の匂いをそのまま纏った姿で、宿の裏口から静かに現れる。


フィロは一目見て、短くうなずいた。


オリヴェットは一枚の紙を渡す。

簡素な線で描かれた、山と洞窟の位置。


フィロはそれを一目見て、短く息を吐いた。


オリヴェットは一度、ゆっくりとうなずく。


「足跡は数。規則性あり。

 獣ではない。人とも違う」


シェリスが眉をひそめる。


「は?

 今の全部、そいつ一言も喋ってねえぞ?」


フィロは地図から目を離さず続ける。


「風下で伏せていた。

 獣が逃げる前に、羽虫が先に動いた。

 通過した連中は、こちらに一切気づいていない」


オリヴェットは、その言葉に合わせるようにもう一度うなずく。


「……つまりだ」


フィロが地図を畳む。


「気配を消す技術を持たない集団だが、

 こちらを探す意思も薄い。」


シェリスが腕を組む。


「待て待て待て。

 なんでそんなことまで分かるんだよ」


フィロは一瞬だけ視線を上げる。


「分かる者がいるからだ」


オリヴェットを見る。


「……風呂だな」


オリヴェットは何も言わず、同意するように首を縦に振る。

そのまま宿の裏手へと消えていった。


残された三人は、すでに卓を囲んでいた。


シェリスは椅子を斜めに使い、足を投げ出したまま苛立たしげに指を鳴らしている。

リラは帳面を開き、街で集めた情報を整理していた。


フィロが口を開く。


「では、こちらの整理を先に済ませよう」


リラは視線を上げる。


「正規軍にも話を聞きました。

 あの洞窟自体は、すでに何度か調査されています」


「結果は?」


「“異常なし”です。

 入口付近は確認済み、内部に拠点や生活の痕跡は見つからなかったと」


シェリスが鼻で笑う。


「ほらな。ハズレじゃねえか」


フィロは否定も肯定もせず、顎に指を当てる。


「洞窟の位置は?」


「山の中腹より上。

 ただし、この土地では不自然ではありません」


リラは指で地図をなぞる。


「元々この地域は、モルファイトの産出地です。

 自然洞窟も、炭鉱跡も、低地にはいくらでもあります」


「……だからこそ、だな」


フィロが続ける。


「採掘するなら、もっと低い位置で十分だ。

 あえて高所を使う理由はない」


「それに」

リラが言葉を足す。


「正規軍も、あの洞窟を“拠点候補”とは見ていません。

 補給路が悪すぎる、と」


シェリスが肩をすくめる。


「じゃあ余計に分かんねえ。

 なんでそんなとこに出入りしてんだよ」


フィロは、しばらく黙ってから言った。


「“使っている”のではなく、

 “通っている”可能性は?」


リラが一瞬、息を止める。


「……転送、ですか」


「可能性の一つだ」


その時、廊下の奥から足音が近づく。


オリヴェットだった。

髪も肌も洗われ、森の匂いはすでに落ちている。

だが、動きは先ほどと変わらず静かだ。


フィロはそれを見て、短くうなずく。


「入口まで、だな」


オリヴェットは肯定するように、もう一度うなずいた。


「内部は?」


首を横に振る。


「……そうか」


フィロは地図を畳む。


「十分だ。

 発生源が“洞窟そのもの”ではない可能性が高くなった」


シェリスが眉をひそめる。


「だから、そいつ一言も喋ってねえぞ?」


フィロは立ち上がり、淡々と言った。


「見に行く」


「は?」


「入口をな。

 “何もない”かどうかは、我々の目で確かめる」


オリヴェットが静かに立ち上がる。

迷いはない。


リラも帳面を閉じた。


「では、準備を」


フィロは頷いた。


「街の仕事はここまでだ」


シェリスが声を荒げる。


「だからそれがなんで――」


フィロは歩き出しながら言った。


「行くぞ」


「おい!」


「現場で確かめる。

 それ以上の説明は不要だ」


オリヴェットが無言で後に続く。


リラは小さく肩をすくめ、シェリスは舌打ちしながら立ち上がった。


洞窟の入口に立った瞬間、空気が変わった。


内側から溢れ出すように、

岩肌という岩肌から金属質の結晶が顔を出している。

赤、青、紫、鈍い銀――

モルファイトが、花が咲くように洞内を覆っていた。


「……派手だな」


シェリスが一歩踏み出しかけた、その瞬間。


フィロは迷いなく、

シェリスの首根っこを掴んだ。


次の瞬間、放り投げる。


「――っ!?」


転がる。

坂になった洞床を、ころころ、ころころと。


落ちていく途中で、洞窟が反応した。


シェリスの膨大な魔力に引きずられるように、

モルファイトが尖り、

溶け、

弾け、

爆ぜる。


――キィィン!

――ガギャッ!

――ギン、ギン、ギン!


金属音が連なり、洞窟全体が鳴った。


まるで爆弾を投げ込んだかのような騒音の中、

最下部で、シェリスが止まる。


むくりと起き上がり、叫んだ。


「なにすんだゴラァ!!」


反響した怒声が、洞内を何度も往復する。


フィロはそれを完全に無視した。


「見ての通りだ」


淡々と、洞内を指し示す。


「モルファイトの自然反応だけで、

 ここまで金属花が密集することは考えにくい」


洞窟の奥では、まだモルファイトが軋み、形を変えている。


「さらに――」


フィロは、洞底のシェリスを指さした。


「ああいう魔力を持つ者が入れば、

 洞窟は過剰反応を起こす」


シェリスが怒りに任せて、

モルファイトの欠片を掴んで投げつける。


フィロはそれを、歩きながら受け止め、弾いた。


「なら、なおさらおかしいと思います」


リラが言う。


「そうだ」


フィロは即答した。


「だから調査する。

 何もなければ、また別を探せばいい」


そう言って、洞窟へ足を踏み入れる。


リラとオリヴェットも、それに続く。


進みながら、フィロはもう一つ、欠片を受け止めた。


「……お前の役目は分かったな」


洞底を見下ろす。


「進め」


「だからって、ブン投げる必要ねえだろうが!!」


フィロは一瞬だけ視線を向ける。


「言えば行ったか?」


シェリスが口を開きかけ、

そのまま黙る。


図星だった。


「行かなければ、同じように使う」


真顔で、淡々と付け足す。


シェリスが歯を食いしばり、

次の瞬間、条件を出した。


「よぉーし!

 あの甘い乳性ドリンクでどうだ!」


「いいだろう」


即決だった。


「結果を出せば、果物入りでもいい」


シェリスは拳を握りしめ、


「言ったな?」


ずんずんと洞内を進み始める。


リラとオリヴェットは視線を交わし、

小さく笑う。


フィロは一つ、ため息をついてから、後に続いた。


洞窟は、まだ鳴っている。

だがその音は、もう偶然のものではなかった。

つづく

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