"西郷"どん
――官軍。
すなわち新政府軍とは、天皇または朝廷を主君とし、幕末において江戸幕府を倒さんとする、薩摩藩・長州藩・土佐藩を中心に結成された軍勢である。
主な指導者は、維新の三傑と呼ばれる人物たち――薩摩藩の西郷隆盛。
同じく薩摩藩の大久保利通。
そして長州藩の桂小五郎、もとい木戸孝允である。
他にも名の知れた人物は多くいるが、やはり代表格であるこの三人のいずれかに的を絞るべきだろう。
(だとしたら、あの人しかいないか…)
かなたはしばらく目を閉じて考えると、やがてゆっくりとまぶたを開けた。
「西郷どんにしましょうか」
「せごどん?」
三人がそろって首をかしげるのを見て、かなたは「はい」と頷く。
「"せごどん"とは、薩摩藩の西郷隆盛の地元での呼び名です」
薩摩は、現代でいう鹿児島県全域と宮崎県南西部にあたる。
訛りも強く、「さいごう」という名前も「せご」と発音されるのだ。
「西郷隆盛……というと、西郷吉之助のことですか?」
「そうです! 西郷さんなら情に厚いと聞きますし…」
合理的に判断する大久保や木戸に比べれば、西郷なら話を聞いてくれる可能性は高い。
とはいえ、相手が必ず応じるとは限らない。それに今は、鳥羽・伏見の戦いを機に戊辰戦争が始まったばかりだ。返答が来るとしても、かなり先になるだろう。
「送ったら、とりあえず返事は長い目で待ちましょう。その間にまた何か言われれば、その都度策を練り直すということで…」
土方にいちゃもんを付けてきた新政府軍も、忙しさのあまりにこぼした愚痴に違いない。ぶっちゃけ、今はそれどころではないだろうし、当面はこちらにまで手が回る余裕はないだろう。
「それで、なんて書く?」
「そうですねぇ」
土方の問いに、かなたは考えるように天を仰ぐ。
「とにかく、新選組に敵意がないことと、これからの立ち位置について話し合いたい、ということが伝わればいいと思います」
「じゃあ、こんなもんか」
そう言って土方はさらさらと筆を走らせると、三人の前に書き上がった書状を置いた。
その内容はこうだった。
西郷吉之助 殿
謹啓
貴軍ますます御勇躍の段、慶賀に存じ候。
我ら新選組は、これまで会津藩御預りの身に候えども、此度これを離れ、京の治安を守るべく相勤め候。
元より我らの志は、ただ京の安寧を守ることにあり、政争に与するものにこれなく候。
然れども、治安維持の儀において御用立て候ことあらば、微力ながら尽力仕る所存に候。
対立を避け、共に京の安寧を保つ道を相図り度く候。
右の旨、御含み置き下され、無益の争いを避け候よう、何卒御高配賜りたく候。
末筆ながら、貴軍御武運長久、京洛安穏の儀、心より祈念仕り候。
敬具
慶応四年一月五日
新選組
局長 近藤勇
副長 土方歳三
総長 山南敬助




