ジェネレーションギャップ
自分の語彙力の無さを痛感する日々です。
かなたが江戸時代へやってきて数日。
現代人のかなたにとっては色々と不便な時代だが、それでもやっていかなければいけない。
彼女がここへ来てからの日課は、隊士達が行っている雑務などの手伝いをすることだった。
まず、朝は早起きをして朝餉の準備。時計がないので起きるのも一苦労だ。いつ皆が起きるか、不安になって何度も目が覚めてしまう。
そして、食事の後は食器の片付けのために井戸から水を持ってくる。これが一番大変。なんせ水は重い。
かなたが井戸から水の入った桶の縄を引こうとすると、重すぎて体を持っていかれる。何度島田に助けられたことか。
食器を洗ったら、その後はまた井戸の水を汲み廊下を拭いていく。
(はぁ...腰が痛いよぉ)
かなたは廊下を拭き進めながら、今後起こりうる歴史の出来事を頭の中で整理していく。ここ数日で、これが通常業務になりつつあった。
(最初はやっぱりあの人..........)
すると、足袋を履いた足が目の前に見えた。いつの間にか誰かの足元を拭いていたようだ。ふと見上げると、そこには土方が立っていた。
「あっ、土方さん。すみません!」
仕方が無いので土方とは別方向へと体を向け、また手を動かす。土方はかなたを見下げると、横に置いてある水の入った桶を手に取った。
「おい。これから出かけるから付いてこい」
そう言い残すと、土方はさっさと外に向けて歩き始めてしまう。
「ちょ、ちょっと、土方さん!どこに行くんですか?」
「会津藩の藩邸へ報告書を提出しに行く。ついでに町の見回りをする。屯所はこれから誰もいなくなるから、お前の監視も兼ねてだ」
事情はわかったが、土方は一向に待ってくれる気配がない。
彼は手に持っていた桶を庭の隅に置くと、再び歩き始めた。どうやら、手伝ってくれていたらしい。
(...不器用な人だ)
つい突っ立ったまま、そんなことを考えていると、土方が振り返りこちらをじろりと睨みつけた。
「おい、何してる。早くしろ」
「あっ、は、はい!」
かなたは慌てて身支度を整え、急ぎ足でその背中を追いかける。
「土方さん!歩くの速くないですか?!これ、軽くジョギングなんですけど!」
ぜぇぜぇ、と息を吐きながら小走りで土方の後を付いていくが、自分は部活か何かでもしているのだろうか。そんな錯覚を起こしてしまう。
「あ? じょぎんぐってなんだ?」
「えっと...!軽く走る...? みたいな...!!」
「しょうがねぇだろ。俺は急いでんだ。黙って付いてこい」
そうして、なんとか会津藩の藩邸にたどり着いたかなたは、土方が中に入っていくのを見送りながら、その場にへたりこむように座り込んだ。
(足痛い......)
土方が急いでいて小走りなせいあったが、この時代の人間はなんといっても歩く距離が長い。まだそこそこの距離だったにしろ、足の裏がヒリヒリする。
休んでいると、用を終えたであろう土方が屋敷から出てきて、かなたを一瞥した。
「次は見回りに行くぞ」
また歩くのか.....。けれど、ここで弱音ばかり吐いていても、土方の信頼は得られない。かなたは黙ってその背中を追うしかなかった。
ーーーー
土方との見回りが終わったのはそれから一刻半後だった。
八木邸に戻ったかなたの足は、疲労で今にも膝から崩れ落ちそうになっていた。
「つ、疲れましたね...」
つい弱音を吐いてしまったがそれほど疲れたのだ。足が。
「何言ってんだ。少し出ただけだろ。....ってお前その足どうした?!」
土方は振り向きざまにかなたの足を見て叫ぶ。それと同時に、かなたも自分の足を見下ろした。
どうやら、足の裏から出血したようで白い足袋が血で真っ赤に染まっていた。
「痛かったんなら言えよ!」
そう言われても、自分も今気がついたのでしょうがない。
「すみません...気づかなくって...」
我慢しすぎて感覚が麻痺していたのだろうか。もしかしたら、町の何人かにはこれを見られたかもしれない。新選組の評判が落ちないといいのだけれど。
「ったくしょうがねぇな。ちょっと待ってろ」
そういうと土方は家の奥へ消えていった。その後すぐに外から複数の声が聞こえてくる。どうやら誰かが帰ってきたようだ。
「おーい帰ったぞ〜。っておい?!かなた、その足どうしたんだ?!」
永倉が開口一番にかなたの足元を見て驚いた声を上げる。その後ろから沖田と藤堂も顔を出し、かなたの足を見て引いている。
すると、沖田が険しい表情で口を開いた。
「もしかして、土方さんに何かされたんですか?」
「いえ!ちょっと歩きすぎて血が出てしまっただけなんです!土方さんは関係ないです!」
必死に弁解するかなたを見て、永倉は目を細める。
「いや、今は土方さんの目が厳しいから、どうせ土方さんと一緒に外に出たんだろ?」
「ま、まあそうなんですけど....」
「だったら土方さんに何かされた様なもんだろ?じゃあ、土方さんが悪ぃじゃねぇかよー!」
藤堂は眉をひそめて、不満げに声を上げた。
「え、えっと、でも私も我慢してたし...。土方さんは痛かったら言えよって言ってましたし...!」
かなたが言い訳を口にしていると、家の奥から足音が近づいてくる。
「おい、とりあえずこれで血を拭け」
振り返れば、土方が手拭いを持って立っていた。
「土方さん? かなたさんに無理をさせすぎてはだめですよ」
「そうだぞ!女の子なんだからもっと優しく扱わねぇと!」
「かなたも、もっと言ってやっていいんだぞ!この鬼副長め!ってよぉー!」
沖田、永倉、藤堂がそれぞれ順番に文句をぶつける。
(鬼副長は文句なのかな...?)
擁護してくれるのはありがたいのだが、土方の機嫌が悪くなると少し困る。
「いや、俺は無理させた訳じゃなくてだな...」
三人に非難される土方は、困ったように頭をかいた。
「じゃあ、なんでこんな事になんだよ!」
藤堂は眉間に皺を寄せながら土方に詰め寄る。
「...全部で三里歩いただけだぞ? こんな事になるとは思わねぇだろ」
土方の話を聞くと沖田、永倉、藤堂の三人は目を丸くさせ、そのまま固まってしまった。
「三...里?」
「...本当にそれだけか?」
沖田と藤堂の言葉に、かなたは気まずそうに、視線を落とす。
「本当です....」
そして、永倉は顎に手を当てると首を傾げた。
「もしかして、未来人ってのは足の皮が弱いのか?」
「なんていうか...そもそも、未来人はそんなに歩かないので....」
「歩かないとはどういうことです?」
意味深な言葉に、沖田が怪訝な顔をする。
「ええっと...。鉄の馬みたいな乗り物に日常的に乗るので、あまり歩かないんです」
「鉄の馬ァ?!どういう仕組みだそりゃ」
永倉は不思議そうな顔しているが、かなたにも説明しがたい。
「えっと...仕組みは難しすぎて分からないんですけど...とにかく!そういう物があるから未来人はこの時代の人と比べてそんなに歩かないんです!だから足がこんなになっちゃって....」
言い訳がましくなってしまっただろうか。現代人でも、そこそこの距離を歩く人はたくさん居る。
よくわからないが「なるほど」と三人は納得してくれたようだ。
「はぁ...どうでもいいが、またこういう事があるかもしれねぇから、歩くことには慣れとけよ」
そう釘を刺すと、土方は再び家の奥へと消えて行った。
「土方さんも意地悪ですねぇ。こんなかわいい娘さんを、血だらけで放っておくなんて」
そういうと沖田は、桶に水を汲んでかなたの前へ運びはじめる。
「かなたさん。我慢しても痛いだけですから、辛かったらいつでも言ってくださいね」
「そうだぞ、ほらこれで手当しな」
「手拭いも、もう一枚いるだろ」
永倉は部屋の奥から持ってきた救急箱をかなたに渡し、藤堂は新しい手拭いをもう一枚持ってきてくれた。
「皆さんありがとうございます...これからは気をつけます」
土方は厳しいが、この三人の優しさにはこれからも救われることになりそうだ。
ーーーー
その日の夜、かなたは足の痛みでなかなか寝付けずにいた。まだ慣れない硬い布団の上で、寝返りを数回打ちながらどれくらいの時が経っただろうか。
眠れないせいか色々と考えてしまう。そういえば父や母、友達は元気だろうか。
この時代に来て、現代に帰るという手段も無く、慣れない生活で試行錯誤している毎日だ。平気そうなフリをしてもやはり寂しいものは寂しいのである。
父と母の顔を思い出し、かなたは少し鼻をすすってしまう。そのとき、隣の部屋から声が飛んできた。
「おい、うるせぇぞ」
どうやら、土方が隣の部屋で書類仕事をしていたようだ。
「あ、ごめんなさい!」
かなたが謝ると、ため息混じりの声が返ってきた。
「お前のことは信用してねぇが、女を泣かす趣味は無ぇ...何があったのか、今なら聞いてやる」
「うぅぅぅ.....」
土方の予想外の優しさに、かなたの涙腺は完全に崩壊する。
「...おい、大丈夫か?」
声質で土方の困っている顔が想像できる。
「...ずびばせん。大丈夫でず...ちょっど、両親のごどをおもいだじで...」
「はぁー」と、また溜息が聞こえる。私はいつになったらこの人に信用されるんだろうか。自分は本当に、迷惑をかけてばかりだ。
「......泣いたってどうにもならねぇぞ。そんなことより、どうやったら俺たちに信用されるかでも考えとけ」
その言葉を最後に、襖が開いて遠ざかっていく足音が聞こえた。土方は部屋を出て行ってしまったようだ。
考えても考えてもかなたの涙は止まらない。土方の言葉が深く心に突き刺さる。今日だけは沢山泣いて明日から頑張ろう。そう思いながら、重い瞼を閉じて眠りについた。
今の土方の精一杯の優しさですね。
かなた、ガンバレ!!




