強くあるためには
文久三年 十二月
凍てつく風が、壬生寺の境内を吹き抜けていた。
かなたは普段お世話になっている、寺の掃除を時たま手伝うようにしている。少しだけでも、新選組の評判を回復したいのだ。
いつものように掃除を終え、本堂脇を通りかかると、土方が腕を組んで立っていた。
「おい、かなた。今、時間あるか」
「はい? まあ、今はありますけど...何でですか?」
「お前は少し、自分の身を自分で守る術を身につけるべきだ」
それは護身術でも学べということだろうか。
「....それは、まあ、そうですね....?」
「というわけで、今日から少しずつ稽古をつけてやる」
「えっ、今からですか?」
思いがけない言葉に、つい間の抜けた声を上げてしまう。それにしても唐突すぎる。
「境内なら広いし足元も悪くねぇだろ。寺の御本尊に見られてると思って、気を引き締めろ」
現代人は無宗教が多いのだけれど。....今はそういう問題じゃない事だけは分かる。
そう言うと土方は竹刀を二本手にし、一本をかなたへと差し出した。こういう時は、木刀じゃないだけありがたいと思うべきなのか。
「まずは構えからだ」
「は、はい」
かなたは少し緊張した面持ちで竹刀を握り、教えられた通りに構える。
「.....肩が落ちてる。もっと腰を据えろ。背中が丸いぞ。猫かお前は」
「うぅ........猫は可愛いですよぉ...」
それにしても突っ込みが早すぎる。
「いいから姿勢を直せ。ほら、打つぞ」
ビシッと土方は容赦なく太刀を浴びせる。
「わっ!? ちょ、ちょっと早いです!!」
土方のわりと本気な一太刀に、かなたは慌てて後ずさった。
「敵は合図なんぞしてくれねぇ。斬られる前に動け」
「は、はい...」
そうして、何度か竹刀を交えるうちに、かなたの頬が少しずつ紅潮してくる。息は白く、手もかじかむが、汗ばむほどに体は熱い。
「.....思ったより筋は悪くねぇな。へっぴり腰も最初よりは見られるようになった」
「ほ、ほんとですか!?」
「ああ。褒めてやる」
ぶっきらぼうな言い方のくせに、土方はどこか得意げな顔をしている。
「あの土方さんが.......???」
「調子にのんなよ」
初めて土方に褒められ戸惑いを隠せないでいると、気づけば彼の目はもういつもの鋭さを取り戻していた。
「は、はい......でも、こうして竹刀を振っていると、なんだか気持ちが良いですね。あの時は、ただお二人を助けなきゃって....思ってましたから」
土方は体をこちらへ向けると、真っ直ぐとかなたを見つめた。
「咄嗟でも、人のことを助けられる奴はそうそう居ねぇよ」
「.......土方さん」
風が一瞬、止んだような気がした。かなたは一息つくと、静かに口を開く。
「あの、土方さん」
「なんだ?」
「前に『俺は新選組のためなら、汚いこともする』って言ってましたよね」
「ああ、そんなことも言ったな」
「私は、土方さんだけが悪者になる必要は無いと思うんです」
土方は一瞬目を細めたが、黙って耳を傾けていた。
「私のことはまだ信じられないかもしれないけど、私も土方さんの力になりたいです。他の隊士の方だって、土方さんに頼りにして欲しいと思ってます」
「.....はん。口だけは一人前だな」
「うっ....」
それを言われると、何も言い返せない。
土方はふっと、わずかに笑みを浮かべたようにも見えたが、すぐに表情を戻した。
「.....信じてないわけじゃねぇ。ただな、信じるってのは、口だけじゃなく行動の積み重ねだ」
「......そう...ですね」
土方は少し視線を落とし、言葉を選ぶようにして続けた。
「たが、今日みたいにまっすぐ言ってくれる奴が一人いるってのは、悪くねぇ。少しは、人の話を聞くのもありだな」
その言葉に、かなたの胸がじんわりと温かさで満たされる。土方が、自分の言葉を確かに受け止めてくれている。
「....ほら、早く構え直せ。次は打ち込み十本だ」
「えっ!そんなに?!」
冷たい空気の中で交わす竹刀の音が、静かな壬生寺の境内に響き渡る。
かなたの歩みは、確かに一歩ずつ強さへと向かっていた。
ここで一旦、シリアス展開は一区切りです。
ここからは少し明るめな展開になる......はず!
とはいえ、歴史は動き続けます。ときどきシリアスな場面も出てくるかもしれません。(芹沢暗殺編ほど重くはないと思います。きっと)
かなたと新選組たちが選ぶ『生き方』によって、少しずつ変わっていく未来。
その先に何が待っているのか、ぜひ見届けてください。




