強くあるためには
文久三年 十二月
かなたは箒を手に、身を震わせながら寺の境内を黙々と掃いていた。
少しでも新選組のイメージを良くできればと始めた寺の掃除の手伝いも、いつの間にかすっかり習慣になっている。
落ち葉を集め終え、本堂脇を通りかかると、腕を組んで立つ土方の姿が目に入った。
「あっ、土方さん」
「かなた、今、時間あるか」
「はい? まあ、ありますけど…何でですか?」
「お前は少し、自分の身を自分で守る術を身につけるべきだ」
それは護身術でも学べ、ということだろうか。
「それは……まあ、そうですね?」
「というわけで、今日から少しずつ稽古をつけてやる」
「えっ、今からですか?」
思いがけない言葉に、かなたはつい間の抜けた声を上げてしまう。
確かにこの間、強くなりたいとは言ったが、どちらかと言えば、それは精神的な話のつもりだった。
「境内なら広いし、足元も悪くねぇだろ」
そう言って土方は竹刀を二本手に取ると、そのうち一本をかなたへ差し出した。
こういう時は、木刀じゃないだけありがたいと思うべきなのかもしれない。
「まずは構えからだ」
「は、はい」
土方に渡されるがまま竹刀を手に取り、かなたは少し緊張した面持ちで、教えられた通りに構えた。
「…肩が落ちてる。もっと腰を据えろ。背中が丸いぞ。猫かお前は」
「うぅ…猫は可愛いですよぉ…」
早すぎる土方の突っ込みに、かなたは不満げに眉を下げつつも、言われた通り背筋を伸ばす。
「いいから、ほら、打つぞ」
そう言うと、土方は容赦なく、かなたの竹刀に太刀を打ちつけた。
「やぁ!? ちょ、ちょっと早いです!!」
土方のわりと本気な一太刀に、かなたは思わず変な叫び声を上げ、後ずさる。
すると土方は、かなたに向けて竹刀を構え、まるで今から斬ってやると言わんばかりの視線を向けた。
「敵は合図なんぞしてくれねぇ。斬られる前に動け」
「は、はい……」
それから何度か竹刀を交え、息も上がり始めた頃、かなたは思わず地面に手をついた。
「つ、つかれた……」
そんなかなたを見ながら、土方は頬を伝う汗を袖で拭う。
「……まあ、思ったより筋は悪くねぇな。へっぴり腰も最初よりは見られるようになった」
「ほ、ほんとですか!?」
「ああ、褒めてやる」
ぶっきらぼうな言い方のくせに、土方はどこか得意げな顔をしている。
「あの土方さんが……?」
「調子にのんなよ」
初めて土方に褒められ戸惑いを隠せないでいると、気づけば彼の目は、既にいつもの鋭さを取り戻していた。
「は、はい……でも、こうして竹刀を振っていると、なんだか気持ちが良いですね」
刀を見ると、どうしても芹沢のことを思い出してしまう時があった。
けれど、竹刀を振るううちに、胸の奥につかえていたものが、少しずつ薄れていく気がする。
そんなかなたの変化を察したのか、土方はこちらへ顔を向け、静かに言った。
「咄嗟でも、人のことを助けられる奴はそうそう居ねぇよ」
きっと褒めてくれているのだろう。
その言葉を、かなたは不謹慎にも少し嬉しく感じてしまう。
短い沈黙のあと、かなたは地面に着いていた手に力を込め、立ち上がった。
「あの、土方さん」
「…なんだ?」
「前に、『俺は新選組のためなら、汚いこともする』って仰ってましたよね?」
「ああ…そんなことも言ったな」
「私は、土方さんだけが悪者になる必要は無いと思うんです」
土方は一瞬目を細めたが、何も言わずに黙って耳を傾けていた。
「私のことはまだ信じられないかもしれないけど、私も土方さんの力になりたいです。他の隊士の方だって、土方さんに頼りにして欲しいと思ってます」
「……はん、口だけは一人前だな」
「うっ…」
それを言われると、何も言い返せない。
土方はふっと、わずかに笑みを浮かべたようにも見えたが、すぐに表情を引き締めた。
「…信じてないわけじゃねぇ。ただな、信じるってのは、口だけじゃなく行動の積み重ねだ」
「…そう……ですね」
土方は少し視線を落とし、言葉を選ぶようにして続ける。
「たが、今日みたいにまっすぐ言ってくれる奴が一人いるってのは、悪くねぇ。少しは、人の話を聞くのもありだな」
その言葉に、土方が自分の言葉を確かに受け止めてくれているのだと分かり、胸の奥が少し温かくなった。
「…ほら、早く構え直せ。次は打ち込み十本だ」
「えっ! そんなに?!」
そう言われて仕方なく竹刀を握ったものの、かなたは翌朝、筋肉痛でしばらく動くことができなかった。
ここで一旦、シリアス展開は一区切りです。
ここからは少し明るめな展開になる......はず!
とはいえ、歴史は動き続けます。ときどきシリアスな場面も出てくるかもしれません。(芹沢暗殺編ほど重くはないと思います。きっと)
かなたと新選組たちが選ぶ『生き方』によって、少しずつ変わっていく未来。
その先に何が待っているのか、ぜひ見届けてください。




