升屋 喜右衛門
元治元年六月
ある日、かなたが近藤と沖田と茶を飲んでいると、土方が顔を出した。
なんとなく土方に茶を勧めると、「もらう」と素っ気なく返ってくる。そうして気づけば、四人で茶菓子を囲むことになっていた。
「沖田さん、今日の分の煎茶です!」
「かなたさん、いつもありがとうございます」
沖田は、かなたの差し出した"煎茶"と呼ばれた、どす黒い飲み物の入った湯呑みを受け取ると、一息に飲み干し、可愛げのある顔をきゅっとすぼめた。
「くぅ〜…相変わらず不味いですねぇ…!」
「な、なんだね? それは…」
渋い顔で首を傾げる近藤に、沖田は元気いっぱいに両手を上げてみせる。
「これは、かなたさんが今年から煎じてくれているお茶なんです。味は少し苦いですが…これを飲むようになってから、体が軽くなったような気がするんですよ!」
それに続いて、かなたが得意げな顔で菓子をつまんだ。
「それは、沖田さん専用の薬湯のようなものです。前に体が怠いとおっしゃっていたので、作ってみたんですよ」
「ほう、それなら俺にも作って貰おうか」
近藤が沖田の飲んだ湯呑みを興味津々に眺める横で、かなたは、ずいっと手を上げた。
「いえ! 近藤さんはとてもお元気そうなのでダメです!」
近藤はその言葉を聞くと、「そうか…」と残念そうに肩を落とす。
そんなにあからさまに落ち込まれても仕方がない。この薬湯は沖田専用なのだ。
しばらく静かな時間が流れたのち、ふと思い出したように、土方が口を開いた。
「ところで、お前が最初に言っていた"功績"とやらはいつ出すんだ?」
一応何度かは成しているつもりなのだが…今、土方が言っているのはそのことではないのだろう。
かなたは口の中にあった茶菓子を飲み込むと、再び得意げな顔でニヤリと笑った。
「それについてなんですけど、そろそろ動き出そうと思いまして…」
近藤は湯呑みを口から離すと、軽く眉を上げる。
「これから何かあるのかね?」
「ええ。『升屋』という炭を売っている、商い屋を知ってますか?」
その店の名に、沖田が「ああ!」と、何かを思い出したように手を叩いた。
「たまに巡察で通るところですね! あそこが、どうかしたんですか?」
「昨年の八月十八日以降、長州の尊攘派の動きが目立ってきてると思うんですが……」
かなたの言葉に、土方が目がわずかに細められる。
「まあ、そうだな…はっきり言って見過ごせねえところまで来てる」
「その升屋という店の主人が、尊攘派の密偵なんです。尊攘派に武器と情報を流しているはずです」
「!?」
かなたが口にした情報に三人は目を見開き、飲んでいた湯呑みをゆっくりと下ろした。
土方は額に嫌な汗を滲ませ、苦笑を漏らす。
「随分はっきりと言いやがるな...」
「間違っていたら、私を処分してくださって構いません。…なので、その升屋の主人を捕らえてほしいです」
今まで小さな歴史改変をしてきたが、大筋が動いていないなら、この情報は正確なはずだろう。
堂々と宣言する中で、かなたの心中では「どうか当たっていてくれ」と、祈るばかりだった。
「トシ、どうする?」
そう近藤が土方へと視線を向ける。
土方は腕を組んで少しばかり考えると、伏せていた顔を上げた。
「…まずは山崎に調べさせる。それまでは待とう。見当違いで手を出したら、こっちの名が下がるだけだからな」
これで歴史が変わっていたら、打首だな。
そう思いながら、かなたは場の空気を確認して、再び目の前の菓子に手を伸ばすのだった。
――――
数日後。
かなたの言ったとおり、升屋の店主は長州の尊攘派と通じており、六月のはじめ、その店主は新選組によって取り押さえられることとなった。
しかし捕縛後も店主は何も口を割らず、痺れを切らした土方は、渋々かなたの元へ足を向けていた。
(…あいつは何をやってんだ?)
かなたの傍までたどり着くと、彼女は屯所の庭で何やら草を観察している。
怪しいことをしていないかと、土方が少しばかり様子を窺っていると、かなたはその視線に気づいたのか、呑気な顔をしてこちらへ歩み寄ってきた。
「あ、土方さーん、あの店主はどうなりました?」
「…それが、何やっても口を割らねぇんだ。お前、あの店主のことどこまで知ってんだ?」
どこまで、と言われても身長や体重、血液型のような細かいことまでは分からない。
かなたは少し思い悩むと、難しい顔で口を開いた。
「まあ、大体は…?」
そう答えるしかない。
「じゃあ来てくれ」
かなたは土方の後について、八木邸の隣にあるもう一つの屯所――前川邸の蔵へと歩き出した。
蔵の中へ入ると、拷問を受けたであろう升屋の店主と、近藤、沖田、山南がそこに並んでいた。
「あ…」
思わず声が漏れる。
想像していたよりも店主の状態が酷い。果たして喋れるのだろうか。
「大丈夫です、そこまで痛めつけてはいませんよ」
かなたの表情を察したのか、山南が穏やかに笑った。
いつもの優しい笑顔でさえ、今は少し怖く感じる。
「えっと…古高さん、ですよね?」
「!?」
かなたが店主を名指しすると、男の肩がびくりと跳ねた。
「名前まで知ってんのかよ……」
「すごい…!」
土方が眉をひそめ、ため息交じりに頭をかく一方で、沖田は素直に感嘆している。
かなたは古高の隣に行くと、皆に紹介するように手を添えた。
「この人の名前は、升屋喜右衛門こと、古高俊太郎さんです」
「おい、古高。おまえのことをよく知ってるやつが来たぞ」
土方が低く圧をかけると、古高は顔を上げて震える声で叫んだ。
「お、お前は誰だ…! 俺はこんな奴、知らねぇぞ!」
それもそうだ。自分も初めて顔を見たのだから。
かなたは「はじめまして」と挨拶すると、悩むように天を仰いだ。
「…尊攘派が入り浸ってる旅籠は、四国屋と池田屋と……あと、どこだったかなぁ?」
まずい。一年近く資料を読んでいないので、細かい部分を忘れているようだ。
「な、なぜ…それを……!」
古高は思わず身震いした。
――怖い。
頭に突然そんなに言葉が浮かび、背筋が凍る。
目の前にいる、色白の童にも見えるこの男は、一体何者なのか。
「本当に何でも知ってるんですねぇ」
「…まさか、長州の奴じゃねえよな」
アハハ!と陽気に笑う沖田とは打って変わって、土方は疑いの目を向け、眉をひそめている。
「違いますー!!」
そう突っかかりながら、かなたは後ろを振り返ると土方の目を真っ直ぐ見つめた。
その真剣な眼差しに、土方は少しバツが悪そうにたじろぐ。
「な、なんだよ…」
「どちらかと言えば池田屋が本命です。間違っていたら、私を斬ってもらってかまいません。なので、池田屋に行きましょう」
(こいつ…どっからそんな自信が湧いてくるんだ?)
土方は苦い顔をしながらも、近藤に促されてかなたの言葉を信じるしかなかった。
そして、新選組は史実どおり池田屋を攻めることになったのだ。




