居場所
「つかれた………」
土方はそう大きく息を吐くと、文机の上に頭を突っ伏した。
新しくできる邏卒隊への引き継ぎや文書の作成、おまけに派遣されてきた者たちへの稽古。
とにかく、やることが多すぎる。
それに加え、町の警備も続けなければならないため、副長の土方でさえ、あちこちへ駆り出されていた。
(あと少しの辛抱……)
そう心の中で呟くと、もう一度息を吐いて顔を上げる。
筆を手に取ったところで、これが終わったら、などと余計なことを考えてしまった。
これが終わったら、自分は何をするのか。
土方は手に取った筆を再び硯の上に置いた。
(実家に帰る? 邏卒に入る? 鈴木みたいにのらりくらりと旅でもするか?)
選択肢はいくらでもあるが、どれを思い浮かべてもしっくり来ず頭を悩ませる。
(というより、かなたはどうするんだ?)
かなたには、この世界で実家と呼べる場所も身寄りもない。
いや、そんな人間は御万といるが、そもそも彼女自身、この時代の暮らしに慣れているわけではない。
かなたがここへ来て約五年。
長いようで短いその期間で屯所での生活には慣れたものの、女ひとりで生きていくというのは少し難しいだろう。
そう思案していたところで、突然襖の向こうから声がかかった。
「副長! 洗濯物お届けに来ましたぁ!」
「野村か、入れ」
声をかけると、野村は勢いよく襖を開け、いつものように空回り気味の元気さを見せつけた。
「隊服、綺麗になりましたよ〜。ほら、褌もこの通り!」
そう言ってぴんっと布を張って見せつけてくる姿に悪気はまるでない。
しかし、それは土方のものではなかった。
「おい、それは近藤さんの褌だぞ」
「えっ」
驚く野村に教えるように布の端を指さす。
そこには可愛らしく髑髏の絵が描かれていた。
「その髑髏もどきは近藤さんのだ」
「あっ、本当だ!」
なんせ隊士が多いので、私物には名前を書くというのが新選組の掟のひとつだ。
「あちゃ〜、じゃあ局長のところには副長のがあるのかぁ。俺、すぐに取り替えてきますね!」
そう言って走り出そうとする野村の腕を、土方は嫌な予感がして咄嗟に掴んだ。
「待て。近藤さんのは誰が届けてるんだ?」
「え? 中村さんですよ」
土方の嫌な予感は的中した。
このままかなたが慌てて自分の褌を片手に走ってくる未来が、鮮明に浮かぶ。
惚れた女が自分の褌を…いや、褌のみを手に駆けて来るなど、あまりにも恥ずかしい。
(そんなことをさせてたまるか!)
土方は野村の手にあった褌を奪うと、すぐに走り出した。
なお、この後はご想像どおり、土方の奇行が屯所内で噂になるのだった。




