段取り
文久三年 九月某日
かなたがいつものように、雑務をこなしていると、急に土方に呼ばれ近藤の部屋を訪れることになった。部屋へ足を踏み入れるとそこには、近藤、土方、沖田、原田、山南が輪になって座っていた。
「あの、どうされたんでしょう?」
なんとなく時期的に察しはついているが、あえて口にしてみる。
すると、近藤が気まずそうに目を伏せながら口を開いた。
「すまないな、急に呼び出してしまって」
「早速で申し訳ないのですが、かなたさんにお願いがありまして...」
と山南が言いかけたところで、土方が続ける。
「明日、酒に合う肴を作ってくれ」
「....」
「かなたさん?」
押し黙るかなたに沖田が首をかしげながら、心配そうに覗き込んだ。
「...芹沢さんに、ですよね?」
かなたのその言葉に、部屋の空気が一変した。その場にいる全員が、目を見開く。
「おい、てめぇどこで立ち聞きしてた」
土方が目を細めじろりとかなたを睨むが、彼女は気にすることなく、真っ直ぐと近藤を見つめて静かに頭を下げた。
「わかりました。私の料理で良ければ、作らせて頂きます」
「ああ、よろしく頼む」
そう答える近藤の声には、どこか寂しさが滲んでいるように聞こえる。
「....ッチ」
納得がいかない様子で舌打ちする土方を、かなたはそっと見やった。彼には悪いが、与えられた仕事を全力でやる。今はそれしか頭にない。土方が新選組のために覚悟を決めたように...
それが、今のかなたに出来る精一杯の覚悟だった。
ーーーー
翌日、かなたは朝から勝手場を借りて料理の仕込みを始めていた。勝手場には、包丁の音と外から聞こえる雨音が静かに響く。
その日は朝から、強い雨に見舞われていた。
仕込みをしていると、奥の部屋から隊士たちの陽気な声が聞こえてくる。
「今日の宴、楽しみだなぁ」
「そうだな。これで、今日一日は頑張れるぜ!」
今夜は新選組隊士全員での宴会が島原で開かれる。一隊士にとって、それは数少ない息抜きであり、貴重な日のようだ。
「ふぅ...仕込みは一通り終わりかな。あとは夕方に少しと、芹沢さん達が帰ってくる前に温め直すだけ....」
一息ついたかなたは、そのままいつもの仕事に取りかかった。
やがて夕方になり、ほとんどの隊士たちが島原へと出かけていく中、かなたはひとり勝手場で料理の仕上げをする。
しばらくすると、留守番を任されていた原田が廊下の奥から姿を見せた。
「よぉ、かなた。料理はできたか?」
「はい!あとは芹沢さん達が帰ってきたら、温め直すだけです!」
「すまねぇな、こんな事に巻き込んじまって」
原田は困ったように眉をひそめるが、彼が申し訳なさそうにする必要は無い。これは、仕方の無いことなのだ。
「....いえ。あの、私は料理をお出ししたら、その後はどうすればいいでしょうか?」
「そうだな...そのまま芹沢さんが寝るまで見張っといてくれ。土方さん達が来たら、巻き込まれないようにできるだけ安全な場所へ逃げろ」
「...わかりました」
かなたはふと、格子の外に目を向ける。雨はまだ、止む気配は無い。




