夢
その日の夜、かなたは部屋を出ていく間際の近藤の様子が気になり、自然と足を動かしていた。
彼に限ってそんなことはないだろう。だが、もしかしたら――
そんな考えが頭の中をぐるぐると巡る。
近藤の部屋の近くまで来ると、庭に人影が見えた。
かなたはそっと近づき、その背に声をかける。
「近藤さん」
「………中村くんか」
近藤は穏やかに目を細めると、手でかなたを招いた。
二人は縁側に腰を下ろし、並んで月を見上げる。
「すみません、少し心配になって…」
「気にかけてくれてありがとう。ほら、これを食べなさい」
そう言って近藤が差し出したのは、綺麗な花柄の落雁だった。
「私、近藤さんのこういう所、本当に好きです」
「え?!」
思わぬ言葉に近藤が目を丸くすると、かなたは慌てて手を振った。
「あ、いや! 愛の告白とかではなくて! その…親子ほど年は離れていませんが、なんだかお父さんみたいで……」
「ははは、そういうことか」
「は、はい…いつも優しくしてくれますし、私がここへ来た時も、ちゃんと話を聞いて受け入れてくれましたし…」
「あの時は本当に驚いたなあ。空から人が降ってくるなんて、あれっきりだ」
「わ、私も飛んだ? のは初めてですね」
そんな超常的な話に、二人は思わず顔を見合わせてくすくすと笑う。
落雁をひと口かじると、優しい甘みが口いっぱいに広がった。
少し肌寒い風が二人の間を通り抜ける。
すると近藤は、自責の念を滲ませるように呟いた。
「昼に話し合いをした時、俺は自分のことが惨めに感じてしまったんだ」
「惨め…ですか?」
「ああ。トシや山南くんは俺を信じて判断を任せてくれたのに、俺はそれまでどこか他人事のように考えてしまっていてな」
近藤は、そんな自分が恥ずかしいと言うかのように笑って頭をかいた。
「そんな惨めな自分を直視した時に、俺は一体ここで何をしているんだと思ったんだ。そこで、自分が何をしたいのかを考えた」
「何をしたいか、ですか…」
彼は頷くと、“あの頃”の情景を思い浮かべた。
「初めは皆に持ち上げられて、自分はまだまだ上へ行ける存在なんじゃないかと自負していたんだ。けれど京に来て、町民たちの苦労を知った。自分たちの存在が彼らにとってどれほど力になれるのか。そればかりを考えるようになった」
そう言うと、近藤はかなたへ顔を向け、優しく微笑んだ。
「そんな時、君が現れた。町民を守ることだけを考えていた私たちに新しい道を与えてくれ、命の大切さを教えてくれた。そして気づけば、この大きな組織の長になっていた。……今の私があるのは、君や皆のお陰だ」
近藤は一息置くと、再び夜空を見上げた。
「けど、俺は百姓生まれだからな。上に行くのが夢だったのに、上に立った時、自分が何をしたいかなんて全く考えていなかったんだ。だから今まで、成り行きで生きていたような気がする。………上に立つことだけが終わりじゃない。夢が叶ったら、また夢を追わねばならんのだ」
月明かりに照らされた近藤の目は、少年のように輝いている。
かなたはその目を見ると、思わず聞いてみたくなった。
「それで、近藤さんは新しい夢を見つけたんですか?」
「ああ。俺を支えてくれた皆には、それぞれの道がある。その背中を押してやれる存在に、今度は私がなりたい」
その言葉を聞き、かなたの頬に涙が伝った。
自分が心配せずとも、近藤はすでに決意を固めていたのだ。
かなたは濡れた頬を拭うと、にっこりと笑った。
「では、私はそのお手伝いをしたいです。土方さんたちも、きっと同じ気持ちだと思います」
「ああ、ありがとう」
そう言って近藤は懐から手拭いを取り出し、かなたへと渡す。
「…あ、すみません。ありがとうございます」
「君を泣かせたとトシに知られたら、叱られそうだな」
「……?」
その言葉に、かなたは不思議そうに首を傾げた。
そんな様子がおかしくて、近藤は声を立てて笑う。
「うちの娘さんは鈍感だなあ」
「えっ、どういうことですか?!」
慌てるかなたの姿を眺めながら、近藤はしばらく楽しそうに笑っていた。




