紅茶と猫と私と
「ここか」
「ここですね」
「広い建物ですねぇ」
そう言って、土方・山南・かなたの三人は建物を見上げる。
三人が訪れたのは、京の町の中心地から少し外れた大きな屋敷だった。言うまでもないが、ここが西郷に指定された場所だ。
入口で声をかけると、初老の男が出てくる。
もしかして、相馬に手紙を渡した人物だろうか。
かなたがそんなことを考えていると、男は土方が差し出した西郷からの手紙を見るなり、屋敷の奥へと案内してくれた。
外観は和風の屋敷だったが、中はそれに似合わず、西洋の物ばかりが置かれている。
三人が通された広い部屋には、畳の上に絨毯が敷かれ、その上にはテーブルと椅子が置かれていた。
(おぉ…)
なんともまあ久しぶりな光景に、かなたは思わず見入ってしまう。
「しばし、お待ちくださいませ」
そう言い残すと、男は部屋を後にし、入れ替わるように女中らしき女が現れて、西洋茶碗に入った紅いお茶のような飲み物を三人の前に差し出した。
女は頭を下げると、男と同様に部屋を去っていく。
「慣れねぇな…」
土方はそう呟くと、椅子を引いて腰を下ろした。
かなたと山南も同様に座ると、カチコチと音を刻む時計の響きを聞きながら、しばらく静かに時を過ごしていた。
それから、どれくらいの時が経っただろうか。
出されたお茶はすでに冷めきり、茶殻がカップの中に模様を描いている。
かなたは久しぶりの紅茶の味を噛み締めながら、最後の一口を飲み干した。
土方と山南は味に慣れないのか、カップの中にはまだ紅茶が残っている。
かなたは一息つくと立ち上がり、部屋の中の装飾をひとつひとつ、じっくりと眺めはじめた。
椅子の後ろにある棚には、陶器で作られたかわいらしい猫の置物がいくつも並べられている。
こうしたものを見ていると、まるで現代にでも戻ってきたかのような、不思議な気持ちにさせられる。
(犬は…無いのかな?)
そんなことを思っていると、低い声が場に広がった。
「遅せぇな…」
その声の主、土方はせっかちなので我慢ができずに足を揺すりはじめてしまう。
一方の山南は落ち着きすぎていて、今にも懐から本を取り出して読み始めそうな、そんな雰囲気があった。
そんな正反対な二人を見ていると、廊下の方からどしどしと大きな足音が響いてくる。
ガラッと襖が開き、そちらに目を向けると、大柄な男が二人立っていた。
(西郷隆盛が二人?)
かなたが戸惑い気味に眉をひそめていると、土方たちはすっと立ち上がり、男たちを見据える。
男たちはそのまま三人の向かいへと歩み寄り、椅子を引いた。
「どうぞ、腰を掛けてくいやんせ」
そう言われ、かなたたち三人は再び椅子に腰を下ろした。
「遅なって、すまん。おはんらが新選組か? おいは、薩摩藩の西郷吉之助じゃ」
「おいは西郷様に仕えちょる、桐野利秋でごわす」
西郷隆盛双子説を推したかったが、どうやらもう一人の男は西郷の側近のようだ。
かなたはちらりと土方を見やると、彼は気づかれないように小さく息をついた。
「新選組 副長の土方歳三だ。局長自ら来られず申し訳ない。今日は自分が話を進めさせてもらう」
「総長の山南敬助と申します。以後、お見知り置きを…」
「新選組 補佐役の中村かなたです。本日は記録と、こちらの助言をさせていただきます。よろしくお願いいたします」
すると西郷は「ほぉ…」と呟きながら、自身の顎をさする。
「こげな子どもが記録係ちゅうとは、新選組にはよか人間がおっどなぁ」
「日々勉強させていただいております!」
かなたがにこにこと謙遜していると、土方が本題を切り出すように姿勢を正した。
「ところで、本日は突然の申し出に応じていただき、なんとお礼を申し上げてよいのやら…」
「よかよか」
その柔らかな返答を聞いた瞬間、かなたの頭には、ずっと気になっていたことが浮かび上がる。
好機だという考えよりも先に、かなたは身を乗り出し、目をきらきらと輝かせた。
「あ、あの! 西郷さんって犬がお好きなんですか?!」
隣にいた土方と山南は、案の定「何を言っているんだコイツは」という顔をしていた。




