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もう一つの伝説

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 連合は来たるべき帝国との決戦の為に新たな手を打った。

 帰還者を無力化して後顧の憂いをなくし,全力を前線に集中しようと画策したのだ。確かにその趣旨自体は間違っていない。

 しかし,やはりと言うべきか。結果だけを考えてその実現の可能性を全く考えないのが今の連合で,今回もやはりその細部は現場へ丸投げとなっていた。しかも土台からして無理な降伏勧告を,四王家の中核,アリシアに至っては女王ユーリエ自らが赴くことによって威圧し成功させるという,無茶と無謀を上乗せしたと評するのが適当な作戦が丸投げされているのである。

 ”風”は当然のごとくこの割に合わない作戦を放棄しようとし,本来はそれを何としても引き留めるべき立場のクーラまでもがそれを勧めるという,ある意味至極当然な異常事態が発生した。しかしこれも至極当然と言うべきか,エリィがろくに根拠もない個人的な思いで強引にそれを押し切ったのだ。

 そして今日。帰還者の本拠エ=ツォーナで行われる連合と帰還者との会談を,我々は例によって見守ることにしたのだ。

「大丈夫かねぇ,エリィ…」

 リリーが不安そうにつぶやく。

 最近こそ大幅な増派で押し返した帰還者であるが,かつてクラルフが壊滅的敗北を喫し戦死したのも事実である。彼らが竜騎兵団の末裔として受け継いだ龍戦士の力がどの程度か次第ではあるが,黒軍と同等の集団に囲まれればかなり厳しい。

「楽観はできなそうです。この部屋の装飾も並んでいる方々の服装も,当時の様式そのままですから。それが単なる示威に過ぎないのならともかく,頑なに伝統を守っていたとすればかなりの力を持っているはずです」

「今も一方の完成形として評価の高い…ハイアム様式,だっけ?オヤッさんが見たら喜ぶだろうね…」

 軽口を叩くリリーだが,その表情はひきつっている。

「…」

 高望みかも知れないが,エリィを止められなかったのではなく止めなかったと信じたい。そこには当然,安全を確保できるだけの策なり準備があると信じたい。そんな思いで水晶球に映るクーラを見る。

 その時。

「総統ミリア様,御出座!」

 先に入ってきた兵がそう言うと,一糸乱れぬ所作で居並ぶ近侍たちが敬礼する。

「さて,どんな女傑が出てくるか…」

 リリーが言い終えるより早く,入ってくる一人の女性。

「!?」

 水晶球越しにすらはっきりと伝わる圧。しかし驚くべきはそれだけではなかった。

(馬鹿な…この感覚は!?)

 この感覚には覚えがある。かつてマイシャで対峙した,”紅き流星”のそれだ。

 もちろん別人だ。それは一目瞭然なのだ。だが,受ける感覚はほとんど同一と言ってすら差し支えない。

(…ま,さ,か…)

 ふと,ある可能性に気付く。

 確かあの時。ルマールとともに超長距離狙撃を敢行し伝説の龍戦士の反応を狙い撃ったあの時,その反応は弾けて消え去った。いや,消え去る直前に弾けたように見えた。

 砕け散ったようにも見えたから,あるいは龍戦士を倒せたのかもしれないとあの時は思ったが。それがただ分散しただけだったというのなら…。

「ふぇぇ…美人さんだねぇ…」

 ほぅ,と溜息をもらすリリー。

(…)

 だがこちらはそんな些末的な事などほとんど意識の外に追い払われていた。

 ごくり,と唾を飲み込む。心の奥底にくすぶっていたいくつかの疑問を,一挙に解決する最後の鍵が与えられたかのような感覚。

 慎重に確かめねばならないだろう。もう一度,今度は意識して唾を飲み込む。

「ちょっとぉボスぅ?」

 至近距離で聞こえたリリーの声に驚き,そちらを振り向く。

「!?」

 今度は視界いっぱいに広がるリリーの顔。慌てて後ろへ下がる。

「…リリー」

「リリー,じゃないでしょ?ほんとにボスってば不謹慎というか浮気っぽいというか…」

「…それは濡れ衣だ」

 やっと状況が理解できて苦笑する。

「言い訳するの?往生際が…」

「…気を取られていたのは間違いないが,それに,ではない」

「え?」

「…この女…どうやら龍戦士らしい」

 再び視線を水晶球へと移す。

「ええ!?それって…水晶球越しにって事は…つまり…」

「…そうだ。この女の持つ力は…少なく見積もって”紅き流星”並みらしい」

「!」

 息を飲むユーリエ。

「ちょ,ちょっと待ってよ…それじゃぁ…世界最強クラス,ボスの宿敵になるかもしれないって事!?」

「…その可能性も高い。…バナドルスは大変な相手を敵にしていたようだ」

 これではクラルフが敗れてしまったのも無理はない。後手に回ってしまった事が返す返す悔やまれる。

「…」

 言うべき言葉が見つからず,二人はしばらく水晶球の中で繰り広げられるやりとりを見守る。

 ミリア=ネルヴァと名乗ったその首魁は,ルトリアの代表を軽くあしらうとエリィと話をはじめた。だが国土を帝国われわれに制圧され亡命をしている触れ込みの女王ユーリエの肩書では,交渉を有利に運ぶのは難しい。

 それでも,いや,そのゆえと言うべきか。エリィは心を込めて言葉を紡ぐ。それに多少なりとも心を動かされているらしいミリアは,決して根は悪くないのだろう。いや,あるいは帰還者の内情が苦しいために全ての可能性を大事にしようとしているのかも知れない。

「ですが!今は信じてもらうしかないのです!」

 どんどん個人的な感情が入り込むエリィ。

(…)

 一抹の不安を感じる。予め渡したという書簡には,今のアリシアの状況にも関わらずミリアをして魅力的と言わしめる条件が書かれていたようだ。だがこの調子では踏み込みすぎて何かしくじってしまうのではないか。

 そしてその心配は,膨らむ暇さえ全く必要とせず一気に現実のものとなった。

「私が!お約束します!」

 エリィのその言葉をきっかけにミリアの調子が変わる。どちらかといえば好意的とみえた彼女の苦笑が,明らかに呆れと嘲りの色に変わる。

「貴君は,どうやら肝心な事が分かっていないようだな」

 溜息交じりのミリアの言葉に同調するように,居並ぶ近侍たちからも嘲笑が起こる。

 うろたえるエリィ。それはミリアは冷たく言い放った。

「知らぬのならば教えてやろう。古ハイアムを卑劣な罠に嵌め,今に至るまで我らが迫害を受けるきっかけをつくったアリシア。その女王の名こそ,他ならぬそのユーリエなのだ」

「え,ちょ…」

 目を丸くするリリー。

「そ,そうなの?ユーリエ様?」

「ええ…」

 気まずそうに言うユーリエ。だがそれは無理からぬ事だ。

 帰還者にとってはその名は忌むべきものだ。その名を怨恨とともに語り継いで来たのも決して意外な事では無い。だがその名を,数千年もの間恨まれ続けて来た名を自分が背負っている事の辛さは並々ならぬものがあるだろう。たとえ別人であったにせよ,王女の名づけに一定の法則性と縁起とが存在するアリシアにおいては,全くの無関係と割り切ることは不可能だ。

 おそらくハイアムの縁起をリリーに語った時にも,そこには触れる事ができなかったのだろう。

「…ハイアム側の関係者にはそう認識されている,という事だ…」

「あ,そういう事…それでさっきも様子がおかしかったんだね」

 エリィがユーリエを名乗った瞬間,不自然に場がざわめいたのを思い出すリリー。

「ありがとうございます,将軍…」

「…」

 黙ってユーリエに頷いて見せる。

「アリシアの名誉だと?貴君が約束するだと?よくも恥ずかしげもなく言えたものだ。どうせほとぼりが冷めれば,都合の悪いことなどすべて忘れてしまうのだろう?」

 水晶球の中ではなおもミリアの非難が続く。

「そ…んな…」

 絶句するエリィ。

「ごめんなさい,エリィ…本当なら私が背負わなければならないごうのはずなのに…」

 目に涙を浮かべてつぶやくユーリエ。

「え?で,でも…それって言いがかりに近いじゃない。単に名前が同じってだけで…」

「…そうではないのだ,リリー」

「えっ?」

「!」

 きょとんとするリリーのそばで,その身を強張らせるユーリエ。先ほどもそうだが,彼女はやはり,あまりそこには深く触れて欲しくないのだろう。

「…アリシアは,償いをしたいと思い続けてきたのだ。ユーリエの名は決して偶然ではなく,その思いを込めてつけられたものなのだ」

「そ,そうなんだ…」

「…」

 ほっとしたような様子のユーリエ。

「…だが惜しむらくは,エリィがそれを知らぬままあの場に臨んでしまった事だ。それを望むのが無理押しなのは言うまでもないが,もし事情を多少なりとも知っていれば流れは随分違ったものになっただろう」

「…そうですね」

 悲しげな笑みを浮かべるユーリエ。

「何…!?ガイナ…クーラ…だと!?」

 その時,水晶球から明らかに動揺した声が響く。

「…?」

 例の大尉の名だ。ミリアと名乗る帰還者の首魁は,明らかにそれに過剰な反応を見せている。

 かと思うと,彼女は前言を翻し,一度は鼻で笑った連合側の提案を受け入れても良いと言い出した。

「ど,どういう事…?」

 首をかしげるリリー。

「ちょっと耳慣れない名前だとは思いますが…何か曰くでもあるのでしょうか…」

 訳が分からない,といった様子のユーリエ。

「なに,簡単な事だ。貴君が我々の同志となってくれれば良い」

「!?」

 しかし次に発せられた彼女の言葉に耳を疑う。

「ちょ…っ,何その展開!?」

「…」

 既に何度かその言葉を吐いている自分が言うのも何だが,傍で見るとあらためてその異様さが際立つ。毎度毎度災難だな,とエリィ達に同情しかけて,しかし気持ちを引き締める。

 肝心なのはそこではない。むしろ,この女がクーラに何か特別な価値を認めているという事の方を見過ごしてはならないのだ。

 そしてそこへ飛び込んで来た彼女の次の言葉は,確かに一撃必殺とも言うべき破壊力を持っていた。

「貴君は掛け値なしに伝説の龍戦士だ。…そうだろう?”紅き流星”シャルル=ナズル」

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