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女王の覚醒

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 龍戦士の使命を視る方法を知ってからしばらく,私はそれをすべきか否かを考え続けていた。

 だが結論はいつも一緒だった。ユーリエの巫女としての素質はだいたい察しの通りであろうし,今更それを確認するわけにも行くまい。

 先日のあれで彼女が何も視なかったという事実と父祖の言葉から見て,使命を知ろうとすればより深い接触を試みなければならない。となればいろいろと,取り返しのつかない局面にも覚悟を決めねばならない。

 彼女が純粋に自身の運命を選択するというだけの話ならばともかく。こちらのツケまで払わせるような事になるのは避けねばならない。

 それがいつもの結論だった。

(…やはり,無理押しだな…)

 そう考えてそれを切り上げる。

「ま,まいった!」

 そこでリリーの声。目の前ではユーリエとリリーが組手を行っていたのだ。それを指導する立場で気を逸らしていたのは不謹慎と言えば不謹慎だが,事はユーリエの運命をも左右するため,特にユーリエに意識を向けている時には知らず知らずのうちにそちらへ行ってしまうことも多かった。

(…ん?)

 しかし,そこで違和感を感じる。リリーが降参するのは当たり前だが,今日はそれが不自然に早い。

「…どうした,リリー?」

 久しぶりの組手で,感覚が鈍ったのだろうか。

「な,何か…ユーリエ様一段と強くなったみたいなんだけど…」

「え?」

 目を丸くするユーリエ。

「…女王,どこかで秘密特訓でもしていたのか?」

 そうは言うものの,今は風呂や睡眠の時以外ほとんどの時間をともに過ごしている。そんな事があるわけがない。

「むしろリリーさんの体調がすぐれないのではないでしょうか?前回に比べて,心持ち動きに冴えが無いように感じます」

 心配そうな表情で言うユーリエ。という事は,少なくとも三者三様に異変を感じてはいるわけだ。

「…リリー?」

 より現実的なのはやはりリリーの体調不良ではないだろうか。そう判断して言う。

「ちょっと待って…走査スキャンしてみる」

 しかし本人的には全く心当たりがないようだ。リリーはそう言って片眼鏡スコープを出現させる。

「…」

 自習装置シミュレータの開発にも絶大な効果をもたらしたそれは,確かに角度や速度,威力などといったもろもろを数値化することができ,過去のデータとの比較検証までもできる優れものである。

 だがそれはそれとして,なんとなく丸裸にしてじろじろ観察するような印象があり,どことなく気まずさも感じている。

「えっ…これって…」

 しかし驚いたようなリリーの声が,あらぬ方向へと逸れてしまいそうになった思考を現実へと引き戻す。

「…どうした?」

「やっぱり!ユーリエ様,性能スペックが上がってる!」

「えっ…?」

 目を丸くするユーリエ。

「細かいところの差はともかく…ざっと均した感じ,だいたい二割増しになってる」

「…な…に…?」

 呆気にとられる。仮に鍛錬に全てを費やしていたとしても,それほどの向上が見込める物理的な時間は無かった筈だ。

「…なぜ…」

 言いかけてハッとする。

「…覚醒か」

「!」

 それでユーリエも状況を理解する。

 要は遺伝子の中に潜む龍戦士の力が,ふとしたきっかけで目覚めたという事だ。文献にもそのような記述はあった。幾度も龍戦士の力を取り込んで来たアリシア王家の者ならば,世代を隔てていてもそれが起こる素地があるのは間違いない。

「で,でもどうして…?」

「あれじゃないかな…」

 考えを巡らせながらリリーがつぶやきにも似た声を上げる。

「あれ?」

「というか他に思い当たるふしが無いんだけどね…。ほら,この前…ボスが殺気を飛ばしたじゃない」

「あっ…」

「当代トップレベルの龍戦士の飛ばす殺気だからね。あれ以上の脅威はそうそうあるもんじゃない…本能的な危機感が眠っていた力を呼び覚ました…的な何かじゃないかな」

「な,なるほど…」

「…」

 他にそれらしいきっかけもなかったのだから,確かにリリーの推論には反論の余地が無い。だがそれはそれとして背中がむずがゆい。何のかんのと言っても,自分はユーリエの覚醒に全く気付いていなかった。ちょっとしたおしゃれに気づいてやれなかったのとは次元が違うはずで,それをトップレベルなどと評されるのは汗顔の至りだ。

 しかし居心地の悪さを感じながらも,頭は冷静にある可能性を弾き出す。

「…そのだいたい二割増しというのは,直接戦闘に限った話なのか?」

「え?…あー」

 目を丸くしたリリーは,やがてその真意を悟ってにやりと笑う。

「ボスってば優しいんだ」

「…いや,まぁ…」

 微妙に誤解されているような気もするが,そのほうが都合が良いような気もしてそれ以上言うのをやめる。

「あの…それは…?」

「ボスはね,ユーリエ様の魔法の素質も上がっていて欲しいと思ってるんだよ」

「あ…」

 ハッとしたユーリエがこちらを見る。

「ありがとうございます。お気にかけて頂いて…」

「…まぁ,な」

 彼女が見せた自然な笑顔に,気まずさと僅かの罪悪感を感じて曖昧な笑みを返す。

 直接戦闘の能力同様に魔法の能力も上がっているのならば,より少ないリスクで使命を視る事が可能になるのではないか,とそう考えただけに過ぎないのだ。

 後で考えればそれもユーリエの身を案じていることに変わりはないのだから,大筋において問題は無いと結論付けられるのだが。その時はそれがなんとも利己的なものに思えたのだ。

「んー…でも…魔法の方はこれじゃ測れないしなぁ…」

「…」

「あの…断言はできませんが,そちらに変化はなさそうですね」

 気まずそうな笑みを浮かべながらユーリエが言う。

「…女王?」

「もし魔法の素質が上がっているとすれば,それに連動して,魔法書の頁数が増えていてもよさそうなものですよね?」

「あー,なるほど!そっちのセンがあったか」

 ポン,と手を打つリリー。

「…だが,変化は無かった。そういう事だな?」

「あー…そっか」

「ええ…」

 気まずい沈黙。

「ま,まぁ…この魔法書を作る魔法自体が覚醒に対応しているのかどうかも分からないので,断言はできませんがね?」

「…すまない」

 これでは立場が逆だ。ちくちくと痛む良心。

(…しかし…)

 やはりあの大尉は龍戦士ではないと見るべきか。その場に居合わせただけのユーリエにすら覚醒が起こってしまうほどの一触即発の殺気を直にあてられて,あの反応ではお粗末すぎる。

「どこまで上がるのかな」

 そこでポツリとつぶやいたリリーの言葉にどきりとする。

「…リリー?」

「覚醒って,一回限りなのかな?眠らせている力がそれで全部目覚めるのかな?」

「…それは…分からぬな」

 誘惑にも似た甘美な響きに,ともすれば理性を叩き割られてしまいそうになるが,頭を振ってそれを振り払う。

「…分からぬし…眠ったままで済むならそれが一番良い力でもある」

 女王が覚醒するとは,裏を返せばアリシアがそこまでの脅威に晒される事を意味する。長きにわたってそれを阻止してきたのが父祖であり,我々の目的もそれであるはずなのだ。

「ま,そもそもボスには無理だしね」

 にやにやと笑うリリー。

「…どういう意味だ?」

「あれ以上の覚醒を促すためには,単純に見てあれ以上の圧が要るはずだもの。ボスがまだまだ本気じゃなかったって話でもなければ,その場に居合わせた第三者じゃなく当事者になる必要がある。ボスがユーリエ様にそんな殺気を向けられるわけないじゃない」

「…なるほど」

 苦笑する。言われてみればそれは全くその通りだ。

「それに…ボスが居る限り,ユーリエ様にそれだけの圧をかけられる人なんかいるはずがない」

「確かにそうですね」

 クスッと笑うユーリエ。

「…」

 そちらは買い被りではないのか,と言いかけてそれをやめる。少なくともそのために自分はここに居るのだ。それを判断するのは父祖やユーリエであって,そうさせないよう力を尽くすのが自分の使命のはずだ。

(…使命…)

 何気なくそんな事を考えている自分に気づいて,心の中で苦笑する。もともとそれを知ろうとしてこのところ思い悩んでいたのではなかったか。何気なくとはいえ,自分に自分で突っ込みを入れてしまったかのような格好だ。

(…)

 バナドルスの手紙を思い出す。もし彼の言うようにハンが変わってしまい,元には戻らないのだとしたら。自分はどうすればいいのだ。

「…ん…?」

 と,そこである可能性に思い当たる。

「…と,すれば…”風”のエリィにも覚醒が起こっている可能性が?」

「えっ!?」

 驚愕するユーリエ。

「ん?それどういう事?ボス?」

「…ああ,いや…」

 苦笑する。

「…女王,確か貴女は…水晶球で我々とはじめてエリィを見たときに『素質そのものは受け継いでいるかも』と言ったのではなかったか?」

「あ…」

「あー,言ってた言ってた,確かにそうだったね。そういやトルサの時もそんな事言ってたっけ」

「…それが本当ならば,彼女の方にも覚醒が起こっておかしくない」

 もういちど苦笑する。  

「そ,そうですか…」

 複雑な表情を見せるユーリエ。

「ボスぅ?ユーリエ様がいるのに他の女性の話題はいかがなものかと思うけど?」

 にやにやしながらリリーが茶々を入れる。

「…いや…そういうレベルの話ではない」

 みたび苦笑しながらそれを制する。

「じゃぁどういうレベルよ…?」

「…もしエリィの戦闘力が覚醒したのならば…彼女の生存率そのものは単純に考えて上がるだろう。それは単体としてみるならば女王にとって,ひいてはアリシアにとって望ましい事と言えるはずだ」

「ボスぅ…そういう屁理屈をだねぇ…」

「…まだ続きがある。…単体としては確かにそうでも,今の状況は決して良くない」

「えっ?」

 短く声を上げるユーリエ。

「あ…あー!そういう事かっ」

 ハッとするリリー。

「…そうだ。彼女の戦闘力が上がるという事は,それだけ帝国が劣勢を強いられ…バナドルスが追いつめられる事をも意味する」

「すると…力を使う可能性が増えて,かえってまずい事に…」

「…という事だ」

 あちらを立てればこちらが立たず,どころか道連れになってしまいそうな雰囲気だ。これでは誰も幸せになれない。ますますハンの使命からかけ離れていく未来しか見えない。

「…龍戦士の相手などせずに安全な所へ避難していて欲しいものだが…あれの性格では無理だろうな」

「でしょうね。女王わたしの役割を演じているのも足かせになるはず…」

 困ったような表情でユーリエが言う。

「…となると…ノーブルに期待するしかないか…」

 飄々とした魔術師に思いを馳せて,絶望的な状況だというのに思わず苦笑してしまう。

 手としては分かる。こちらのやり口を意趣返しのように返して見せただけかも知れない。だがまさか,自分にエリィを売り込んでくるとは思わなかった。

 しかしアリシアの機密にも精通した男だ,何かとんでもない策があったのかも知れない。

(…あの男…何をどこまで知っている…考えている…)

「あの大尉さえ何とかなれば,もうちょっと何とかなったかも知れないのにねー…」

 こちらの思考を代弁したのかというほどの絶妙なタイミングで,残念そうに言うリリー。

「…だがもはや過去は覆らない。我々はもう,次の機会を待つしかないのだ」

「…」

 沈んだ表情のユーリエ。

 バラナシオスでの決戦はどう展開し,どんな結末を見せるのか。バナドルスは,エリィはどうなるのか。

「…覚悟を決めて,見守るしかあるまい…」

 その言葉に二人は頷いた。

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