夢破れた後に
私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。
用意していた策は悉く破れた。クーラが”流星”であると断定することもできず,また彼がエリィやアリシアに好意的であるという確証も得られなかった。かなりの危険を伴う以上,もう踏み込むわけには行かない。
「え…」
ちょっと残念そうなエリィの声。
「…あまり込み入った事を話して,”風”なりお前なりが連合に警戒されてしまうのも考え物だからな」
「まぁ…やむを得ませんね」
そこですかさず割り込むノーブル。肩をすくめて小さく溜息をついてはいるが,その真意の所在は分からない。
「う…」
予防線を張られてしまった格好のエリィが,今度は不服そうな声を上げる。
「…危険を冒してここまで書状を届けに来てくれた事,感謝する」
言いながら立ち上がり,相変わらず警戒体制のクーラを刺激しないようノーブル側を回って扉へと向かう。
「…シェスター,失礼の無いようにお送りしろ」
扉を開け,他の者と合流して不測の事態に備えよと指示をしていたにも関わらずこちらの様子をうかがいに来ていたシェスターに声をかける。
「ハッ」
しれっと直立不動で敬礼するシェスターに苦笑する。おそらく問い詰めれば,不測の事態に備えるために偵察に来たとでも言うのだろう。
「…エリィ」
元の位置へ戻りながら声をかける。
「あ,はい…?」
気が抜けていたのだろう。思わず素直に返事をしてしまうエリィ。
「あ!?…な,何よ!?」
ふっとこちらが微笑すると,ハッとして慌てて言い直す。
「…そう警戒しなくても良い。折角来てくれたのだ,土産代わりに一つ忠告をしようと思ってな」
「忠告…?」
「…いいか,白廉将軍との直接対決だけは避けろ」
真顔に戻って向き直り,真っ直ぐにエリィを見ながら言う。
「!?」
目を丸くするエリィ。
「ど,どういう意味よ!?」
「…言葉通りだ。薄々分かっているのだろう?白廉将軍も龍戦士であるという事を」
「!」
「…まともにやれば,お前では勝てない」
「うっ…」
腹には据えかねるが否定もできない。複雑な表情になるエリィ。
しかしややあって根本的な問題に気づく。
「い,意味が分からない!そんな事言って,連合の戦力を削ごうとしているの!?」
普通に考えればそうなる。敵のエースを止めるための最も効果的な手段は,こちらのエースをぶつけてやる事なのだ。
「…お前を失うわけには行かない」
「!?」
目が点になるエリィ。
「ど,ど,ど…どういう…」
「…言葉通りだ。これ以上,あまり多くは語れぬが…」
そこでまた,ちらりとクーラを気にする素振りを見せてやる。
「…お前に死なれては困る者が居るのだ。その者を悲しませるな」
「…っ」
ハッとして,言葉に詰まるエリィ。おそらくは”流星”の事を思い描いただろう。だが此処にもう一人,その安否に心を痛める者が居るのを彼女は知らない。
「…連合は退けないだろうし,こちらもそれは同様だ。この書状に何が書かれているかは分からぬが,恐らく白廉将軍は死を賭して戦いに臨むはずだ」
言い含めるように静かに言葉を重ねる。
「…お前もハイアムの故事くらいは知っているのだろう?」
「え?え,ええ…」
「…であれば,死を賭した龍戦士がどんな事態を引き起こすかも薄々予測できるはずだ」
「!」
またハッとするエリィ。
「…勝負は時の運だ。戦況次第では,たとえば瀕死の白廉将軍相手ならお前でも勝てるかもしれない。だが…彼を倒すとはそういう事だ。間違ってもその中心に居るような真似だけはするなと言っている」
「…」
「…もっとも」
そこで苦笑し,再び歩を進める。
「…そこのクーラ大尉が白廉将軍以上の能力を持った龍戦士であり,なおかつ,全てを賭けてお前を護ってくれると言うなら話は別だが,な…」
言いながら椅子に腰を下ろす。
「!?」
再び目が点になるエリィ。
「…そのあたり,どうなのだ?クーラ大尉?」
ふっ,と笑って尋ねる。
「買い被らないで頂きたいものですな。私はエリティア軍大尉のガイナット=クーラ…それ以上でもそれ以下でもありませんよ」
「…そう,か…」
おそらくはそれが答えなのだろう。”紅き流星”でも龍戦士でもないただのエース。それを捨てない限りはしがらみも捨てるわけにはいかない職業人。要はそういう事だ。
「貴方はどうなのです?漆黒将軍殿?」
と,そこでノーブルが割り込んでくる。
「…なに?」
「そこまでうちの姫を心配して下さるのなら,いっそ貴方が姫の傍らにお立ちになっては?」
「!?」
その場の全員が驚愕する。
「ちょ,ま…ノーブル!?一体何を…」
脊髄反射のおかげで最も早く呪縛が解けるエリィ。
「いつも言っておりますがね,姫…私は姫の安全と幸せさえ守れれば後はどうでも良いのですよ」
チッチッと指を振りながら言うノーブル。
「はー…予想以上だわこの人…」
ぽかんとするリリー。
「…」
複雑な表情のユーリエ。絶句しているクーラ。
「…なかなか良い参謀に恵まれているようだな,女王?」
苦笑する。
「身内の贔屓目を差し引いても…うちの姫は決して貴方に損はさせませんよ?」
そんな事はお構いなしに,ニヤリと笑ってそう言ってのけるノーブル。
「あの…なんかいろいろごめんなさい」
それを睨んでから,頭を押さえて言うエリィ。
「…アリシア女王並み,とでも?」
そこで思わず口が滑る。
「!?」
エリィとユーリエがほぼ同時にびくりと身を震わせる。
「ちょ…ま…」
硬直するエリィ。もはや完全に思考が停止しているようだ。
「ええ…もちろんですとも。うちの姫はユーリエ様にだって引けはとりません」
ちょっとだけ驚いた様子を見せたが,すぐさまどんっと胸を叩き,自信満々に乗って来るノーブル。
「ちょ…ノ…」
ノーブルの方を振り返り,エリィが働かない頭でそれでも必死に抗議の言葉を紡ごうとする。
「…まぁ,決して大言壮語ではないと思うがな」
「な,な,な…」
目を白黒させるエリィ。いや,それはユーリエも同様だ。
「ほぅ,これはお目が高い。…では冗談抜きに,いかがです?」
交渉上手の商売人とでも評するのが適当だろうか。含みのある笑みを浮かべるノーブル。
「…では同志になれ。それで万事解決だ」
「む…」
しかしそれで,すぐさま笑みが消える。
「…先ほどの大尉の言葉になぞらえれば。今の私は帝国の漆黒将軍であって,それ以上でもそれ以下でもないのだ」
言ってから,しまったと後悔する。これでは先ほどのクーラ大尉と一緒だ。こちらが帝国側というスタンスを崩さなければ,向こうも連合側というスタンスを崩さない。本題が失敗に終わったのも事実だが,だとしてもこちらから完全にそれを閉ざしてしまうような言動をすべきではなかった。
「残念ですね…」
小さく溜息をつきながら,ノーブルが立ち上がる。
「なるべく早く,気が変わって頂きたいものです。できれば白廉将軍との決戦の前に…」
「…忠告,痛み入る」
苦笑する。確かに寝返る前提で考えれば,なるべく自分を高く売り込めるうちに売っておくのが鉄則だ。本物のユーリエをこちらが押さえているという現実も,そこではよりプラスに作用する。
「さ,姫…」
「あ,う,うん…」
ノーブルに促されて立ち上がるエリィ。
「…縁があったらまた会おう,”風”のエリィ」
「…あ,は,はい…」
曖昧な返事を返し,エリィはノーブルに続く。油断なく身構えつつクーラがその後につき,三人は部屋を出て行った。
「…ふぅっ」
扉が閉まったのを確認し,大きく息を吐く。
「ボス…お疲れ」
「お疲れ様でした,将軍…」
口々にねぎらいの言葉をかけてくるリリーとユーリエ。
「…すまない。結局現状は打開できなかった…」
「しょうがないよ,アレじゃ…」
がしがしと頭をかきながらリリーが言う。
「で,でも…どうして大尉は二度もリリーさんの攻撃をかわせたのでしょうか…」
「…分からない。”紅き流星”の力も感じなければ,龍戦士の力も感じなかったのは確かだ。だが,後者については不確かだ。そもそも龍戦士はすべてその力を感じる事ができるかどうかも定かではない」
ごくり,と唾を飲み込む。全く別の意味で重圧をかけられたのは確かだ。得体の知れない分だけ,単純に龍戦士の重圧をかけられるより脅威であった事も事実だ。
「もしかして…」
そこでハッとするリリー。
「リリーさん?」
「うん…うん…理屈的には可能,か…」
彼女はうつむいて,時折頷きながら考えをまとめる。
「…原因が分かったのか?」
「確証はないんだけどさ…魔法じゃないかな」
「…魔法?しかし…」
それなら,龍戦士のそれの効果を上回るレベルという事になる。
「えっとね…私のこれは,父祖の力を借りてる。それで負担も軽減しているし,確かに父祖の力の範囲内では相乗効果で精度も上がってる」
その疑問に答えるリリー。
「でも…他はともかく龍戦士の力を隠せているかどうかには自信がない…なくなっちゃったんだ」
「!」
ハッとする。
「…もしや…」
「うん。思ってもみなかった弱点かも知れないね。龍戦士の力そのものを探知する魔法ならあるいは…ってところ」
検証してみないと分からないけどね,とリリーは締めくくる。
「で,でも…という事は…」
「…そうだな。少なくとも龍戦士の力を熟知している者が作った魔法なのは間違いない」
リリーを止めたのは正しかったという事か。もしその推測が正しければ,最悪,絶大な効果を持つ対龍戦士用の迎撃魔法もあったのかも知れない。
「…」
無念そうなユーリエ。結局はクーラの得体の知れなさに全て邪魔された格好なのだ。
「…やむを得まい。できるだけの事はやったのだ」
自分にも言い聞かせながら立ち上がる。
「…残念ながらこの機会を生かすことはできなかったが。まだやれる事は残っていると信じよう」
差し当たって,この手紙だ。書かれている内容によっては,また状況の変化が起こるかも知れない。
「…戻ろう」
そう言って歩き出した。




