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堅固なる障壁

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 起死回生の策を模索し,いよいよその最後の障壁を見極めようとした矢先。その障壁は自ら動いてきた。

「エリィ殿…貴女とこの男の間に何があったのかは知りませんが,この男は帝国にその人ありと言われた漆黒将軍です。一筋縄ではいかない相手である以上,迂闊にその言葉に乗ってしまうのは避けるべきです」

「ちょ…」

 目を丸くするエリィ。

「…褒め言葉として受け取っておくよ,大尉」

 苦笑する。だがそれを全く意にも介さず,いや,意図的に無視してクーラはエリィへ言葉を続ける。

「そもそもアリシアの予言からいけば,帝国は明確に邪神の復活を目論んでいるのでしょう?そしてここまで,いくつかの封印が解かれたのも事実。有能な職業軍人であればあるほど,職務に忠実であればあるほど,その最終目的はそこにあると見るべきです」

(…痛いところを…)

 実際のところ,復活は二の次どころか全力で避けるべき命題である。だがそれを言ったところで,相手がアリシアの予言では全く説得力はあるまい。

 ユーリエが複雑な表情を見せる。常識的に考えればクーラの言い分は全く正しい。こちらの手の内を明かさずに翻意させるのはかなりの無理難題だ。その表情はそう物語っていた。

 加えてこちらには不確定要素がある。エリティアの封印が解けてしまっているかどうか,それが分からないのだ。この男ならば知っているかも知れないが,知らないかも知れない。そしてさらに状況を複雑にしているのは,解かれたとすればそれは間違いなく帝国こちらの仕業で。向こうからすれば,その中核である漆黒将軍がそんな重大事を知らないわけがないと考えるのが当たり前という事だ。

「…だが…そちらの言い分が正しければ,残る封印を持っているのはそちらだ。その安全さえ確保していれば問題はあるまい?」

 先ほどのエリィの屁理屈に付き合っているといった体でさぐりを入れる。無論,こちらの本命はエリティアのそれだ。

「先ほどの将軍のお手並みを拝見した限り…」

 しかしクーラは淡々と言葉を返すと,肩をすくめて冷笑する。

「皮肉に聞こえますな。…斬ろうと思えばいつでも斬れるのでしょう?」

「…これは手厳しいな」

 これではエリティアが奇襲されたのかも分からない。それ以上踏み込む事もできなさそうだ。

「…だが…」

 やむを得まい。展開がはまればあらためて迂回路から踏み込む事にして,すぐに方針を転換する。

「…私の言動をありえない不可解さと言う割には…君自身の行動もかなり不可解ではないのかな?大尉」

「え…?」

 エリィが目を丸くする。

「私は有能でも職務に忠実でもありませんからな。将軍と一緒にされては困ります」

 苦笑するクーラ。

「…謙遜はいいよ,大尉。君がっているのだろう?伝説の龍戦士を」

「…」

 無言のクーラ。だがそれに構わず続ける。 

「…女王やクマルー卿の役とは違い,ある意味真似ればそれらしく見せられる原型モデルも無く,その分余計に出鱈目な強さを演出して見せねばならない大役を…先のマイシャで見事に演じた事は知っている」

 そこで思わず口元に浮かびそうになる微笑を苦労して抑え込む。

 大尉との間にはエリィが居る。だからクーラの些細な変化も見逃すまいとそちらに視線を向ければ向けるほど,どうしても彼女も見てしまう格好になる。彼女は彼女なりに何とか平静を装おうとしているが,元来そういったものと無縁の生き方をしてきただけあってまったく隠せていない。心境の変化が如実にその表情に浮かんでは消え,なかなかに微笑ましい事になっているのだ。

「…その大尉が,何故ここまで来た?常識的に考えれば,それを決断させる何かがあったという事だろう?」

「それは…」

 気まずそうなエリィが思わず口を開いてしまう。彼女からしてみれば,ややもすると自分と話をしているように錯覚されてしまうのだろう。

「…常識的に考えれば,それは女王役の警護の為である可能性が高い」

「あ…」

 ハッとするエリィ。

 自分が女王役を演じていると看破されたのはそれが原因だと思ったに違いない。と同時に,自分が無理を通し周囲を振り回してこうなったと看破されたわけではない,と思ったのかも知れない。その表情に一瞬だけ安堵のような開放感が浮かび,またもこちらの微笑とそれを抑える苦労とを誘う。

「…」

 相変わらず無言のクーラ。

「逆に…もし君が君の言うように職務に忠実でないとするなら,いよいよ此処へ来るのは不可解だろう。なぜ自分とは無関係の”風”のやる事に首を突っ込む?なぜ連合の作戦を台無しにする?さらにはなぜ,自分の身を顧みずにやって来る?」

 試すならばここだ。そう判断して言葉を継ぐ。

「…まさか君は…世界よりもこのエリィが大事だとでもいうのか?」

「!?」

 目が点になるエリィ。それはおそらく,その言葉が”紅き流星”へ向けられたものと同じである事への驚きのはずだ。

 そして。この大尉が何らかの事情で素性を隠している”流星”ならばそれは再確認と聞こえるはずで,答えも変わらないはずだ。

(…どう,だ…?)

 平静を装いながら,些細な変化も見逃すまいとクーラを注視する。リリーとユーリエも固唾を飲んで様子を見守っている。

「…」

 しかし無言を貫くクーラ。

(…違う,のか…?)

 ”流星”ならば,少なくともエリィの今後に道筋をつけようと舞い戻っているのならば,即座に答えてもいいところだ。こちらもそれを促すつもりであえて核心には触れていないのだから,さすがにこのは不自然だ。

「ちょ,ちょっと!?いい加減にしてよっ!」

 そこでエリィが叫ぶ。

(…)

 事実上の時間切れだ。見守っていた二人の表情にも落胆が影を落とす。

「そうやって私をからかっているんでしょう!?あの時といい今といい…あなたは何でそう私を狼狽えさせて…」

「…では聞くが」

 溜息をつき苦笑しながらそれを遮る。

「…他に何か,納得のいく説明ができるのか?エリィ?」

「え?」

「…私の推測を一蹴するだけの明確な根拠を提示できるのか?と聞いている」

「そ…それは…その…」

 口ごもるエリィ。

「…そもそも。お前を困らせていったい私に何の得があると言うのだ」

「お…面白がってるじゃない!」

「…それはお前が面白いだけで,困る困らない以前の問題だ。私が悪いわけでは無い」

「!?」

 目が点になるエリィ。いや,それにはユーリエも大いに驚いたようで,エリィとそっくりの顔になっている。

「…ああ,いや…言い方が悪かったな。すまない」

 苦笑しながらすぐさま訂正して謝る。

「…つまり,それがお前のらしさだという事だよ,エリィ。お前には周囲を惹きつけてやまない魅力がある。それこそ…お前の為なら世界を敵に回しても良いとさえ思わせるほどの,な…」

「な,な,な…」

 目を点にしたままのエリィの頬が朱に染まっていく。

「…そうだろう?」

「!」

 しかしそこで意味ありげな笑みを向けてやると,エリィはハッとする。少なくとも一人はそう宣言した男がいるのだ。

「…で,そこに居る大尉にも聞いてみたわけだ。君はどうなのか?とな」

 そこで脱線を戻し,無理のない自然な流れでもう一度クーラに尋ねる。

「おおー…」

 感嘆の声を上げるリリー。ユーリエは先ほどとは違った意味で目を丸くしている。

(…下手な言い訳をせずに済んだか)

 心の中で苦笑する。これもエリィの魅力なのかもしれないが,こんな切羽詰まった状況にあってすら彼女との会話を楽しんでいる自分が居る。本来ならば無論褒められた事ではなく,二人にも冷めた目で見られかねないところだったが,今回に限っては死中に活の形勢逆転を呼び込んだので良しとしよう。

「…」

 しかし相変わらず沈黙するクーラ。

(…だめ,か…)

 客観的にみれば蒸し返しで,先方にその気がなければしつこいと思われても無理のないところだ。あまり時間をかけるわけにも行くまい。

「…どうやら,気分を害させてしまったようだな」

 ひとつ溜息をついて,事実上の時間切れ宣言を行う。

「お気になさらず」

 こちらの真意をあれこれと考えて警戒しているのだろう,曖昧に返答するクーラ。

(…次だ,な…)

 頭を切り替える。

「…しかし,これでいよいよ分からなくなったな」

 このままでこちらから大事を打ち明けるのは危険すぎる。せめてこの男が"紅き流星"であることの確証が欲しい。

「え?な…何が?」

 訝しむエリィ。

「…大尉の目的が,さ。職務でもない,エリィへの個人的な思いでもないとなれば,いよいよ危険を冒してここへ来る意味が無い」

「そ,それは…」

 気まずそうな表情で言うエリィだが,それには構わず続ける。

「…それとも。演じるふりをしているだけで,実は正真正銘の,伝説の龍戦士なのかな…?」

 そこで気持ちを引き締め直し,それと気づかせない自然な動作で装置に手をやるとそれを切る。

「!?」

 その空気の変化を敏感に感じ取り,ハッとするエリィ。

(…頼むぞ,父祖…)

 そう思いながら,言葉を繋ぐ。

「…表向きは忠実でないとうそぶきつつ職務を果たしているように見せかけ。その気もなさそうでいて密かにエリィを守ろうとしているかのように装い…」

 そこで蛟龍の鞘を握る。斬る動作に近づけば近づくほど自分の中では気持ちが張り詰めていき,それは相手への圧となって襲い掛かる。

「…その実,こちらを油断させて女王なり騎士の剣なりを取り戻そうと画策する伝説の龍戦士…」

 心持ち状態を前傾させる。

 これでいつでも斬れる。踏み込みながら抜き打ちし,机を斬りながらエリィの頭上へ衝撃波を飛ばし,それでクーラの首を斬る。エリィにもクーラにも動く暇など与えない。

「…っ」

 クーラの表情が険しくなる。

「…そういう理解で良いのかな?クーラ大尉…」

 そこでさらに気迫を込める。

「う…っ」

 直接それを向けられていないエリィが,それでも気圧されてうめく。

(…どうだ…)

 必殺の気迫を飛ばしながら,様子を窺う。

 そのまましばしの静寂。

 しかし,いかなる”流星”の痕跡も見つけ出す事ができない。

<だめだな…まったく反応が無い>

 父祖のその言葉が時間切れの合図となった。

 落胆交じりにその緊張を解き,殺気を飛ばすのをやめる。

「く!…はぁっ,はぁっ…」

 そこでがっくりと膝をつき,肩で息をするクーラ。

「た,大尉!?」

 異変に気付き,振り返って叫ぶエリィ。

「…どうやら違うようだな」

 言いながら鞘から手を離して前傾を解き,再び装置を起動して圧から解放してやる。

「じゃぁボス,いよいよ私の出番だね」

 ノーブルの視線もクーラの方に向けられているため,気取られる心配はないだろう。リリーに小さく頷いて見せる。

「…となるといよいよ,貴官が此処に居るのは不自然という事になるのだが…」

「わざわざ口に出す必要もないところですが,敢えて言わせて頂けば…」

 立ち上がって椅子を差し出そうとするエリィを制し,よろよろと立ち上がりながらクーラは言う。

「自分でも…測り兼ねていましてね」

「…ほぅ?」

 近づいていくリリーをそれとなく見守りながら,会話を続ける。

「正直ついでに言えば…将軍の実力は少々…どころか,致命的に測り損ねていました」

「…」

 無言で苦笑し,こちらを振り返ったリリーにかねて決めていた実行の合図を出す。

(!?)

 ところが。ゴーグルを取り去ってしまうべく伸ばされたリリーの手を,ひょい,と上体をのけぞらせてクーラがかわしたのだ。

「ちょ?…このっ」

 唖然とするがすぐに気を取り直し,リリーはそれを追いかける。だが今度は身体を沈めてそれをかわすクーラ。

「え!?え…ええ!?」

 今度こそ呆気に取られてそのまま硬直するリリー。ユーリエも目を丸くしている。

「大尉…?」

 状況が見えていないエリィが目を丸くして不審がる。

「…どうしたのだ?」

 努めて平静を装い,確認を取る。

「いえ…」

 二,三歩退きながら立ち上がり,口を開くクーラ。

「どうも小さな蚊トンボが飛び回っているような気配でして…」

 言いながら,僅かに顔を動かすクーラ。ゴーグルが目を隠しているせいで,それはあたかも近くを飛び回る羽虫を追っているように見えるだろう。

「…なに?」

 だがこの男に視力が無いのはほぼ間違いない。羽虫の気配を追っている可能性も否定はできないが,ごく単純に考えればそれは偽装工作だ。

 となれば目的は一つしかない。自分に危害を加えようとした伏兵リリーを倒すため,不意打ちを狙っているという事だ。

(動くなよ,リリー…)

 こちらを振り返って指示を待つリリーに,それとなく制止の合図を送る。

 もしこちらの気配に気づいているなら,不用意に近づくのは致命的だ。

「本当に羽虫なんて飛んでいるのですか…?」

 タイミングよく尋ねてくれたユーリエに心の中で感謝する。比較的近くにいるリリーならば,その真偽を確かめられるはずだ。

「ううん…それらしい気配は無いね」

 クーラの周囲を注視してリリーは言う。となればやはり,油断させるための罠と見ておかねばならない。

「お目汚しになるのも気が引けるので,あまり五月蠅いようなら早めに叩き落としてしまいたいのですが…」

(!)

 そこへクーラの言葉。途端に不安は増し,一連の事象がきれいに繋がる。

 もしこちらの気配を感じる事ができるなら,入室した時の異変はこちらに当てられたとも言えよう。五分では勝てないと即座に悟った彼が狙える唯一の策は不意打ちによる起死回生で,そのために敢えてこちらにも気づいていないふりをしていた,と考える事もできる。

 いや,もしかしたら彼は自分の実力を隠す術にも長けているのかも知れない。

(…”流星”ではない,全く新しい龍戦士かも知れない…)

 警戒すべき最悪の場合ケースはそうなる。その前提で考えるなら,リリーにこれ以上行動させるのはあまりに危険だ。

 それにここまでの流れから見て,彼がこちらに好意的に接する可能性も低いだろう。

(…ここまで,だな)

 今度こそ間違いなく,試合終了だ。

「…それはすまないな。主催側として,環境保全に落ち度があった事申し訳なく思う」

 どうしようもなく落ち込んでいく気持ちを奮い立たせ,言いながらリリーに撤退の合図を出す。

「むぐぐ…」

 悔しそうな表情で,クーラから距離をとるリリー。

 もはやこの会談から得られるものはなくなった。リリーが安全圏まで後退するのを待って,口を開く。

「…ちょうど頃合いだな。ついつい長話をしてしまったが,そろそろ疲れただろう。この場はこれまでとしよう」

 ユーリエのついた小さな溜息が,心に痛かった。

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