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探り合い

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 例の装置を起動し,二人を伴って城館を出る。目指すは借り上げている宿だ。

「なんかドキドキしちゃうねぇ…」

 そわそわと落ち着かない様子のリリー。だがそこにあるのが決して緊張だけではないという事を,その表情が物語っている。

「…」

 もしかしたらそれがただの虚勢で,はしゃいでいないと事態の深刻さに押しつぶされてしまうという恐怖の裏返しなのかも知れないが。少なくともそれが,雰囲気が重苦しくなるのを軽減しているのは間違いない。

 いや,あるいはそれを狙って,つまり何とか雰囲気を良くしようと敢えてそう振る舞っているのかも知れない。当然の事として,リリーは自分がどんな役割を求められているのかを熟知している。

 正門を遠くに望む大通りを左に折れ,何だか随分久しぶりのように感じる宿へ。

(…居る…)

 どうやら”風”は,入り口に近い所へ陣取っているようだ。

「…私が先に行く」

 念には念を入れねばなるまい。真っ先に飛び込もうとするリリーを制する。

「あ,そだね…」

 ペロリと舌を出すと,リリーはユーリエの後ろまで下がる。彼らがユーリエに敵対するわけも無いが,前後を固めるのがいつものお約束だ。

「…行くぞ」

 それに笑って見せて,表情を引き締め,中へと入る。

(…)

 気配の方を振り向くと,そこにはさりげなく周囲を警戒している”風”。当然と言えば当然だが,こちらには気づいていない。

「…」

 すぐ後ろのユーリエに安全だと一つ頷いて見せ,”風”に比較的近い所を通り,ホールを横切って奥へ。

「…ふぅ」

 最後尾のリリーがホールを出たのを確認して,ひとつ息をつく。

「あ,将軍」

 装置を切り替えると,比較的近い所に居たシェスターがこちらに気づく。

「…シェスター,頼まれてくれるか」

「…あちらさんを部屋まで連れて来い,と?」

 状況はマーガスからも聞いているだろう。すぐにこちらの意図を察する。

「…そうだ」

 非番中のところ済まないが,と言うとシェスターは笑う。

「お安い御用ですよ。それに役得もありますしね」

「…役得?」

「もし状況が許したら,例のあれを聞いてみても良いですかね?」

 例のあれとは,エリティアの大尉についているらしい二つ名の事だ。もともとは例の難民流入作戦阻止の折に面白がったカールが深入りし,部下二人の会話を盗み聞きする中で得られた情報である。”黄金騎士ゴールドナイト”というのがその二つ名だが,なぜそれがついたのかも分からなければ以降それが聞こえてくる事も無く,謎のままとなっていたのだ。

「…あまり重圧プレッシャーをかけるなよ?」

 苦笑する。どんな予想外が起こったとしても自分達の長が万が一にも後れを取る事は無い,そんな確信が彼らのこの気楽さを支えているのだ。

「ハッ。で,本題はどのように?」

「…そうだな。まずは,最大で二人と伝えてくれ」

「将軍…?」

 ユーリエが怪訝そうに言う。だが装置を切り替えていない彼女はシェスターには見えない。

「…女王エリィが自粛してくれるならそれはそれでやりようもある。女王と参謀ノーブルだけだと言うなら,それもそれだ。まず間違いなく向こうは三人を要求してくるだろうが,はじめからこちらが譲ってやる必要は無い」

「ハッ」

「…その後は,今現場にいる者たちと合流して不測の事態に備えていてくれ。まずそんな事は無いだろうが念のため,な…」

「了解しました。会見場所はあそこです」

 指をさしながらそう言うと,では,と敬礼してホールへと歩き去るシェスター。

「…では我々も準備しよう」

 少し時間を置くよう言うべきだったか。苦笑しながらそう言って奥へと進み,扉を開けた。

 その部屋は,和室と呼ぶに相応しいものだった。

 床にこそ現代風に毛足の短い支子くちなし色の絨毯が敷かれているが,こちら側を含む三方を麹塵きくじんの土壁,奥の一方を障子で隔てられた十畳ほどの京間。初めに入った時は元の世界へ戻ったのかと錯覚し,しばらく意識を現実に戻せなかったほどだ。

 ユーリエから聞いた話によると,アリシアへ落ちてきた龍戦士のひとりが元の世界を懐かしみ,その求めによって作られた部屋だという。よくここまで再現できたものだとその時は素直に感心した。

(…だが,ちょうど良いかも知れんな)

 この部屋の様式は,この世界では他に類を見ないものだ。だからこの部屋を見てそのあまりにも異なる様相に驚かない者は居ないだろう。

 だがもしあの男が”紅き流星”ならば。その驚きの質は明らかにエリィとは,この世界の者とは違うものになるはずだ。

「…まずは様子を見よう」

 二人が中へ入るのを待って扉を閉め,再び装置を切り替える。

 部屋には,花瓶を載せた木製の卓が一つ。それを挟むようにして奥に一つ,手前に二つの,これも木製の椅子があるばかりだ。普通に考えれば二人が座り,もう一人は護衛に最も適した場所へ立つ事になるだろう。

「ドキドキするね…」

 さすがに今度は緊張が優ったようだ。リリーの表情も幾分硬い。

「ええ…」

 相槌を打つユーリエ。

「!」

 と,そこで唐突に気づく。

「…二人とも,すまない。今の今まで気づきもしなかったが…」

「え?…な,何?」

 途端に不安そうな表情になる二人。

「…こちらの椅子が一つしか無い。不便をかけるが…」

 そう言うと二人はまず目を丸くして,その後深々と溜息をつき,そして苦笑する。

「もう…何よボス。そんな事?」

「それは当然の事です。気になさらないで下さい」

「…すまない」

 もう一度謝ったその時,気配を感じる。

「…どうやら来たようだ」

 途端に真剣な表情となる二人。

 そこで扉が開かれる。

「では,こちらでお待ちください」

 そう言ってさぁどうぞという仕草をするシェスター。

「あ,はい…」

 エリィの声。少し遅れて彼女が入室してくる。

「エリィ…」

 ユーリエがつぶやく。おそらくこれが同じ場所に居合わせる初めての機会,いろいろと思うところがあるのだろう。

「え…!?」

 案の定,部屋の様式に驚くエリィ。無理もない,アリシア王城内のリリーの部屋並みと言ってすら差し支えない落差だ。

「どうしました,エリィ殿…?」

 やや遅れてクーラが入室してくる。

(…さて…どう反応する…?)

「こ…これは!?」

 驚きの声を上げるクーラ。

(…ん?)

 違和感。初めに入ってきたエリィは,この部屋を隅々まで眺めまわした。今もまだ,視線をあちこちさまよわせている。ところがこの男にはその仕草が無い。驚いているのは間違いなく,慎重に周囲の様子を探ろうとしているが,逆に言えばそれだけに注力しているのだ。

 そのクーラが,バランスを失ってがくりと膝をつく。

「た,大尉!?」

 慌てて駆け寄るエリィ。

「すみません,エリィ殿。少々油断したようです」

(…もしや,この男目が…)

 男がエリィに助け起こされるのを見ながらそんな事を思う。

 もちろんそのゴーグルの為に,それを直接確認できるわけではない。しかしその仕草には確かに不自然さを感じる。

「…二人とも。この男の目は…見えているのか?」

 確認する。もしかしたら自分が知らなかっただけで,二人はそれを視ていたかも知れない。

「え!?」

「将軍…?」

 目を丸くする二人。どうやら違ったようだ。

「…それと気づかせないのはさすがだがな」

 そういえば,と以前見た文献の記述を思い出す。

 舞神流の皆伝試験には,目隠しをしたまま一対多の組手を行う課目があるらしい。要は我が流派と似たような事をやっているというわけだ。

「この部屋の違和感に当てられたようです。…大丈夫,いずれ慣れます」

 手を貸そうとするエリィを制し,立ち上がって二度三度と頭を振るクーラ。

「ですが…」

 心配そうなエリィ。

「にしても…この部屋の違和感は一体…?」

「これはですね…」

 するとそこでノーブルが口を挟む。

倭式ワシキと呼ばれるアリシアの伝統様式です」

「ワシキ…?」

「ええ。この宿を開いた王族の父にあたる方…まぁ落ちてきた龍戦士なのですが。その元の世界を偲んで作られた部屋のひとつなのです」

「ほんと,よく知ってるわねノーブル…」

 目を丸くするエリィ。

「これでも私は宿巡りも好きでしてね。好事家の間では有名ですよ?」

 目を丸くするエリィに,仮面の為良くは分からないがおそらくは得意顔で説明するノーブル。

「王族がお忍びでお泊りになる事も多いですからね。帝国の統制下でどうなっているかは分かりませんが,普通ならば数年先まで予約でいっぱいという,老舗中の老舗ですよ」

「…」

 無言でユーリエを見る。何となくそんな気はしていたが,やはり格の高い宿だったか。

「…」

 気まずそうに視線を逸らすユーリエ。

(…しかし)

 視線を戻す。気の無さそうな相槌を打っただけで,クーラの様子にこれといった変化は無い。”紅き流星”であるともないとも,龍戦士であるともないとも判断できない。

 いや,どちらかと言えば否定の方がやや説得力を持ったかも知れない。仮に龍戦士であるとすれば,少なくともノーブルの言葉にはいくらか感情を揺さぶられるはずだ。

「さて…ではそろそろ座りましょうか,姫。立ったまま待つというのも少々殺伐としていますからね」

「あ,う,うん…その…」

 気まずそうにクーラをちらりと見るエリィ。

「お気になさらず」

 苦笑するクーラ。 

(…さて…)

 二人が椅子に座るのを眺めながら,少し逡巡する。クーラの正体の確認を最優先するならば,ここで不意に姿を現し,同時に殺気を飛ばすのがもっとも相手に圧をかけられる。だが当然それはかなりの失礼にあたる。やはり罠だったかと余計に警戒される事にも繋がるだろう。

「…もうそこまで来ているかしら」

「とは思いますが…」

 腰を掛けた二人のそんなやりとり。

 だが。

「もうすでにここに居る,という事はありませんかね?」

 適度な距離を置いてエリィの後ろに立ったクーラが突然,全く予想外の事を口にした。

(…なん…だと!?)

 一瞬,頭が真っ白になる。

「ちょ,えええ!?」

 リリーの叫び。

「…!?」

 口を押さえ息を飲むユーリエ。

(…馬鹿な…)

 それが正直な感想。リリーが改良に改良を重ねたその装置は,神業とも言えるほどの高性能を実現している。自分にもそれを察知する事はほぼ不可能だ。もしこの男にそれができると言うなら,この男の力は自分よりも上という事になる。

(”紅き流星”…?それとも,全く新しい候補者か…?)

「え?」

 目を丸くするエリィ。

「我々だけですが…?」

 怪訝そうに言うノーブル。

「…すみません。ここまでの一連の流れで少々不安になりましてね。向こうが何らかの罠を仕掛けるとすれば,ここがもっとも好条件ですからね。手の者を伏せておくくらいはできるかと思ったのですよ」

 苦笑しながら言うクーラ。

「もう…装置が壊れたのかと思ってビックリしちゃったじゃないか」

 頬をふくらますリリー。

(…本当に,そうか?)

 逆に策かも知れない。そんな弱気がちらと頭をかすめる。

「物理的には無理ですね。ここは国賓を招待する際に宿所として使われる事もあります。そんな怪しい仕掛けなどしていたら国際問題ですよ」

 ノーブルが苦笑する。

「魔法的には…?」

「!」

 クーラの言葉にぎくりとする。気づいているのか?

「帝国にそんな真似をさせるわけがありません。…システムが万全なら…」

「!」

 そこへこれまた,もはや熟練の掛け合いとすら錯覚させるほどのノーブルの言葉。

「…」

 気まずい沈黙が流れる。改良を加えられたこの装置は,父祖の力を利用して起動している。言わば万全の状態の父祖公認で,帝国がそんな真似をしているのだ。

「…ともかく,これ以上待たせるわけにはいかんな…」

 頭を振って意識を切り替える。策であろうがなかろうが,もはやこの状態でやれる事は無いのだ。

 少なくともエリィとノーブルの二人からは見えない位置で姿を現わそう。そう判断して,エリィの斜め後方,クーラの横あたりへと移動を開始する。

(…こちらに気づいているわけではないか…)

 全くこちらに意識を向ける気配の無いクーラを見てそう結論付ける。

「…では,いくぞ」

 見回す。無言で頷く二人。

「…待たせたようだな」

 装置を切り替えて,そう口火を切った。

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