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密命

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 バナドルスの書状を届けるためこちらへ向かっているという”風”。その会見の場に同席させてほしい,ユーリエは強い意志を秘めた表情でそう言った。

「…女王…?」

 咄嗟にはその真意を測り兼ね,辛うじてそれだけを言う。

「いえ…同席と言うと語弊があるかも知れません」

 おもむろに言葉を発するユーリエ。

「私はただ…その場で直に,始終を見守りたいのです」

「!」

「別に彼らに姿を見せようとか,口を出そうとか…ましてや,彼らの下へ走ろうとか,そういう事ではありません。ただ当事者の一人として…水晶球越しではなく直に,そのなりゆきを見守りたいのです」

「…女王」

 走ってくれても構わない,それは自分が不甲斐なかった事の当然の結末だ。そう言おうとしてそれを飲み込む。自惚れかも知れないが,今もってまだ,ユーリエの安全の確保には自分が最適任であるとの自負はある。

 だがもしそうでないと悟ったら,その時は潔く彼女を返そう。全てを元に戻そう。リリーに作らせていたその為の装置は完成し,すでに手元にある。

「…」

 多大な労力を費やして,そこで湧き上がる得体の知れない感情,後で思い返してみれば未練と言うのが最も適当だったそれを抑え込む。

「ほらほらボス,自分の世界に入ってないで…念のためだけど,私も一緒だからね?」

 そこでパンパンと手を叩いて注意を目の前の現実へと引き戻し,リリーが言う。

「…もちろんだ。女王だけ同席を許してお前だけを蚊帳の外に置くなどはあり得ない」

 苦笑する。

「では…」

「…ああ」

 むしろ望むところだ,運命を左右するその場をともに迎えたい…。それを口に出しかけて,偽らざる自分の本音に気づき,苦笑交じりにそれも飲み込む。

「ありがとうございます」

 ユーリエの顔に笑みが浮かぶ。

「…」

 この笑みを,あとどれだけ見る事ができるのだろうか。ふとそんな事を考えてしまう。

「それでねぇボス…ちょっとだけ手出ししていいかな?」

 ところがそこで,リリーがいつも通りの斜め上の事を言い出した。

「…なに?」

 例の装置を使って姿を隠して同席する。そういう暗黙の了解で話が進んできたのだが,そこで手を出すとはつまり不意打ちするという事だ。

「リリーさん…?」

 ユーリエが怪訝そうに言う。こちらにも向こうにも,特に手を出す意味などないはずだし,出しても要らぬ火種を蒔くだけではないか。

「あの大尉の仮面ゴーグル…取っちゃおうよ」

 ペロリと舌を出して,しかしリリーは悪びれもせずそう言ってのける。

「!」

 そこでハッとする。

(…そうだ。あの男はもしかすると…”紅き流星”)

 あの後文献を調べ,二人の行った決闘が舞神流の古式,舞神闘である事は分かった。だがそれと同時に,当初の予想通り舞神闘それが,あの男にとってはかなり分の悪い賭けだったであろう事も証明された。

「あの…将軍?」

 たとえ勝算めいたものがあったにせよ,その危険リスクを全く顧みずにそれをけしかけ。勝ちを収めたと言うのにその見返りをほとんど全て放棄して,従う側に恩恵をもたらすような命令しかしていない男。その正体が何らかの事情でその力を失った”紅き流星”だとすれば,それらすべてに説明がつく。

(…だとすれば…)

 リリーの言葉ではないが,話は早い。”流星”ならばその最優先はエリィの安全と幸福から動きようが無いはずだ。それはこれまでの一連の行動からも見て取れるのだから,たとえエリティア軍人の,つまり悪く言えばルトリアに首輪をつけられた半奴隷の立場に在っても腹を割って話せる。同志となり得る。

 不意にそこで居心地の悪さを感じる。自分はユーリエの安全と幸福を最優先できていないと,理屈ではなく感情がそう訴えてくる。

(…くっ)

 それを苦労して振り払い,思考を進める。

「おーい,ボスぅ?」

(…だが,待て…)

 仮に”流星”が力を失ってしまったのなら,伝説はどうなるのだ?仮に彼がエリィの下を離れたとして,ユーリエの下へ来るのか?いや,そうだとしても果たしてそれにどれほどの意味があるというのだ?。

(…)

 自分に,その役が回ってくるというのか?あるいは,全く別の新しい龍戦士が現れるのか?その時自分は…。

「ボースーってー…」

「!」

 瞬時に思考を現実に戻す。まずい,この展開は確か…。

「ば…ぁ?」

 間一髪,こちらの肩口に顎を乗せるようにしてリリーが熱い吐息をかけようとする前に,反対方向ではなく後方へ跳び退る。

「…」

 咎めるような視線をリリーに送りながら,ちらりと一瞬だけユーリエの方を見る。

(…さすがに軽々しい真似はしないか…)

 両側から,それがリリーの予告だったはずだ。それが口だけに終わったことにほっとする。

「私まで加わったら,ご迷惑でしょう?」

 苦笑するユーリエ。

「そんな事はない」

 その表情にちらりと悲しみのような寂しさのような色が差したのを認めた瞬間,反射的に言葉が出てしまう。

「えっ…?」

 目を丸くしたユーリエは,こちらの容認とも言える発言を受けてその情景を思い描いたのだろう。すぐさまその顔に紅が差す。

「…あ,いや…」

 もっとましな言葉はなかったのか。

「なーんでそこで引いちゃうかなぁボス…そこは押しの一手でしょ?」

「…リリー」

 溜息をつきながら言う。だが言葉こそ抗議の体をとってはいても,内心では気まずい沈黙に包まれそうだったその場の雰囲気を打破してくれたリリーに感謝する。

「で…何をそんなに考え込んでいたの?やっぱまずい?」

「…いや」

 意識を切り替えて言葉を繋ぐ。

「…頼まれてくれるか?」

「えっ!?」

 目をぱちくりさせるリリー。

「将軍…?」

 こちらも意外そうな表情を浮かべるユーリエ。

「ど,ど,どういう事?いたずらのつもり…なんだけど?」

「…あの仮面の下から現れる顔次第では…こちらの予想通りの顔が出てくれば,この状況を一気にひっくり返せるかも知れない」

 この局面でそれでもいたずらをしようとするその大胆さに内心で舌を巻きながら,そう説明する。

「え!?ちょ…待って…あ!」

 驚いたリリーは,こちらの言葉の意味を考え,そして即座に答えを導き出す。

「…まさかボスは…あの大尉が”紅き流星”じゃないかと思ってるの?」

「えっ!?」

 今度はユーリエが驚きの声を上げる。

「…あくまで憶測だが,な」

 さっきとは別の意味で,また内心で舌を巻きながら頷いて見せる。

「ど,どうして…?」

「あれだよユーリエ様。あのあり得ない決闘…そっか,なるほど…この間もそれを考えていたんだね,ボス」

「…ああ」

 魔法書の頁数から見てもこちら方面に適性があるのは間違いないが,それにしてもリリーは恐るべき推理力と洞察力とを発揮するようになった。いや,もしかしたら直観力とでもいうべきものなのかも知れない。

「あの時も,ユーリエ様にも『大いに関係のある事』って言ってたもんね。…今まで気づかなかったのはしくじったけど,言われてみれば全然『あり得ない仮定』じゃないよ」

「…そ,そうか…」

 全体的な緻密さや安定はともかく,単純な読みではひょっとしたらもうリリーの方が深くなっているのかも知れない。ふとそんな事を思う。

「で,でも…それならどうして名乗りを上げないのです?」

(…)

 できればそこには触れてほしくなかったが,状況的に避けては通れない。また悲しませる事になるのか,と気後れする。

「理由は分からないけど…その方がエリィの為だと思ってるんじゃない?」

(!)

 しかしさらりとそれを受け流すリリー。さすがにそこまでは読めなかったのか,それとも思い至った上でうまく避けようとしているのか,こちらにもまったくその真意を窺い知ることができない。

「エリィの…?」

「うん。というか…彼の行動原理って,それだけでしょ?」

 苦笑するリリー。

「それはそうですが…」

 複雑な表情のユーリエ。

「でもさ…」

 と,そこで再び考え込むような仕草を見せてリリーは言う。

「正体を明かしたくない何かがそこにあるんだったら,それをこっちが強引に晒しちゃうのは…」

「!」

 しまった。その可能性をすっかり忘れていた。

「最悪,彼かエリィかの少なくとも一方に,致命的な何かが起こるかも知れないけど…それでも?」

「…確かに,軽々しく決められる問題では無いな」

 素直に思慮不足を認める。

「…その是非について,二人にも考えてもらいたい」

「…」

 ユーリエの表情に緊張が走る。

「…まず,取り返しのつかない何かだが…これは必ず起きるとも限らないし,本当に取り返しがつかないかも定かではない」

「うん…まだあの大尉が”流星”と決まったわけでもないしね」

「…だが起こってしまってからではやはり取り返しがつかない。だから,その回避を最優先するならば手を出すべきではない」

「そうですね…」

 ユーリエが頷く。

「…しかし。我々にとって今回が,現状を打破する最大にして最後の機会である可能性もある」

「!」

「…手を出さないという事はつまり…この機会を諦めて次に,あるかどうかも定かでない次に期待するという事になる」

「…っ」

 言葉に詰まるユーリエ。確かにバナドルスが勝てば,戦線を再び押し戻せば可能性はある。だがそれはお互いの命運を賭けた激戦となるはずだ。そこには当然,バナドルスとエリィ,あるいはバナドルスとあの大尉の直接対決もあり得る。

 戦況にもよるが,”流星”でもなければ五分の勝負でバナドルスが負けるわけはあるまい。だがその戦況が彼に,エリィの命を救えるほどの手加減を許してくれるとも限らない。

「…傍観も…覚悟を以て選択しなければならないという事だ」

「…」

 言うべき言葉を見つけられない,そんな重苦しさがユーリエの表情に暗い影を落とす。

「ね,ねぇ…例えば,エリィにそれと分からない形で,彼が”流星”かどうかを確かめる事はできないかな?」

「!」

 しかし。リリーの言葉がそこへ一筋の光明をもたらした。

「…そうか,まだその手があるか」

「え!?あるの!?」

 どうやら今回は,苦し紛れの破れかぶれだったようだ。言った本人が目を丸くする。

 だが,決して諦めないその姿勢にどれだけ助けられてきた事か。心の底から,あらためてリリーに感謝する。

「…確実ではない。だが,試してみる価値はあるだろう。…父祖,勝手な物言いだが,貴方にも協力を頼めないだろうか?」

<…何をするつもりだ>

「…”流星”ならば,一度その感覚に触れた事のある我々にはそれと判別できる」

「え?でも…この間は何も感じられなかったって言ってたよね」

 リリーが言う。

「…水晶球越しで,反応が弱かったという可能性もあるのだ。それに,それこそ何らかの事情で,”流星”が己の力を隠している可能性もある」

「あ…そうか」

 リリーは瞬時にさまざまな可能性を検討したようだ。すぐに納得した顔になる。

<しかし,何も感じられぬな…>

「お,父祖おじいさま…」

 複雑な表情のユーリエ。さすがに即答過ぎる。範囲内の全てをごく当たり前に見ている父祖でもなければ,直情径行の親バカと言われても何も言い返せまい。こんな状況だというのに,不謹慎ながら思わずそう考えて心の中で苦笑する。

 だが父祖がこちらの気持ちに添おうとしてくれているのも解る。理屈で考えれば頼る方も応える方もいかがなものかであるが,今はとてもありがたい。

「…今はまだ,それほど危機的な状況ではないからな。それを出さねばならぬ状況に追い込んでみて,それでどうなるかを確認すべきだろう」

<なるほどな。会見の場で圧をかけるつもりか>

「…ああ」

 仮に力を失っていればそれでもどうにもならないかも知れない。だが全力を以てその危機に対処しようとすれば,たとえ残滓程度であろうとも全てをかき集めようとはするはずだ。それを感じられれば見分けはつく。

「…それに,希望的観測まで含めるなら…こちらがそれを確かめるまでもなく,向こうから上手く立ち回って来るかも知れない」

「それだと楽なんだけどね…」

 リリーが苦笑する。まぁな,と苦笑を返して,すぐに表情を引き締める。

「…ともかくだ。そこまでで判ればよし,そうでなかった時の最後の手段が…」

「私の直接攻撃って事だね?」

「…そうだ。だが,それをすべきかどうかは意見を聞きたい」

「…」

 そこで沈黙が訪れる。

「私は…それでもやるべきだと思うな」

 しかしそれを破ったのはやはりリリーだった。

「リリーさん…」

「だってさ…戦う事そのものを回避できる可能性があるのは,それだけだよね?」

「!」

 ハッとする。それがハンの志だった。自分は,それに添おうとしていたはずだ。このところの苦境ですっかりそれを思い描けなくなっていた自分を,リリーは今も確かに支えてくれている。

「アリシアの女王と漆黒将軍,それに伝説の龍戦士が揃えば…極端に言って,連合も帝国も制圧できる」

 だが,ぐいっと握り拳の親指を立てたリリーが,またいつもの斜め上の暴走を始める。そこがらしさと言えばらしさだが,これもまたいつものように肩透かしを食った格好になる。

「…おい」

「こっちが用意した対話のテーブルに,力尽くで座らせる事ができる…って意味だよ」

 しかしリリーはそこで,さらに斜め上を重ねてくる。

「!」

「もちろん,形の上でだけどね。少なくとも陛下は,こっちのお芝居に笑って乗ってくれるよ」

 そう言って,にっこりと笑うリリー。

「…そうだ,な…」

 まだ見ぬ手紙の内容がわずかに引っかかるが,頭を振ってその弱気を振り払う。

「…女王は…」

「将軍の御心のままに」

 優し気な微笑みをたたえてユーリエは言う。

「…分かった」

 頷く。

「…では,指示は私が出す。頼んだぞ…リリー」

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