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微妙な関係

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 突然の出現。相手にはそう認識されたに違いない。

「!?」

 エリィが弾かれたように椅子から腰を浮かせてこちらを振り返る。そしてこちらを認識し,その目が大きく見開かれる。

「ちょ…ま…」

 己の参謀を振り返るエリィ。

「馬鹿な…」

 その参謀の驚きは,エリィのそれを上回っていた。こちらを見てそう言い,それっきり絶句するノーブル。

 視界の隅で,ユーリエも目を丸くしている。彼がこれほどの狼狽を見せるがよほど意外だったようだ。

(…ほぅ)

 しかしクーラは,さすがは騎士役を買って出ただけのことはある。ほんの一瞬驚きを見せただけで,すぐさま臨戦態勢をとっている。しかもこちらに気取らせないよう,自然体のままでだ。少しでもこちらが妙な真似をしたら,たとえ不意打ちでも攻撃するという意思が窺える。

(…判断か,あるいは経験か…)

 ”流星”だとすれば後者。でないとすれば前者で,この一瞬で彼我の実力差を感じ取ったという事になり,かなりの手練れと言える。

「…驚かせたようだな。少々事情があってこうなった」

「…!」

 そこでハッと我に返り,臨戦態勢を取ろうとするエリィ。

「…手紙を…持ってきてくれたのだろう?」

 それを手で制しながら言う。

「え?え,ええ…」

「…これでも,冒険者の流儀は弁えているつもりだ」

 警戒を解こうとして,思わず口が滑る。

「え,え…?」

(…そう言えば,初めて逢ったあの晩も口が滑ったな)

 その時の事が懐かしく思い出されてしまい,思わず口元に微笑が浮かんでしまいそうになるのをこらえる。

「…陛下に請われて将軍となる前は冒険者だった。それだけの話だ」

「…」

 ぽかんとするエリィ。

「…クーラ大尉,だったかな?」

 そこで視線をクーラに移し,言う。

「ええ…お初にお目にかかります」

 自然体のまま飄々と答えているようには見えるが,クーラは臨戦態勢を崩そうとしない。

「…すまないな。椅子を…用意させれば良かったな」

「いえ,お構いなく。無理を言って割り込ませてもらったのはこちらです」

「…そうか」

 そう言って歩き出し,エリィには座るよう促しながら,彼らを刺激しないようにやや遠回りで卓の反対側へと向かう。

「…さて,分かっているとは思うが一応挨拶しておこう。帝国の漆黒将軍…ヴァニティだ」

 そう言って一つ笑って見せて,椅子へと腰を下ろす。

「あ,あの…”風”のエリィです…」

 どう接していいのか分からない,と言った複雑な表情でそう言い,ぺこりと頭を下げるエリィ。

「…久しいな。元気そうで何よりだ。一時はかなり心配もしたが」

 それを見てまた口が滑る。

「!?」

 目が点になるエリィ。

「な,な,何を…」

「…ああ,いや…」

 しまった。これではかなり危険な奴だ。かといって今はユーリエの名を出すわけにも裏事情を明かすわけにもいかない。

「…その話はおいおい,な…」

 結局そこはそれで誤魔化すことにして,ノーブルとクーラを気にする様子を見せてやる。

「あ…は,はぁ…」

 こちらがあの晩の事を秘密にしておこうとしている,おそらくはそう思い当たったのであろうエリィは,どうやら彼女自身もできればそうしたいと思っていたようで,曖昧な返答でお茶を濁す。

「…で,そちらが…」

「こうして近くでお会いするのは初めてですね,将軍。私はノーブル」

「…”仮面の賢者”の噂は聞いているよ。先のマイシャでもかなりの活躍だったと…」

「将軍ほどの方に覚えて頂いていたとは,光栄です」

 にこやかに笑いながら言うノーブル。  

 それに笑みを返してから表情を引き締め,口を開く。

「…では早速だが,その手紙を見せて頂こう」

「あ,は,はい…」

 あたふたとエリィがバックパックから手紙を取り出し,こちらへと差し出す。

「どうぞ…その…白廉将軍からの手紙です…」

「…これか」

 それを受け取って,裏返す。

「…ん?しかしこれには,差出人が書かれていないが…」

「え?」

 エリィがまた目を丸くする。だがそれは,上位古代語を読めない彼女にとっては当然の反応だ。

 裏面に書いてある上位古代語,彼女はそれが差出人の署名だろうと思っていたのだ。

「ええ,そうです」

 そこでまたノーブルが口を挟む。

「書いてあるのは暗号めいた一文と一字だけ…正直,少々不自然さを感じながらここまで参りました」

「…これは,間違いなく白廉将軍からの物なのか?」

 エリィに視線を移す。

「え?え,ええ…そのはず…」

 どぎまぎするエリィ。

「そのはずではありますが,とはいえ…」

 再びノーブルが口を開く。

「本当にその中身を白廉将軍がお書きになったかも定かではありません。我々には彼の筆跡を鑑定する事もできなければ,その手紙を開けて中身を見るような信義に悖る真似もできませんから」

「…それもそうだな」

 苦笑する。

「おや?」

 と,そこでノーブルが声の調子を変える。

「…何か?」

「いえ…確か将軍は,我々が手紙を届けに来ると知った上でここまでの案内を出したと思っていたのですが。予めご本人から連絡を受けていたのではないのですか?」

「…」

 さぐりを入れてきたか。だが勿論,父祖が報せてくれたなどと言うわけには行かない。

「…そこは軍機でな」

 適当な口実を創作する必要もあるまい。そう判断し,意識して素っ気なく言う。

「これは失礼を致しました」

 素っ気なく返して,頭を下げるノーブル。

「…」

 再び裏面の文字を眺める。ああは言ったが筆跡はほぼバナドルスのものと見て間違いないし,こんな事をする可能性があるのも彼だけだ。だから差出人については疑う余地は無い。

(…封印プロテクトがかけられているのか)

 元の世界の封書に見られるような封は無い。どこから開けるのかも全く解らないそれは,力づくでこじ開けるか封印を解くしかない。

 だがこじ開ける必要は全くなさそうだ。

 書かれているのは<皇帝の十八番>と<宙>。自分にとっては考えるまでもない事で,バナドルスもそれを狙ってこれを選んだのだろう。

<…け>

 パチンッと小さな乾いた音を立てて封が開く。

 中の書状を取り出そうとして,その奥に目を丸くするエリィの姿を認める。

「…どうした?」

「ま,魔法…」

「…この程度は一般教養だ」

 また苦笑する。

「うぐ…」

 悔しそうな悲しそうな怒った表情をするエリィ。

「…封印をかけたのは先方だ。私はただそれを…」

「私は読めなかった!」

 それに少しばかり罪悪感を感じて補足をしようとしたが,そこで遂にエリィが切れる。

「どうせ私は教養の無い…」

「…すまない」

「えっ!?」

 そこでまた目を丸くするエリィ。

「…そういうつもりで言ったのではないが,辛い思いをさせたようだ」

「…」

 素直に謝ると,ぽかんとするエリィ。

「…そういちいち驚かれるのは,さすがにあまり気持ちの良いものではないな」

「え…?」

「…それほど不思議な事をしているわけではあるまい?」

 今度は微笑が浮かぶ。不思議とこのエリィとの対峙はこんな展開になってしまう。

「そ,そんなワケないでしょ!?あり得ないわよ,私たちは敵…」

 そこで彼女を見据える。言葉に詰まるエリィ。

「…そうなのか?」

「う…」

「…ならばなぜここまで来た?命を捨てに来たとでも言うのか?」

「…っ」

 さらに奥に居るクーラが,やや前かがみになる。もちろん,いざとなったら飛び込むためだ。

「少なくとも今は,敵ではありませんね」

 そこでノーブルが割り込む。

「私たちは依頼を請けてここまで来ました。そして将軍はその依頼先。少なくとも今は,そういう関係です」

「…そういう事だ。今はまだ,な…」

 そう念を押して,視線を手紙に戻す。視界の隅の方で,クーラが前傾を解く。

「…それに」

 中身を取り出しながら口を開く。

「…これから学んでも遅くはない」

「えっ…?」

 また目を丸くするエリィ。

「…さして難しい事ではないのだ。気に病むくらいなら,さっさと克服してしまえば良いさ」

 微笑を浮かべながら中身を確認する。折り畳まれたそれの表には宛名である自分の名,裏に差出人であるバナドルスの名が記されている事だけを確認し,それを元の通りしまう。

 まさか目の前で待たせたまま読むわけにも行かない,それどころかそちらが今後の命運を左右する重大事。そう判断しての事だったが,まさかそれが誤りであったとは,その時は夢にも思わなかった。

「ちょ…な,なんであなたにそんな事心配されなきゃなんないのよっ!」

 むきになるエリィに苦笑して,そこで意識を完全にそちらへ向けてしまう。

「…役作りの為にも必要だろう?」

「えっ…?あ…!」

 一瞬ぽかんとして,その次の瞬間にはハッとするエリィ。

「…聡明で思慮深く気品に溢れるアリシア女王を演じているのだ。そのくらいはしてほしい所だな」

 笑みを絶やさないまま,いよいよ本題へ向けて踏み込んだ。

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