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長い夜再び・述懐

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

「ふぅー…」

 紅茶を飲み干し,長く息を吐いて,リリーは身体を弛緩させる。

「うん,落ち着いた。それじゃぁいよいよ…」

 手で頬を二度三度と叩き,その手を揉みしだき,神に祈るようにそれを組み合わせて口元に持っていくと,真っ直ぐこっちを見つめて言うリリー。

「…それほどの準備が必要な事か?」

「そりゃあそうだよっ!私にとっても一大事!」

 即答。

「…よく分からんが…」

 まぁいい。ともかくこちらとしては,言葉にして思考を整理できればそれでいい。

「…私が女王を好きか嫌いか,だったな。…実際問題としてはそれほど単純ではないが,敢えて言えば好きの部類だ」

「ふむふむ」

 目をきらきらさせて頷くリリー。前にもこんな彼女を見たな,と思い,エリィとシャルルの間柄をあれこれ詮索していた時の様子を思い出す。

「…好感,なのだろうな。当然と言えば当然だが,女王は我々に理性的に接しようとしてくれた。こちらが信頼した分に関して,それ以上の存在であろうとした。国や立場の上でのメンツというものもあるだろうが,やはり本人の性格によるものも大きいだろう」

「ふむぅ…」

 ちょっとトーンダウンするリリーの頷き。

「…無論,私は陛下の名代としてここへ来ている。女王がどんな人物であったとしても,陛下の使命にかけてその幸せを確保する事にはなったのだろうが。女王が彼女であったこと,彼女に出逢えた事は素直に良かったと思っている」

 確かこれは,直接ユーリエにも同様の事を話したような気がする。確かあれは,リリーがこちらの秘密をユーリエに語ってしまい,それを書庫で問いただした時の事だったか。

「むぅ…」

 リリーは唸る。

「…次は,女王がこちらをどう思っているか,だったか?」

「うん」

「…それは正直,どちらでも構わ…」

「えー?」

 不満そうにこちらを遮るリリー。

「…もちろん,好いていてくれるならばそれは嬉しい。彼女の信頼を勝ち得る事は,名誉と言って差し支えない。これまでやってきた事が認めてもらえるならば,それは報われる思いだ」

「ほぅほぅ」

「…だが,女王がそれで流されてしまうというのなら話は別だ。あくまで彼女はアリシアの女王。その命運を背負って立っている。…人の上に立ってしまったからには,その覚悟を持たねばならない…」

「じゃぁ何?ユーリエ様がそれを捨てるって言っても,それは許されないって言うわけ?」

 呆れたように言うリリー。

「それって前時代的だよ,ボス」

「…元の世界ならばまったく反論も無いな。化石であるという自覚はあった。だがこちらは…まさにその前時代だ。世の中全体の価値観がそうだ,という意味でな。だから…彼女がこれからもここで生きていく事を考えれば,それは止めるべきなのだ。帝国の勝利が遠のきつつある今はなおの事,な…」

「ふーん…じゃぁさ,ちょっとたらればの話をしても良い?」

「…どんな?」

 意表を突かれて思わず聞き返す。

「もしボスが,ユーリエ様を連れて,元の世界の元の時間に戻れたら,それならOKなの?」

「…な,に?」

 元の世界だと?しかも,元の時間に,だと?そんな事が可能なのか?

「あ…ゴメン,ただの仮定の話。そういう技術が確立したわけじゃないよ。でも質問の趣旨としてはそんなとこ。多分ボスも,これだけ時間が過ぎた後に今更元の世界へ戻っても,って思っているだろうけど…もし元の時間へ戻れて,しかもそこへユーリエ様がついてきちゃったら…」

「…なるほど,たらればの話だな」

 苦笑する。

「…もしなし崩しにそうなったのならば,全力で彼女を護る。だが…彼女に選択の余地があるとするならば,やはり私はこちらへ残る事を勧めるだろう」

「何でー!?全てを捨ててでもボスと一緒に居たいって言ったら…」

「…やはり住む世界の違いは大きいだろう。我々は…運良くこちらの世界に適合できたと言って良い」

「そ,それはそうだけど…」

 ごにょごにょと口ごもるリリー。

「…だが,それは裏を返せば,適合できなかった者が居るという事でもある。常識的に考えて,我々のようなケースの方が少数派なのだ」

 黒軍の面々もそうだ。帰還者にしてもそうだ。

「…それに。私も元の世界では異端の部類だったが,さりとて何の未練も無かったわけでは無い。彼女ならばそれは私の比ではあるまい」

「うーん…なんか上手く騙されてるような感じだよね…」

 ぼりぼりと頭をかくリリー。

「…偽らざる本心だが…」

「あ!そうか,そういう事だ!」

 こちらを遮ってリリーは叫ぶ。

「今のボスの言い分だと,ユーリエ様が全てを捨てる決断をしてしまったら,全力で護るはずだよね?でもそれじゃ,やっぱりボスが今ここに居るのがオカシイって話になるじゃない!」

「…おかしい?」

「そうだよっ!ユーリエ様が全てを捨てても良いって言ってるのに,ボスはチートでそれをリセットしようとしてるじゃないかっ!」

「…出逢い方が,悪かったのだ。女王もそう言っていたが…」

 自嘲気味な笑みが浮かぶ。

「何でっ!?」

「…私は帝国軍の将軍だ。陛下の名代としてここに居る」

「結局仕事優先で,ユーリエ様の事は何とも思ってないって事!?」

「…いや,逆だ」

 こんな事を考えるのは不謹慎かも知れないが。リリーが感情をストレートに表現してくれているからこそ,自分は冷静に自分を見つめる事ができるのかも知れない。

 もしかしたら彼女が,自分の中にある感情の部分を代弁してくれているのかも知れない。そんな,いつもなら一笑に付しそうな非現実的な事を思ってしまう自分が居る。

「えっ…?」

「…私は女王に逢えたことを…幸せだったと思っている。だからこそ…その機会を与えてくれた陛下に感謝している」

「!」

「…だからこそ。その恩を仇で返すような真似はできない。女王の事を思えば思うほど…帝国を捨てられない。いや…陛下に報いねばならない…」

「ボス…」

「もともと,私のこの命は陛下に拾われたものだ。それがなければここへ来る事も,女王に逢う事も無かったのだ。だから…」

「じゃ,じゃあ!もし陛下がそれを許したら,そうするって事!?」

「…リリー…それをお前が言うのか?」

 そう言ってはじめて,自分とハンとの関係がちょうどリリーと自分の関係である事に気づく。

「うっ…」

 リリーは言葉につまる。

「…もしや」

 そこでふと気になる。

「あ,そ,それは今は関係ないよね?ね?」

 途端にうろたえるリリー。

 例の装置で彼女が自分だけその存在そのものを消し去っている理由。それはつまり,余計なしがらみを作って板挟みにならないための予防策。こちらとの関係を優先させたうえでアリシアと繋がっている部下たちよりも,はるかに厳格にこちらを優先しようとしているという事か。

「…そうか。ならば私の行動をとやかく言われる筋合いも無いな?」

 くすぐったい。不謹慎だが確かにそんな感覚を認めて,思わず苦笑してしまう。

「そ…そんな事は無いよっ!私はボスの幸せのために…」

「…私の事など気にするな。自分の為に生きるのだ,リリー…と,いつも言っていただろう?」

 つまるところそれは,ハンがいつも自分に言っていた事だ。

「う,うー…」

 半分泣きそうな顔のリリーにまた苦笑して,しかしすぐに表情を引き締める。

「…私の記憶が消えぬのならばそれで良い。むしろそれは甘んじて受けねばならぬ罪だ。父祖の記憶が消えぬのならばそれも良い。迷惑かも知れぬが,父祖には永遠に証人となってもらえば良い。だが…女王がそれで苦しんではならぬのだ」

「…」

 口を真一文字に結んで,下を向いてじっと押し黙るリリー。

「…だからリリー…」

 だがここは折れてもらわねばならない。

「…」

「…リリー?」

 しかしそこで違和感。

「そんなの嫌だ」

「…おい」

「ボスだけが全てを背負って悪者になるのは嫌だ」

 きっと顔を上げてリリーは言う。

「…やむを得ない事だ」

「そんな事ない!ユーリエ様だって反対する!というか…そんな事をしたら,ユーリエ様は一生私を恨む!」

「…っ」

 現実問題としてはそんな事は無い。その記憶が無くなるのだから。しかしリリーの言いたいことも分かる。恨むに足る事実をもユーリエから消し去ってしまうだけなのだ。

「…辛ければ,お前も…」

「ボスの分からず屋!!」

 リリーが叫ぶ。

「オクテ!カタブツ!鈍感!朴念仁!絶滅危惧種!いけず!」

「…お,おい…」

 あまりの剣幕に,思わず腰が引ける。

「ユーリエ様が,どんなに辛くたって,ボスとの思い出を忘れたいと思うわけ無いじゃないかっ!!」

 まくしたてるリリー。

「そんなユーリエ様から記憶を奪わせるなんて…ボスの事を想ってくれる人からボスの記憶を奪えなんて…拷問じゃないかぁ…」

 遂に感極まり,ボロボロと涙をこぼす。

「…リリー」

 下を向き,腕でぐしぐしと目をこするリリーだったが,再びきっと顔を上げる。

「ほんとは私が言っちゃいけない事なんだけど…ボスが分からず屋だからどうしようもない…」

「…?」

 言葉の意味を測り兼ねる。だが次に発せられた言葉は,手ひどく私の頭を殴りつけた。

「ユーリエ様を後押ししたのは,私なんだ…」

「!?」

 頭が真っ白になり,それで,もともと自分が何のためにここを訪れたのかを思い出す。

「なん…だと…?」

 それでは,あのおよそ正気の沙汰とは思えないユーリエの行動は,リリーの入れ知恵によるものだというのか?

「どういう事だ,リリー!」

「…」

 恨めしそうにこちらを見るリリー。

「さっき私が言ったのは,推測なんかじゃなくて…事実だって話だよ」

「!?」

「もういいよ…ボスも正直に話したんだから,私も全部話すよ…」

 溜息をついてリリーはそう言った。

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