方針転換
私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。
また少しの時間が過ぎていた。
クラルフが戦死し赤軍が壊滅的な損害を被ったことで,帝国の方針も大きな軌道修正を迫られた。
もともとはバナドルスが育てた志願兵たちが赤軍の任を引き継ぎ,赤軍の中で経験を積んだ者がクラルフの任を引き継いでそれを指揮する。それにルトリアの治安維持を任せ,赤軍は青軍に代わってマイシャへ入るというシナリオだった。青軍の規模は大幅に縮小,または解体され,帝国は妖魔とも邪神とも手を切ったと示した上で堂々と最後の決戦に臨む,そういう算段だった。
だがそれは根底から覆されてしまった。クラルフをはじめ次代の帝国を担う人材を悉く失ってしまった帝国は,建国以前の状態に,いや,より深刻な戦力不足に陥ってしまった。
とはいえルトリア領をこれ以上切り取られては版図が分断されてしまう。帝国としては何としてもそれだけは避けねばならなかった。
「…バナドルスを?」
しかしそれが分かっていても,思わずそうルマールに聞き返さずにはいられなかった。
「ああ。連中は脅威だよ。無能は言わずもがなだが,生半可な者をあててこれ以上犠牲を増やすわけにもいかない」
水晶球の向こうで肩をすくめる覆面。
「…だが…」
確かに言いたいことは分かる。クラルフを討ち取れるほどの脅威なのだから,クラルフ以上を充てなければならない。
自分がここから動かず,ハンが自ら前線に立って龍戦士級と対峙するリスクを避けるとすれば,残るはルマールかバナドルスしかいないだろう。だがルマールは帝国の政務を取り仕切る要だ。となればバナドルスしかいないのも自明の理だ。守勢を得意とする白軍も,状況からみて最適任と言える。
しかし。バナドルスがルトリアへ赴けば,帝都の守りが薄くなる。あるはずがないと思われた砂漠を越えた外敵の侵入によってクラルフが討たれた以上,手薄になった帝都が直接侵攻されてしまうことも考えなければならない。
「言いたいことは分かるよ,将軍。だが背に腹は代えられない」
「…」
「できればこちらも,将軍に任せたいところなのだがな」
ごく普通に考えればアリシアとマイシャを放棄して前線をガイカース辺りまで下げるべきだ。それも分かる。
「…すまない」
だがここでアリシアを放棄してしまえば,全ての計画が狂ってしまう。内情を知ってしまったユーリエはきっとエリティアの説得にかかり,アリシアの立場を悪くしてしまうだろう。しかも内情の暴露で起死回生の目が生まれた連合がそれに乗るとは思えないのだ。
エリティア単独ならば可能性はある。だが聞くところによれば,すでにエリティアには膨れ上がった軍を自力で支えるだけの体力がなく,それを何とか維持するためにルトリアから資金が流入しているというのだ。
決めつけるのもどうかと思うが何せあのルトリアだ。金だけを出してそれで済ませるわけもない。かなりの発言力を持っていると考えるべきだろう。そしてそんな彼らがアリシアの裏切りともいえる提案に乗るとは到底思えないのだ。
「やむを得んさ。白軍が抜ける穴は何とか埋められる目途も立ったし,こちらで何とかする」
「…目途?」
また思わず聞き返す。そうそう簡単に埋められるのか?そんなことが簡単にできているなら,そもそも今までの戦いはもっと楽だったはずだ。
「実は最近,新しい技術の実用化に成功してな」
ふふん,と自慢げに鼻で笑ってルマールは言う。
「…それは?」
「先のマイシャ防衛の折に送った飛行兵。あれの中に,魔法生物が居たのは知っているか?」
「…動く彫像のようなモノが混じっていたのは見たが,それの事か?」
「そうだ。あれはもともとは最も深き迷宮にあった,古代王国時代の産物でな」
杖で支配ができたために興味を持って調べていたが,その原理が解明できたとルマールは言う。
「手法的に同じというわけではないが,理屈上は再現できたというわけだ」
「…では,それに帝都を守らせるということか?」
「ああ。数をそろえれば何とかなるはずだ。飢えも疲れも知らず,必要が出るまではただの置物だというのも大きい」
「…それは…」
ふっと,父祖の事が頭に浮かぶ。そしてその漠然とした不安は,継がれたルマールの言葉によって明確な形を与えられた。
「簡単に言うなら,昔あったという話の魔操兵戦争。その魔操兵のようなものだな」
「!」
アリシアにとっては苦い過去。あの悲劇を最後にすべく永久に放棄されたという手法だ。
「…それは,凄いな…」
複雑な内心を悟られないよう,慎重に言葉を発する。だが確かにその言葉にも嘘はない。今ほど神々や龍や古代語が縁遠くなかったその当時ですら,それを駆使できていたのは魔法大国たるアリシアのみだったのだ。そんな手法を独自に編み出すとは。
「…だが…」
それはルマール,あるいはハンの,龍戦士の力を消費してしまっているのではないか。
「心配は要らん。封印を二つ解いたことで,この辺りは邪神の力がかなり強まっているからな。それを媒体にしているので陛下の負担は全くない」
「…そうか」
”紅き流星”との接触の時に用いた通信装置を思い出す。リリーが父祖の力を借りてやったことを,ルマールは邪神の力で,しかも比べ物にならぬほどの大きな規模でやるというわけだ。
しかし不安は拭えない。いや,別の不安に置き換わったと言うべきだろう。そもそも邪神の力も未知数なのだ。これまでと同様に必要に迫られている事は分かる。だが,それを使うことでどこにしわ寄せが行くか知れたものではない。
「…」
対話を…と口に出しかけてその言葉を飲み込む。さすがにもう取り返しはつかない。クラルフは還らないのだ。天下国家の為ならばあるいはその決断もありなのだろうが,それを決めるのはハンだ。その立場にもなければその器もないと分かっている自分では,到底その言葉に責任を持てない。
「まぁこれでルトリア領が落ち着いてくれなければ困るのだが,黒軍レベルが相手となれば楽観はできん。…将軍,アリシアの攻略を急いでくれ。こちらは猫の手も借りたいところなのだ」
実際は猫の手では焼け石に水だがな,とルマールは肩をすくめる。
「…ああ。…ルマール」
「なんだ」
「…無責任な言葉になるのは重々承知の上だが,身体には気を付けてくれ」
「!?」
思わずのけぞり,かけていた椅子ごと後ろに倒れそうになってルマールは慌てて持ちこたえる。
「な,な,な,何を言い出すんだ突然!?将軍っ!?」
「…私を何だと思っているのだ?負担を強いていることを申し訳なく思うのがそれほど不自然な…」
「あー…」
ぼりぼりと覆面の上から頭をかいて,ルマールは呆れたような声を上げる。
「そういえばそうだった。お前はそんな,人の弱みに付け込んで不意打ちでずかずかと人の心の中に入り込んでくる奴だったな…」
「…心外だな」
何よりもまず,不意打ちという単語に自尊心を傷つけられる。
「ふん。こちらの心配をする暇があったら,さっさとその調子でアリシアの女王を攻略しろ。そこさえ片付けば私の苦労も減る。すべてが好転するのだ」
「…っ」
「私を不必要にう…うろたえさせたのも。元はと言えば将軍が長々と不在にしているのが原因なのだぞ」
土足でと言わなかっただけでもありがたいと思え。とぶつぶつ付け加えるルマール。
「…すまない」
「頼んだぞ?帝国の誇る至宝,漆黒将軍殿?」
ふんっと一つ鼻を鳴らしてから皮肉たっぷりにそう結んで,ルマールは一方的に通信を切った。
「…」
天井を見上げて大きく一つ溜息をついた。
◇
「…女王,頼みがある」
「あ,将軍。何でしょ…う…」
例によって例のごとく。リリーと楽しく談笑していたらしいユーリエはその表情のままこちらを振り返り,そしてこちらの表情を察して途端にそれを曇らせる。
「あの…将軍,また何か良くないことが起こったのですか…?」
「…」
変化があったといえば,こちらをごく自然に慮ってくるような様子が見られるようになった。だがそれもそれで,こちらの申し訳なさが際立つような気にもさせられる。
「…また,書庫を案内して欲しいのだ」
「ええ。構いませんよ」
なんだ,といった様子で苦笑するユーリエ。できる限りの手伝いをすると決めた彼女にとってはもはや造作もない事の部類に入ってしまっているようだ。だが,これからこちらが言おうとしているのはそんな彼女をすら狼狽させるような事だ。それが分かっているだけに余計に辛い。
「で,今回はどのようなものをおさがしに?」
こちらの気後れなどお構いなしに核心へ直接触れてくるユーリエ。
「…知りたいのは,魔操兵の業だ」
「!?」
案の定。ユーリエの目が大きく見開かれ,彼女は思わず漏れ出そうになる悲鳴を抑えるべく口元に手をあてがう。
「あ…の…り,理由をお尋ねしても…?」
「…もとよりそのつもりだ」
帝国の軍事機密を知ることには相変わらず抵抗のあるユーリエだが,だからといって秘密にするわけにもいかない。特に今回のこれは,言わなければ先に進まないのだ。
「…帝国が,どうやら魔操兵の業の実用化に成功したようだ」
「!!」
「ふえぇ…マジで?まったくの自己流でそこまでたどり着いちゃうの?」
さしものリリーも素直に脱帽,といった様子で言う。
「…最も深き迷宮で見つけた古代王国時代の造物を研究したらしい。だが…」
ここで言いよどんでもしかたがない,そう割り切って言葉を継ぐ。
「…引っかかっているのは,それが邪神の力を利用しているというところだ」
「邪神の…」
「…そうだ。リリーが父祖の力を使わせてもらうのとはわけが違う。どこにどのような悪影響を及ぼすとも限らない。私は私の責任において,少なくともアリシアだけはそれから護らなければならないのだ。そのためにはその仕組みを知っておく必要がある」
「将軍は…どこまでもお優しいのですね」
「…責務だ」
努めて冷静に,慎重に思考を組み立てて答える。
「分かりました。そういうことであればやむを得ません」
「…女王?」
しかしその細心の注意が,ユーリエの言葉と表情にほんのささいな違和感を感じてしまう。
「はい?」
「…事と次第によっては拒否するつもりだったのか?」
拒否したところで決定権はこちらにある。結末は変わらない。だがそれでお互いの気持ちが沈んでしまうのも事実だ。今のユーリエには,明らかにそれを回避できたことへの安堵が見られる。
それはつまり,それでも拒否したい何か,しかもこれまでとはまったく別次元での何かがあるという事だ。
「拒否権はこちらにはありません。でももう一つが目当てだったら…あ,いえ…」
やはりユーリエは安堵していたらしい。それにたまたま,こちらの聞き方がひっかけともなったらしい。そちらに意識を取られたせいかうっかりと口を滑らせる。
「…どういう事だ」
「あの…その…」
気まずそうにおろおろと,リリーの方をちらちら見るユーリエ。
「…女王」
いくらか語気を強める。
「…はぁ」
ややあって,しかし素早く考えをまとめたらしい彼女は諦めたように溜息をついた。
「分かりました。まずは書庫へ行きましょう。そこでお話しいたします」




