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大きな誤算

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 クラルフが出撃した翌日。私は約束に従い,事のあらましをユーリエに話した。

「…というわけで女王。もう間もなくこの戦いは終わる。もう少しの辛抱だ」

 ところがユーリエは,何やら難しい表情で黙っている。

「…女王?」

「気づいてあげなよボスぅ」

 そこでリリーが割り込んでくる。

「ユーリエ様は,ボスと別れたくないんだよ」

「…リリー,失礼だぞ」

「どこも失礼じゃないよ。それに,ボスだってそうじゃないの?」

 ちっちっと指を左右に振って,にやにや笑いながら言うリリー。

「…それは…確かにそうではないと言えば嘘になるが…」

 実際,ユーリエの天賦の才はかなりのものだった。このまま順調に技量を磨いていけば,たとえばあのエリィとも互角となれるのではないか,と思えるほどだ。

 それが途中で断たれてしまうのを残念に思っている自分が居るのは間違いない。

「絶対別の意味だよね,ボスのはさ…」

 ふぅ,と息をつきながら呆れ気味に言うリリー。驚きの表情でこちらを見つめていたユーリエも,やれやれといった表情を見せる。

「…別の?」

「あ,あの,私が気になっているのは…」

 あらぬ方向へととめどなく脱線するのを良しとしなかったのか,幾分うろたえながら割り込んでくるユーリエ。

「その,侵入者たちの事です」

「…侵入者の?」

 やれやれ,と肩をすくめるリリーには構わずに尋ねる。

「ええ…。”絶望と死の砂海”を渡って来るなど,常識的に考えて労多く幸少ない事です」

「…」

 だからと言って,絶対に無いとは言い切れないだろう。これまで全く予想すらしなかったのも確かだが,事実彼らはやってきた。

「しかし…もし彼らが元々こちら側の者たちで。こちらへ戻ってくることを願っていたと言うなら話は別です」

「…そんな者たちが居るのか?」

 頷くユーリエ。

「ただ…もし私の予想が当たっているとすれば,帝国にとってはかなり分の悪い戦いになると思います」

「…なに?」

「あの砂漠を越えて来ることができるということは,龍戦士の力を保っているとみるべきでしょうから」

「!?」

 予想外の言葉。

「え?ど,どういう事?」

「…女王,その話,もう少し詳しく聞かせてもらえるか?」

「あくまで推測の話,という事でよろしいでしょうか」

「…構わない」

 ユーリエは頷いて,言葉を継ぐ。

「結論から先に言います。…その者たちは,竜騎兵団の末裔たちではないかと思うのです」

「!?…しかし,竜騎兵団は…」

 魔操兵戦争の際に全滅したはずだ。

「正確には…竜騎兵団の妻子たちを祖とする者たちではないかと」

「…妻子?」

「はい。…先の魔操兵戦争で,団長シャルルをはじめとする竜騎兵団は全滅しました。しかしその最期があまりにも壮絶だった事,出た被害があまりにも甚大だった事で,一つの転機が訪れます」

「…」

「古ハイアム王国もそうですが,世界はおおむね,それまでは龍戦士に対して好意的でした。ところが,魔操兵戦争を境に,というよりも最後のあれを境に,それが一変したのです。つまり…制御のできない危険な存在という見方に変わったのです」

「…そうか」

 腑に落ちる。おそらくその後の群雄たちは大義名分として国土の安寧と復興を掲げただろうし,そのためにはシャルルを,龍戦士を諸悪の根源とする必要がある。一方の当事者としてシャルルやエレーナに同情的なアリシアとは,出発点そのものが違うのだ。

「竜騎兵団の妻子たちは…徐々に迫害されるようになっていったと聞きます。その後できた新しい国からも危険視され,居住区を制限され移住も認められなかったようです」

「そんなの,かわいそうじゃない…何も悪くないじゃない」

(…?)

 ささやかな違和感。リリーはハイアムの故事については知らないはずで,アリシア側から見ればあまり知ってほしくない情報ではなかっただろうか。

 だが近頃の二人の仲の良さから見れば何があっても不思議は無いのかもしれない,と思い直す。

「最終的には…その迫害の故の逆襲を恐れ,カイニ砂漠へと追放されたようです。余程世の中に絶望したのでしょうか,さしたる抵抗もないまま彼らは地平線の向こうへ姿を消し,二度と戻っては来なかったと伝えられています」

「…」

「アリシアは,救いの手を差し伸べませんでした」

 こちらの様子を察したのか,ユーリエは言葉を足す。

「いえ,できなかったと言った方が良いでしょう。アリシアが彼らを迎え入れれば,火種となるのは見えていました」

「…そうだな」

 心情的には迎え入れたかったのかも知れない。だがユーリエの言葉通り,それは新たな戦乱を呼ぶことになる。

「その後…長い時の中で,彼らの存在は忘れ去られていきました。しかし一度最悪となってしまった龍戦士への認識が改善することもありませんでした」

「…」

 カティの言葉が蘇ってくる。不確定要素は措くとして,自分はたまたま姉妹と出逢ったおかげで不幸にならずに済んだのだろう。

「私は最初に遭遇したのがオヤっさんだったのを感謝しないといけないね…」

 リリーがしみじみと言う。

「将軍。確か彼らは,エ=ツォーナに居ると仰いましたね?」

「…ああ」

「そこは,今は小さな街に過ぎません。すぐ近くには草木の生えない死の大地が広がっており,生産拠点としても軍事拠点としてもほとんど価値のない所です」

「…もしや…」

 死の大地と聞いて思い当たる。

「そうです。そこは当時,ハイアムの王都セヴンテイルの最外縁だった場所です」

「!」

 確か文献では,当代随一の威容と規模を誇ったセヴンテイルは,城壁の外にもかなりの居住地域を擁していたらしい。

 もし当時もそこに家族たちが住み,そしてあの大被害を免れたとすれば。それは十分に迫害の根拠となるはずだ。

「もちろん,戻って来たばかりでこちらの事がよく分からないという可能性もありますが…少なくとも他と比較してエ=ツォーナを拠点にしようとは思わない筈です」

「…それでもそこに留まるからには,何らかの思い入れがある,か…」

 聞けば聞くほど,ユーリエの推測に信憑性を感じる。 

「彼らが何を目指して戻ってきたのかは分かりませんが…敵に回すとすればこれほど厄介な相手は居ないのではないでしょうか」

「…」

「でもさ…」

 リリーがそこで割り込む。

「いくら竜騎兵団の妻子たちと言っても…ずっと力を維持できているとは思えないな…」

「そこがまた…察するに余りあるところなのですが…」

 表情を曇らせるユーリエ。

「竜騎兵団にはある掟がありました。彼らは部隊の戦闘力を維持するために,極力隊内での婚姻を行っていたのです」

「!」

「彼らはほとんど全員が血縁関係にあります。また,ハイアムでは落ちてきた龍戦士は優先的に竜騎兵団へ配属して,その強さを維持していました。…似たようなことはアリシア王家で今も続いていますが…」 

「…なるほど確かに,第一世代の龍戦士どうしの子ならば第二世代でも第一世代並みの素養を持つ事になる…」

「皮肉な事に…居住区の制限と,そしてこれもご丁寧に,落ちてきた龍戦士を例外なくそこへ押し込めるようになった事は,彼らの強さ,ひいては周囲に与える恐怖感の維持に大きく貢献しました。そしてそれが,追放の最大の根拠を担保する結果となったのです」

「…」

「ですが…」

 ふぅ,とため息を一つついて,悲しそうな表情でユーリエは続ける。

「戻って来たとはつまり…困難の末にたどり着いた向こうも新天地となり得なかった可能性が高い,と見るべきでしょう。だからこそ彼らは,悠久の時を経て帰ってきた…」

「…となれば,彼らはその資質を脈々と受け継いでいる…」

「断言はできませんが,その可能性は大いにあると思います」

「…まずい」

 大きくなる不安。竜騎兵団がどれほどの戦闘力を誇ったかは分からないが,黒軍と同等と考えただけでも赤軍には勝ち目がない。いくらクラルフが第二世代の龍戦士と言っても,龍戦士の数で見ればまったく相手にならないのだ。

「ボ,ボス…」

「…すまない。私は至急本国へ連絡を取らねばならない」

 そう言ってその場を辞し,足早に部屋へと向かう。出陣してしまったクラルフに連絡を取ることはできないが,ルマールならばあるいは何か起死回生の手を打てるかも知れない。

 部屋へ戻って水晶球を起動,現れた覆面に手短かに概要を話す。

「…というわけだ。ルマール,何とかこれをクラルフに伝える手は…」

「無茶を言うな」

 しかし溜息をつくルマール。

「いくら私でも,そうそうほいほい都合の良い手など出せんよ」 

 予想通りの答え。

「…無理押しか」

「当たり前だ」

「…だが…」

「分かっている。ちょっと待て,さしあたり伝令の飛行兵を出す」

 そう言ってルマールは,おそらく部屋の隅に控えていたであろう兵に指示を出すと,机上でペンを走らせる。

「…」

 ひどく長く感じられる時間が過ぎ,それを完成させたルマールは戻ってきた兵にまた指示を出してそれを持たせる。

「待たせたな,将軍。これで早ければ明後日の夕方にはクラルフのところへ届くはずだ」

「…そうか…」

 今日はもうすでに日が傾いている。帝都からエ=ツォーナまで丸二日で届くのであれば予想外に早い。

「…中身は何と?」

「『一度戻ってこちらの指示をあおげ』だ。時間もなかったので『将軍から憂慮すべき情報が入った,くれぐれも仕掛けるな』ともな」

「…そうか…」

「にしても…黒軍を敵に回すようなものだとはな。ほとんど守備兵もいない辺境の地をかすめ取られた程度と認識していたが…」

 そう言ってからルマールは,こちらを見て溜息をつく。

「かと言って和平は無理押しだぞ?本当にそれだけの戦力があるのかも定かではないし味方になるかどうかも怪しい。そんな連中のために妖魔を手放す余力など…」

「…分かっている」

「まぁ…案外,伝令が届く頃には鎮圧が完了しているかもな」

「…こちらの取り越し苦労で済むのなら安いものだ」

 ぜひそうあって欲しいものだ,と水晶球の向こうで肩をすくめるルマール。

「陛下にはこれから報告する。将軍,そちらもなるべく早く目途をつけてくれ」

「…ああ」

 右手をひょいと上げて軽く会釈すると,ルマールは通信を切った。

「…クラルフ…」

 伝令が間に合ってくれれば良い。あるいはこちらの取り越し苦労であって欲しい。

 しかし,その願いは遂にかなわなかった。

 それから四日後。往復してきた飛行兵によってもたらされた報。それは赤軍がほぼ全滅と言って差し支えないほどの打撃を受けてワ=ダオラへ敗走し,クラルフ以下指揮官クラスが悉く戦死したという,帝国にとっては最悪とも言えるものだった。

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