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侵入者

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 ユーリエとリリーが護身術として武術を習い,その対価,と言ってよいのかどうかはさておき,私とリリーが宮廷舞踊を習うと決まってから,さらにいくらかの時間が流れた。

 ユーリエは,どうやらそちらの方に天賦の才があったようだ。乾いた土が雨水を吸い込むように技術を習得し,教えているこちらが練習の時間を楽しみにしてしまうほどの急激な上達を見せている。

 リリーの自習装置シミュレータの開発にも協力しているらしく,それが反復練習の役割も果たしているようだ。行動を制限し手持無沙汰な時間を増やしてしまっているがゆえののめり込みではないか,といううしろめたさも手伝ってはいるが,ともかくその熱心さには敬服する。

 一方の宮廷舞踊の方は,思ったより簡単だった。舞神流が源流という説が信憑性を持ってくるほどに,足の運びが武道のそれと類似している。

 驚いたのは,おそらく元の世界の宮廷舞踊にはありえないと思われる演目,格闘舞踊があるという事だった。

 これは一定の足の運び,一定の攻防の取り決めを守りさえすればどんな流派の武術でも構わないというもので,さながら他流試合をしているかのような体になる。

 「機会に恵まれれば,将軍の指導の成果を披露いたします」

 そう言って微笑むユーリエ。確かにこれまで参加する術を持たなかった女王が,おそらくは既知のどの流派とも違う様式を披露する様を想像するのは心が躍る。しかもそれが,こちらへ来て伝授をほとんど諦めてもいた我が流派の業ともなれば,元師範代として感慨もひとしおだ。

 しかしやはり一方では,それでいいのだろうかという不安もある。魔法王国の女王が武術に手を染める事もそうなら,自分がそう染めてしまったという格好になってしまう事もそうだ。ユーリエのたっての願いと言うこともあって表情には出さないよう常に注意を払ってはいるが,やはりそれなりの居心地の悪さのようなものは感じる。

 現実問題として,軍関係者がほぼ国外追放となっている今のアリシアでは当面披露の機会は無い。だがそれもそれで懸念はある。将来的に我々が手を引き,アリシアがまた元の状態に戻ったとして,それは弁明の機会もない負の遺産となるやも知れないのだ。

 どちらも素人のリリーは,自身がそれを実行する事に関してはかなり苦労しているようだった。しかしそれでもまったくの素人にしては筋が良い,というのは共通した見立てだ。

 当人の意識としては,武術に関してはどちらかと言えばとにかく自習装置を作ろうという知的な欲求が勝っている。だから動きを体に叩き込む,というよりはその型をどれだけ正確になぞれるかという点に主眼が置かれている。

 だからとにかく型を崩さないようにと,それだけを意識してなかば機械的に取り組んでいるわけだが,龍戦士の力を持ち合わせているためそれだけでも十分にユーリエの組手の相手が務まっている。

 しかし一方の宮廷舞踊は,こちらはユーリエの並々ならぬ情熱もあってそういうわけにはいかず,相変わらず多少のひっかかりは感じているものの素直に指導を受けている。ユーリエがリリーに熱心に指導している様子は,仲の良い姉妹のようで見ていて心が和んだ。

 こんなことを言っては不謹慎かも知れないが,それは確かに,それなりに楽しくそれなりに充実した日々だった。

 その間に,帝国は再びトルサ攻略を試みた。

 エリィの情報が届かなかったのか理解できなかったのか,前回の攻略失敗が自分を外したことによるものだと公言して憚らないレヤーネン。しかし彼に任せたのでは勝てるものも勝てなくなってしまう。

 何とか彼のプライドを損ねないようにしながら勝つ為の作戦づくりに,ルマールは前回以上の時間と労力を使う羽目になったようだ。

 しかし結果は,やはりレヤーネンがルマールの策をぶち壊しにして,惨敗を喫することとなった。

 これはレヤーネンが功を焦って,よりにもよってエリィの居る所へ突出してしまったのが原因だった。当然のごとく窮地に陥った彼は自分の身の安全を最優先に守る命令を出し,それによって必勝の陣形が崩れてしまったのだ。例によってその始終をつぶさに見ていた私は,ルマールの怒りにただただ慰めの言葉をかけることしかできなかった。

 いつものごとく言い訳と責任転嫁に終始するレヤーネンを,しかしルマールは絞首台には送れなかった。クラルフ率いる赤軍が順調に実績を上げているという明るい情報はあったが,それでも青軍にとって代わるには,まだほんの少しだけ時間が必要だったのだ。

 だがさしものレヤーネンも今回は,内心ではかなり肝を冷やしたらしい。ハンの負担がかさんでいる事もあって再配備を躊躇うルマールをこれ幸いと,マイシャに籠ってしまった。勝利は収めたものの甚大な被害を出した連合にもこれを攻撃する体力はなく,戦線は膠着状態となった。

 それからまたいくらかの時間が,それも往時からは予想もできなかった比較的穏やかな時間が流れ,”紅き流星”が失踪してから半年が過ぎようとしていた。

「…元気そうだな,クラルフ」

 ルトリア王城の一室を映し出す水晶球。そこには完全武装でこれから出撃しようというクラルフが映っている。

 常に手段は確保されていたが,特に連絡をとる必要もなかったということもあり,クラルフとは別れて以来だ。

 今回は一つの節目ということで,クラルフのほうからわざわざ通信を求めてきたのだ。

「ああ。元気だとも」

 にやりと笑うクラルフだが,おや?とちょっと意外そうな表情を見せる。

「…どうした?」

「いや…」

 口に手をやり,考えるようなしぐさでこちらを見るクラルフ。

「アリシア攻略のほうは,上手くいっているようだな」

 かと思うと,突然妙なことを言い出す。

「…それほど進展はみられていないが」

「そうか?それにしては,表情が明るいが」

「…明るい?」

「ああ。共に戦っていた頃は,こう…いつも見えないしわが眉間に刻まれていたような感じだったのだが。今はむしろ,楽しそうな…いや…幸せそうな雰囲気すら感じるぞ」

「…な…」

 意外な言葉。しかし言われてしまえば思い当たるふしもある。

「俺はまたてっきり,女王の攻略が順調なのだとばかり思ったのだが…」

 にやり,と笑いながら言うクラルフ。

「…人聞きの悪い事を言うな。それではまるで…」

「まるでも何も,その為にアリシアへ行ったと陛下に聞いたぞ?」

 にやにやとしながら意味深な視線を向けてくる。

「…陛下の言葉を真に受けるのはいかがなものかと思うがな…」

 溜息をつく。

「もちろんそこは分かっているさ。だが,冗談が冗談でなくなる可能性もあるだろう?何せ帝国の誇る漆黒将軍だ」

 敵味方であることを差し引いても,なびかぬ女の方がどうかしているよ,とクラルフは笑う。

「…買いかぶらないで欲しいものだな」

「だが,ここまで結局否定はしなかったな,将軍?女王がなびいた事も,将軍がまんざらでもないということも」

「…随分と想像力が鍛えられたようだな」

「無駄に時間は費やしていない,って事さ」

 ハハハ,と屈託なく笑うクラルフ。

「…そろそろ頃合いだと聞いたが?」

「ああ。人員も人材も,何とか目途が立った。本来ならもう少し早くに赤軍はマイシャへ転進,だったのだがな」

 そこで表情が曇る。

「…エ=ツォーナを占拠されたそうだな」

「まったく予想外だったよ。まさかカイニ砂漠を越えてくる奴らが居るとは思わなかった」

 頭をかきながら苦い表情になるクラルフ。

 この世界は四つの王国から成り立っていたが,より大きな地形で推測するなら,大きな大陸の外縁に位置しているようにも見える。

 帝国が戦ってきた旧サナリア王都セダイからマクシフ,旧ルトリア領バラナシオスを経てその王都ワ=ダオラ,ガイカース,そしてマイシャを経てエリティア領トルサと,これらはすべて海側に位置している。

 一方,それと反対側に位置する旧サナリア領ヤーガや,今回占拠されたエ=ツォーナは陸側だ。

 だがその国土の外については,ほぼ全く意識の外に置かれていた。なぜならそこには”絶望と死の砂海”と呼ばれる不毛の地,カイニ砂漠が広がっていたからだ。

 その先がどうなっているかを知る者は居ないし,その砂漠を越えてきた者も全く居ない。旅立った者,正確には何らかの理由で追放されたと言った方がいいか,とにかくそのような者は居ても戻ってきた者は居ない。そんな砂漠は,少なくともアリシア領を囲む峻険な山々以上の天然の要害として考えられていたのだ。

「まぁ完全に不意を突かれて占拠されてしまった格好だからな。転進前の最後の功,景気づけと考えればいいさ」

「…話し合いの余地は…」

「変わらないな,将軍は。この格好を見てもそう言うのだからな」

 ガシャン,と自らの鎧を叩いて見せながら苦笑するクラルフ。

「まぁ,指導者が女だったので,主に陛下が交渉のテーブルを用意しようとしたことは事実だ」

「…ほぅ」

 主にと言うからには,おそらくバナドルスも賛意を示したのだろう。帝国が問答無用の強硬路線一色となっていないことにほっとする。

「だが…,最低限こちらが妖魔を手放さぬ限り対話はありえぬとつっぱねられたよ」

「…」

 妖魔を手放す。それはある意味では当然の要求とも言えるが,やはりこちらからしてみれば無理難題だ。

 彼らが居なければ,あるいは彼らの登場がもう少し遅ければ,それを可能にできる状況が整っていただろう。だが現実問題として,今二正面作戦を妖魔抜きで行う体力は帝国にはない。

 彼らに全幅の信頼がおけるのならば放棄という選択肢も無くはないが,突如として現れた謎の集団を信頼できるわけがない。要求を飲まないからと言って,それがこちらの非となるはずもない。

 ハンならばあるいはその要求を飲むやもしれないが,より現実に近い立ち位置のルマールならば反対するだろうし,どちらに理があるのかは明白だ。そもそもハンは使命や志で動いているわけだから,傍から見れば理不尽の部類に入る。

「旗揚げ当時の我々はさておいて…あんな小勢でよくそこまで強気に出られるものだ」

 肩をすくめるクラルフに苦笑する。

「…一度攻め落としてから手を引く事になったのか」

「ああ。向こうはエ=ツォーナの要塞化を進めている。いかに小勢とはいえ籠られると厄介だからな。その前に落としてしまおうという作戦だ」

 結局は連合と同じ対応をする。現状ではそれ以外に道は無いという事だ。

「…そうか」

「この作戦が終わったら,遊びに行くよ。その時は,良い娘を紹介してくれ。アリシアは侍女たちもレベルが高いと評判だからな」

「…おい」

「べ,別に遊び半分じゃないぞ?俺だって,将軍ほどじゃないにせよいい女を見つけて身を固めて…」

 慌てて否定するクラルフ。

「…おい」

 再び言う。クラルフの個人的な思いはともかく,そもそも出発点からしておかしいのだ。

「っと,すまんすまん。前線だったな。どうも将軍の顔を見ていると緊張感が…」

 ハッと我に返り,頭をかいて苦笑する。

(…そんなに緊張感が無いのだろうか…)

 はじめは社交辞令的な冗談と受け取ってああ答えたものの,あまりにもクラルフの物言いが率直でほんとうにそうなのではないかと思えてしまう。

「まぁ現実問題,隣に奴が居るのと俺が居るのとじゃ安心感がケタ違いだろう?」

「…そうだな」

 ふっ,と笑みがこぼれる。

「あと少しの辛抱だ。それで俺たちの戦いは終わる」

「…何を言っているんだ。お前は帝国のこれからを担う将として,まだまだ先は長いぞ」

「ははは。そうだな。そのためにも,さっさとこの戦いを終わらせなければな」

 そう言ってまた笑うと,しかし真面目な顔に戻ってクラルフは言葉を継いだ。

「では将軍。朗報を待っていてくれ」

「…武運を,クラルフ」

 にやりと笑って敬礼するクラルフ。そこで画像が途切れる。

「…そうだな。あと少しだ」

 これからの帝国を背負うクラルフはともかく,自分の戦いはそこで終わる。

 確かにその時はそう信じて疑わなかった。まさかそれが夢物語で終わってしまうことになるとは,夢にも思わなかったのである。

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