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最重要機密

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 ルマールが実用化に成功したという魔操兵の業に不安を覚えた私は,その詳細を知るべく,アリシアの最重要機密に触れる事を決意した。

 ユーリエと二人で再び学院の地下へと向かう。リリーはユーリエと何事かひそひそ話をしていたが,急用ができたとかで不参加となった。だがむしろそのほうが良いだろう。機密の漏洩は極力最小限に留めるべきだ。

 最下層,上位古代語の蔵書たちが眠る階のもっとも奥まった一角でユーリエは立ち止まる。

「将軍…」

「…分かった」

 何の変哲もない壁。その前でこちらを振り返るユーリエを見て状況を察し,頷く。

「では…」

 壁に向き直り,二言三言つぶやくユーリエ。

(…)

 不意に先日の言葉が蘇る。母である先代女王ともども魔法の才に恵まれなかったユーリエ。だが魔法王国の女王としてやらねばならぬ事は多いはずだ。資質に恵まれた他の歴代の女王たちに比して,その努力たるや,並々ならぬものであろう。

 たまたまそう生まれてしまったがゆえの宿命。ある意味,剣の道を進んできた自分にも共通するものがある。だが,自分には素質もあったし納得もしている。捨てようと思って叶わないものでもなかったはずだ。

「将軍…?」

 こちらを振り返り,きょとんとした表情で首をかしげるユーリエ。

「…いや,何でもない…」

 不意打ち,というにはあまりにお粗末。自分が不用意だっただけの話だが,アリシアを制圧した当初とはまったくかけ離れたその素直な表情に引き込まれ,こちらも優しい笑みが浮かんでしまう。

「あ,あの…」

 それで目を丸くして,それから頬を染めて。うつむいたユーリエは上目遣いにこちらをうかがう。

「…ああ,いや…すまない」

 横を向いて咳払いをし,表情を引き締める。一国の女王に対しているという緊張感が薄れてきてしまっているのかも知れない。そんな馴れ合いのような事では失礼にあたる,ともう一度咳払いして意識も引き締める。

「…しかし,何かが変わったようには見えないが…」

 ユーリエの顔をそれとなく避け,天井経由で問題の壁へと視線を向ける。

「そういう仕掛けです。ついてきて下さい」

 そう言うとユーリエは,念のためといった様子で辺りを見回してから,ごく自然に壁に向かって歩を進めた。

「!」

 ぶつかる,と思った瞬間にすぅっと壁の中へ溶け込むユーリエの身体。

「…これは…」

「そういう仕組みなのです」

 壁の向こうから聞こえるユーリエの声。

(…なるほどな。仰々しい扉や鍵をつけるよりも,この方が隠しておくには都合が良いか)

 ユーリエに倣って周囲を見回し,誰もいないことを確認してから,念のために壁に手をつくようにして様子を見る。

 その手が何の抵抗もなく壁に吸い込まれたのを見てから,歩を進める。分かっていてもやはりいくらかの警戒はしてしまうところだ。

「大丈夫ですよ」

「!」

 ところが中にはまた不意打ちが待っていた。一瞬だけ視界がなくなり,その後すぐに飛び込んできたのは苦笑交じりのユーリエの笑顔。

「…武人の性でな」

 何とか冷静を失わずに言葉を発し,周囲の様子を確認する名目でごく自然に視線を外す。

 広さは元の世界の感覚で言うなら六畳程度か。奥の隅には簡素な机と椅子が置かれており,机の脇の石壁が必要最小限だけくり抜かれていて,そこには二冊の文献。

「…それが,例の文献か」

「はい」

「…では,聞かせてもらおう。先ほどの話の続きを」

「少々お待ちください」

 ユーリエはこちらのすぐそばをすり抜けて今通ってきた壁に向き合うと,また二言三言つぶやいた。

(…)

 ユーリエからは表情が見えないのをこれ幸いと,周りが見えなくなっている自分に苦笑する。

「…すまないな」

 一つしかない椅子を手に取り,壁を元通りにしてこちらを振り返ったユーリエにすすめる。

「あ…」

 余裕を失っているのはお互い様だったらしい。しまった,と目を見開くユーリエ。それを知っているはずの自分が,椅子を外から持ってくるというささやかな気遣いにすら至らなかったと,ばつの悪そうな表情になる。

 だがさすがにまた同じことを繰り返してこちらを待たせるのは悪いと思ったのか,おとなしくそれに従い,またこちらの脇をすり抜けると椅子に腰を下ろす。

「…ではあらためて,頼む」

 こちらは楽な姿勢で壁にもたれ,ユーリエの言葉を待った。

「ご覧のとおり,アリシアの最重要機密はこの二つという事になりますが,そのうちの一つ,魔操兵の業に関しては,もう一つの機密に大きく依存しています」

「…依存?」

「ええ。簡単に言うと魔操兵の業は,動力を伝達する人型の製法を記したものです。ですがこちらはあくまで入れ物を作る業に過ぎず,単体では何ら意味を為しません」

「…」

「とはいえ…それを見ればその仕組みを把握できる者も居ないではない。そう考えた先人たちによって,これもまた秘匿される事となったのです」

「…ハイアムの文献では魔操兵の業のみが記されていたが,なるほどそれも本命から遠ざけるための策という事か」

「そう…なりますね」

「…最重要機密に触れる事,申し訳なくは思う。だが先ほども言った通り…」

「分かっています。アリシアの為を思って言ってくださっている以上,その恩に報いなければアリシアの立つ瀬がありません」

「…そう言ってもらえると助かる。確かにアリシアに危害が及ぶ事も避けねばならないが,それはつまり帝国がそのような存在になってしまうという事でもある。私はそれも見極め,必要ならば止めねばならぬのだ」

 そこで思わず苦笑する。何をしたり顔で言っているのか。自分はただの将軍だ。それが帝国を止めるなどと言ったところで,ただの大言壮語に過ぎない。

 それに,それはもともとハンの使命だ。共感しているのも事実だが,それに全てを賭けているという点において自分はハンに遠く及ばない。

「…では教えてくれ。そこまでして隠したい機密とは…」

 あり得ない,と一笑に付して意識を切り替え,尋ねる。

 ユーリエはちょっと表情を曇らせてこちらの様子を伺った後,意を決して口を開いた。

死霊魔術ネクロマンシーです」

「!…それは,つまり…」

「そうです。アリシアの魔操兵…というよりも,古代王国時代に開発された魔操兵の業は,死者の魂に現身うつしみをあてがって仮初めの生を与えるという手法なのです」

「…」

 予想外の言葉に絶句する。いま直に接しているアリシアの雰囲気からは全く想像もできない答えだ。

「言い訳めいてしまいますが…」

 それを苦にしたのか,ユーリエの方から言葉を継いでくる。

「当時のアリシアに限って言えば,その辺りにはじゅうぶん気を遣っていました。魔操兵として蘇るのは,戦いで命を落としたアリシア兵。しかも,本人が生前それを望んでいたという者に限られていたからです」

「…ほぅ」

 そこでごく自然に父祖の事が思い浮かぶ。なるほど死してなおアリシアの礎となろうとすれば,それが叶った時代だったという事か。

 なるほど,そこまで聞けば随分と意外さは薄れ,アリシアならばそれもありなのかも知れないとの思いに変わる。

「ですが逆に言えばやはり,そうでもしないと非難されてしまう事は重々承知の上だったという事になります。事実…古代王国時代の魔法生物は,奴隷や罪人の魂を用いるのが一般的でした」

「!」

「つまり…奴隷は死後も主人に仕える,罪人は死んだところでその罪から解放されない,という考え方だったわけです。それゆえ,本人の意思を持ちながら抗う事の出来ない制約をかけられて使役されていました」

「…」

 節操の無い,と言えば身も蓋も無いが,それでもやはり話の流れとともに二転三転する印象。

「繰り返しになりますが,アリシアの魔操兵は本人の意思が尊重されていました。その意味で,古代王国時代のそれとは大きく違うものとも考えられていましたし,そう信じたい気持ちもあります」

 しかし…と言葉を継ぐユーリエ。

「その業によってアリシアは強大な軍事力を持ち,あの悲劇を生んでしまったのも事実。それに,死の苦しみを何度も味わわせてしまうというのもやはり褒められた事ではないでしょう」

「…そうか…そうだな…」

 魔操兵に対する認識はだいたい理解できた。

 しかし。やはり腑に落ちない。

「…で。貴方がこれを私に知られるのを躊躇ったのは,私がアリシアに幻滅すると思ったからか?」

「!…いえ…それは…」

「…大丈夫だ。確かに多少驚きはしたが,むしろ…アリシアがたくさんの人々の思いの上に形作られてきた国なのだと知ってより一層の敬意を表したくなった」

 表情を曇らせるユーリエが気の毒になって,しかし社交辞令ではない率直な思いを口にする。

「ありがとうございます…しかし…違うのです…」

 しかしそれがいよいよ気まずいといった表情で口ごもるユーリエ。

「…それでは,何故?」

 後で考えれば,そこでそういう事にしておけばそれで済んだはずだったのだ。それをしなかったのは,一度口を滑らせてしまったものをいまさら誤魔化すわけにはいかない,公正に接したいというユーリエの真摯な態度だったのだろう。意を決して,ぼそぼそと言葉を発する。

「私は誤解をしていたのです。その…将軍が,ご自身の為にこの業を欲していると…」

「…私が?何のために…死者を…」

 そこでハッとする。

 もしお前が望むならそれが,例えば死者と意思の疎通を図ることくらいはできるやも知れん。あの時,ハンは確かにそう言った。

「…ま,さ,か…」 

 急速に話が見えてくる。  

 そしてユーリエは,こくり,と小さく頷いた。

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