純白の舞姫・その弐
私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。
ユーリエに請われてともに見守ることとなった,絶望的な戦場に身を投じるエリィ。
戦闘開始を告げる叫びとともに,彼女は最も近いエリティア王城側の入口へと駆けていく。
「…ほう…」
その入り口が開け放たれていたことで,連合側の作戦を察する。
おそらくは戦力の大部分をそちらへつぎ込んで包囲に穴を開け,もしもの時の退路も確保しようという目論見だ。
「はああっ!」
「!」
地を蹴って斜めに飛びあがり,城壁を蹴って味方の上を飛び越え,先頭に居た巨人の顔面に蹴りを食らわせる。もんどりうって倒れる巨人。
「とどめは任せる!」
そう叫びながら槍を出現させると,倒れた巨人の上を,槍で手足の腱を切りながら走り抜けて次の巨人へと向かう。
「えええ!?」
繰り広げられる光景に驚愕するリリー。
エリィは振り下ろされる大斧を,棍棒を,槍や足の甲であるいは難なく受け止め,あるいは軽々と受け流し,必殺の一撃を軽々と叩きこんで次々と倒していく。とどめは任せると言いながら,その必要などほぼまったく要らないと言ってよい。
「ちょ…ちょっと?この人も龍戦士なの?」
「いえ,少なくとも龍戦士そのものではありません。覚醒…したのでしょうか…」
呆然とつぶやくユーリエ。
第二世代以降の龍戦士は,場合によっては龍戦士の力が眠ってしまっている事もある。過去の文献にも何かのきっかけで力を発現させた者が居ると記されていたのだから,可能性としては考えられる。
だがそれでも。発現する力は最大で親の半分程度のはずだ。
「…どうやら,この鎧と槍に秘密があるらしいな」
思わず漏れる笑み。
「将軍?」
「あ…もしかして?」
目を丸くするユーリエの後ろで,ハッと気づくリリー。
「この武具を作ったのは…」
「…おそらくは,な」
シャルルが作ったのだろう。
「なるほどね…姿を消しても良いだけのモノを遺して行ったのか…」
「ど,どういう事なのです?」
「…女王。この鎧はおそらく,エリィのもとを離れざるを得なかったシャルルが持てる全てをつぎ込んで作ったものだ」
「!」
「…龍戦士の力を使う事すら厭わない,という覚悟のもとに作られたものなのだろうな。さすがに,世界よりも大事だと言うだけの事はあるか…」
初めて見たあの時の,フォロー役に徹するシャルルの姿がうっすらと見えるようだ。
水晶球の中のエリィに見入りながら,自然にまた笑みが漏れる。
「…」
しかし視界の端でユーリエが複雑な表情を見せたのを認め,ごく自然にそれを消す。
しばらくの後。小さな竜巻が通り過ぎたかとも思わせる道ができた。その両側に積みあがるものは妖魔の屍。
「退路は確保したわ!これで…」
ふぅっと一息ついて,叫びながらトルサを振り返ったエリィの表情が途端に険しくなる。
「…くっ!」
どうやら他の門は防ぎきれなかったらしい。内部になだれ込んだ妖魔が火を放ったのか,水晶球の中に映るトルサの城壁の上に黒煙が立ち上っている。
「エ…!」
ユーリエが息を飲む。エリィは猛然と,トルサへ向かって駆けだしたのだ。仲間の制止を振り切ってもと来た道を戻る。
「…殿を務めるつもりか…」
だがいくら何でも分が悪い。攻勢に出ればこそ一方にだけ力を振り向けていれば良いが,守勢に回って,しかも包囲を食らってしまえば不覚を取る危険も高まる。
中央の広場まで彼女がたどり着いた時。戦局は絶望的になりつつあった。蟹と巨人を止められなかったことで市街戦へと移行し,頼みの綱ともいえる組織だった防衛がまったく機能しなくなっている。
「まだ…っ!」
惨状に歯噛みをするが,二度三度と頭を振ってそれを追い払い,短くつぶやくエリィ。
「あ,諦めないの?この状況で?」
はらはらしながら言うリリー。
エリィは,エリティア兵を薙ぎ払いながら大通りを向かってくる蟹へ走る。その数三。
「エリィ…」
つぶやいたユーリエの声にかすかな震えを感じ,そちらを見やると,彼女自身もまた震えている。
「…」
卓の上で小刻みに震えている手を,そっと手で包む。
「!?」
びっくりしてこちらを見るユーリエ。それに向かって微笑む。
「…すまないな。このくらいしか,してやることができないが…」
あの晩のユーリエに比べればお粗末もいいところだ。魔法が使えればもう少しましなのかもしれない。などと考えてしまう自分に内心苦笑する。
「あ…ありがとうございます…」
ユーリエはそれにもう片方の手を乗せる。
「はぁっ!」
ズドン,と激しい音。水晶球の方に意識を戻すと,下敷きにならないよう飛び退ったエリィの居た場所へ崩れ落ちる蟹。
「…なるほど,蟹で道を封鎖するつもりか…」
そう言っている間に次の蟹を槍で仕留めるエリィ。二体の骸が道を塞ぐ。
「これで敵の勢いは削げる!踏ん張るのよ!」
押し込まれていたエリティア兵たちがそれで勇気づけられ,骸の隙間に戦力を集中して態勢を立て直しにかかる。
「え…!」
リリーが短く叫ぶ。三体目の蟹を仕留めたエリィがもと来た方向へと走り出したのだ。
「…理には適っている」
別方面が押し込まれてしまえば,蟹を盾に踏ん張るエリティア兵が孤立して挟撃されてしまうのだ。彼らの背後を守るためにはそうする必要がある。
断続的に上空から襲ってくる妖魔を蹴り飛ばし,撃ち落とししながら広場へと戻るエリィ。
「嬢ちゃん,突出しすぎじゃ!」
そこで水晶球に飛び込んでくる仲間の制止。だがそれに耳を傾けている余裕は戦況の方にはないだろう。
「く…!」
状況を見やって眉間にしわを寄せるエリィ。そちらはすでに壊滅的状況だ。応戦している味方はすでに討たれてしまったのかほとんどいない。
逃げ遅れた非戦闘員,と言っても徴兵制を敷き国民すべてが予備役兵とも言えるエリティアではそれは徴兵前の子供を指すわけだが,それがこちらへ向かって逃げてくる。
「…っ!」
ぎゅっとこちらの手に緊張を伝えてくるユーリエ。エリィはその絶望的な戦局の中へと身を投ずるべく走り出した。
「やらせは…しないっ!」
獲物を薙ぎ払おうと振られた巨人の棍棒へと飛び込み,それを蹴って逸らす。そして間髪入れずにがら空きとなった巨人の急所へ槍を突きこんで仕留める。
「!」
巨人がどうと倒れたことで視界が開け,そこに繰り広げられる光景を見て驚愕するエリィ。
かなり離れた路地への入り口で,小柄な少年が剣を構えて妖魔と対峙している。おそらくは傍に倒れている兵の剣をとったのだろう。到底心得があるようには見えない。
「姫っ!」
また別の制止を振り切り,なりふり構わずそちらへ突撃するエリィ。攻撃をかいくぐりかいくぐり,深々と敵中に入り込むと,少年と妖魔の間に割り込んで妖魔の攻撃を止め,それを蹴り飛ばす。
「大丈夫!?ここは任せて退きなさい!」
背中越しに声をかける。
「足をやられて動けないんです。せめてコイツだけでも…」
しかし少年はそう答える。その後ろにはさらに小さい女の子。
「…そうか,その子を守ってたのね。偉いぞ…」
振り返ってそれを確認し,少年に笑いかけるエリィ。
「ああっ!」
その背中へ向けて妖魔が攻撃する。少年の叫び。だがエリィは後ろも見ずにその攻撃を足で受け止める。
「大丈夫。私が二人とも助けてみせる」
槍の柄でその妖魔を突き飛ばしたエリィは,それをしまうと二人を抱きかかえる。
「ちょっといろいろ動くから,しっかりつかまってて。怖ければ目をつぶっていなさい」
「ちょ…ちょっとちょっと,それはいくら何でも無理じゃ…」
呆気に取られるリリーを他所に,エリィは妖魔の群れをきっと睨みつける。
「道を開けなさい!邪魔をするなら容赦はしません!」
そう言って飛び出す。だがそんな言葉を聞くわけがない。エリィに一斉に群がってくる妖魔。
「…っ!」
ユーリエが息を飲む。
さすがに複数の攻撃を一度に受けることはできない。しかしエリィは敵に向かって走る。間合いを変化させることでそのタイミングをずらし,各個撃破していく。またあるいは先頭の妖魔を後続に向かって蹴り飛ばして時間を稼ぎ,その間に別方向の攻勢をはねのける。
「うわぁ…」
ぽかんと口をあけるリリー。
敵の攻撃に対処するベストなタイミングを瞬時に見極め,あるいはまたそれを導き出すための自分のリズムを細かく変えて決して敵の思うような仕掛けをさせない。複数の型を変幻自在に使い分けて相手に的を絞らせないのに,決してそれが無理な動きになっていない。あくまで滑らかに,流れるように動いていくエリィ。
「…これが,舞神流か…」
この世界でもっとも伝統と格式のある二大流派のひとつで,剣の覇王流と並び称される舞神流。エリィの腕前もさることながらその洗練された技に魅せられる。
「…美しいな…」
「将軍…?」
意外そうなユーリエの声。
「…だが…」
いくら技自体に隙がなくとも,それを使うのは人だ。当然体力的な限界が訪れるはずである。
「はあっ,はあっ…」
あたりに妖魔の骸を累々と積み上げ,何度目かの攻勢をしのぎ切った後。ついにエリィが肩で息をしはじめる。
「ああ…」
おろおろするリリー。ユーリエの緊張がまた手に伝わってくる。
「!」
その時。遠巻きにしていた妖魔たちが一斉に弓矢で狙いをつける。
「ま,まずいよ!ボス…!」
と,そこでエリィがくるりとそれに背を向ける。
「エリィ!」
ユーリエが思わず叫ぶ。抱えた子供だけでも守ろうとしたのか。
「…く!」
まずい。最悪のケースだ。
そして,まるでそれを合図にでもしたかのようにその背に向けて一斉に矢が放たれる。
だが次の瞬間。
「はぁっ!」
エリィが体をひねりながら後ろ回し蹴りのように蹴り上げる。大部分はそれで弾き飛ばされ,残りもその急激な風圧で勢いを削がれる。
そこへ続けて,そのままの勢いで放たれたもう片方の回し蹴り。それらをあるいは弾き飛ばし,あるいは吹き飛ばす。
「…!」
「やらせないわ」
あらためて妖魔に正対し,きっとそれを睨みつけるエリィ。息は荒く,肩も上下しているが,その表情には何者にも侵すことのできない強い意志が現れている。
「…美しい…」
ぞくりと背筋が震え,また思わず言葉が口をついて出てしまう。その時確かに,口元には笑みが浮かんでいた。
「将軍…」
しかしユーリエの声で,ハッとして意識を現実に戻す。
不謹慎だっただろうか。何か誤解されたのかも知れない。だがそれを下手に弁明すればいよいよ痛くもない腹を探られる。
だがその時。
「…むっ…」
余計な弁明をする必要はなくなりそうだ,と相変わらずそちらに意識をとられながら言う。結局そうこうしているうちにその印象は薄れてしまい,それが何だったのかを分析する事は長くかなわなくなってしまったわけだが,確かに水晶球の中ではそちらへ意識を向けられるほどの状況の好転が起こっていた。
「え…?あ…」
視線を戻したユーリエも驚きの声を上げる。遠巻きにしていた妖魔たちが,つぎつぎとエネルギーの塊に体を貫かれて倒れていったのだ。
「姫!ご無事ですか!」
仲間らしき声。
「…,良かった…」
「…」
ユーリエの,安堵ゆえの不用意なつぶやきを耳が拾ってしまうが,敢えてそれを聞き流す。
「無茶し過ぎだぜ,嬢ちゃん」
続々と仲間が駆けつけてくる。敵中深くで大立ち回りを演じたエリィが,結果として帝国の前線を薄くすることに貢献したのだろう。
「この子たちを,お願い…」
状況の悪化で怖気づく妖魔たちを相変わらず睨みつけながら,エリィは抱えていた二人をすらりとした体躯の男に託す。
「さあ…仕切り直しといきましょうか…」
「ええっ!?まだやるの!?」
リリーが驚愕する。
「…いや…」
そう言って次の句を継ごうとした時。エリィがじりっ,と一歩踏み出したのを合図に妖魔は雪崩を打って逃走を始めた。
「…勝負はついていた。前線が崩壊した以上,これ以上エリィの前に屍を積み重ねるわけにもいくまい」
「よかった…」
ユーリエの安堵の声。それに呼応するかのようなタイミングで,心身ともに限界に来ていたエリィは意識を失い,ドワーフらしき男が慌てて伸ばした腕の中へと倒れ込む。
「…結局,ひとりですべて止めてしまったな…」
「それにしても…この鎧は,とっても勉強になるなぁ」
感嘆の声を上げるリリー。
「あ,あの…将軍…」
そこで控えめなユーリエの声。
「…ん?」
「ありがとうございました,その…」
気まずそうに言いながらユーリエが手をどけると,現れたこちらの手はじっとりと濡れていた。
「…すまないな。魔法でも使えれば,もっと効果的に緊張も不安も取り除けただろうが」
「いえ…その…」
複雑な表情でもにょもにょと何事かを言っているユーリエに苦笑しながら立ち上がり,別れを告げてそこを離れる。
「…」
エリィたち連合の勝利。それは帝国の悲願の成就が先延ばしになってしまった事を意味していた。




