誕生日
私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。
「…生誕記念式典?」
思わず聞き返す。しかしこの状況で,学院長が口走るほど重要な節目を迎える者など一人しか考えられない。
「ユーリエ様は,あと十日ほどで十八歳を迎えられます」
予想通りの言葉。
「…そうか…」
ここでよくよく考えれば,学院長の話が不自然だという事に気づいただろう。仮にこちらの言う事を全て信用したとしても,さすがにそれを今ここで言い出すのは無理がある。
だがやはり,ユーリエが心痛で倒れたという事実は心の大部分に影を落としていた。何か気分転換にでもなるような事を,と思っていた所にそれは魅力的に響き,その不自然さに気づく冷静さを残すことはできなかったのだ。
「…さすがに国を挙げて大々的にというわけには行かぬが,式典自体は特に禁止する必要もなか…」
「将軍!」
ごく自然にその話を進めようとするが,しかしそこで再び割り込んで来るユーリエ。
「何を言い出すのです!帝国の支配下にあるアリシアで,そのような式典などできるわけがないでしょう!?」
「…女王…」
「学院長も学院長です!もっと状況を良く考えて下さい!」
「いやはや…」
そこで肩をすくめるヨークシン。
「無論半分は冗談ですよ,ユーリエ様」
「えっ…?」
(…なるほどな)
そこでやっと,その不自然さに気づく。
「…あまり感心はせんな。こちらを値踏みしようという策のダシに自分の主君を使うとは…」
「状況が状況ですからな」
悪びれもせずに言ってのけ,さらに言葉を繋ぐ。
「しかし…さすがは帝国の漆黒将軍。これほど短期間に,ここまでユーリエ様の心の中へ入り込むとは…」
「!?が,学院長…!」
うろたえるユーリエ。
「…もうその手は食わんよ。それに…策を弄すれば弄するほど貴方の…いや,学院そのものの名声に傷がつくぞ」
努めて冷淡に牽制の言葉を放つ。さすがに学院まで貶められるわけにはいかないだろう。
「む…」
案の定,一瞬憮然とした表情を浮かべるヨークシン。
「…ここで終いだ。それでいいな?」
「やむを得ませんな。…では,残り半分の話を…」
「が,学院長っ!?」
「…分かった」
「しょ…将軍まで!?」
驚愕するユーリエ。
「…女王。学院長の心無い策で冷静さを欠いているようだが,私は冷静だ。情で動こうとしているわけではない」
内心では苦笑しつつも,表面上は努めて淡々と言う。
「えっ?」
「心無いとは心外な…」
「…先日,アリシア国民はここを包囲した。つまりは,貴女への思いがそれだけ強いという事だ。そこで式典を我々が一方的に禁じてしまったら,暴動が起こるかも知れない」
抗議しようとしたヨークシンを完全に無視して言う。
「将軍,それは…」
「…日頃穏やかな者ほど,いざとなると烈しくなるとも言う。我々としても無用な犠牲は出したくないからな。懐柔策も必要という事だ」
「で,ですが…」
「…無論,さっきも言った通り全くの自由とは行かぬよ。その辺りは慎重に詰めねばなるまい。…学院長。通常ならば,その式典はどのように立案されていたのだ?」
「基本的には大臣,我々,後はクマルー卿で協議しておりましたな」
「…クマルー卿か…」
あれ以降,どこで何をやっているのかは謎のままだ。だが仮に所在が分かっても彼との接触は危険すぎる。
「…居る者だけで話を進めるしかないだろうな。ところで…話はどこまで進んでいたのか?」
「毎年の恒例行事なので,細部を詰めるところまでは決まっておりましたよ」
「…そうか」
こちらが王城を制圧したために頓挫していたというわけだ。事ここに至るまで大臣たちをはじめ使用人たちも一言もそれを言わなかったわけだが,ユーリエが口止めをしていたのかも知れない。
「…ならばあとは調整だな。よし,すぐに行動に移そう。二人とも,当日までの予定は問題ないな?」
頷く二人。
「…では,早速今夜から協議しよう。大臣たちにも招集をかける」
「分かりました。ではこちらも一度戻って準備をします」
そう言って立ち上がるヨークシン。ルタックもそれに倣う。
「…少々過酷になるかも知れんがよろしく頼むぞ」
二人は一礼し,退室した。
「…ふぅ」
一つ息をつく。
「…すまないな,女王。学院長との駆け引きでああなってしまった」
「駆け引き…ですか?」
納得がいかなそうなユーリエの声。無理もない。先ほどは一方的に話を進めてしまったのだ。
「…ギルド長はともかくとして,学院長はいろいろとこちらを探りに来ていたからな。リリーの装置を信頼していないわけではないが,あまり隙を見せるのもどうかと思ったのだ」
言いながら応接間を出てユーリエの部屋へと向かう。
「あ,そ,そうですね…揺さぶりをかけているのは分かりました」
もにょもにょと口ごもるユーリエ。
「…あまり褒められた手ではなかったがな」
苦笑する。
「…さて,さしあたり今夜の打ち合わせの事だが,私とリリーが参加する」
「あの…やはり中止が無難なのではないでしょうか…」
「…貴女は,祝って欲しくは無いのか?」
「いえ,そういうわけではないのですが…」
「…先ほどは情ではないと言ったが。せっかくこの機会に立ち会えるのも何かの縁だ。私も祝いたいと思っている」
「な!?」
「…特に今のこの状況だ。貴女にも国民にも心痛を与えているという引け目もある。せめてこのような時ばかりも,いや,このような機会だからこそ,たとえささやかであっても開くべきなのだと思う」
「将軍…」
「…だが申し訳ない,我々だけでは何をどう決めても貴女に心痛を与えてしまいそうでもある。だから,貴女にはそれを監察していてもらいたい」
「私が…ですか?」
「…自分の誕生会の段取りを自分で見張れ,と言うのも変な話だがな」
苦笑しながら扉を開け,部屋へと入る。
中には気まずそうなユーリエの顔。それを見て我知らず笑みがこぼれてしまい,ユーリエはそれで一瞬目を丸くして,すぐにより一層気まずそうな表情で俯く。
だがその時。バチン!と空気の震える感覚。
「!…やはりな」
即座に顔が引き締まる。
「ど,どうしたのです?」
「…学院長は,こちらからの攻撃に備えて防御魔法を準備していたようだ。おそらくはそれゆえ,入り口で弾かれたのだろう。…そうだな?父祖よ」
リリーに聞いた話では,装置には対抗魔法を無効化する機能が備わっている。例によってどんな仕組みなのかは分からないが,それが作動したのだろう。
<その通りだ>
「…で,どうなったのだ?」
<無効化された事には気づいたな。だが見張りの手前,再び詠唱して張り直すわけにも行かなかったようだ。じゅうぶんに注意を払いながら出て行ったぞ>
「…そうか」
ならば特に問題は無いだろう。これもどんな仕組みかは分からないが,装置に対する警戒の念もすっかり抜け落ちてしまうらしい。つまり以後どんな防御魔法を張ろうとも,装置に対してだけは完全に無防備となるのだ。
◇
その日の晩から式典の前日まで,連日会合が持たれた。やはり口止めはされていたようで,大臣たちは一様に計画の再開を喜んだ。
会合の焦点は,いかに隣国に不審がられないような式典とするかだった。帝国が懐柔策として許可を出した,という体を守りながらどれだけ国民を満足させられるか。熱のこもった話し合いが続いた。
しかし結局,規模としてはかなり控えめなものに収まった。これは他国との関係に依存する来賓や交流行事が全て割愛された事も大きかったが,やはり当の本人の意向を無視するわけにはいかなかったのだ。
そして当日。ささやかに式典は執り行われた。
目玉はやはり,ユーリエへの謁見であった。帝国に支配されて以降初めて女王がその姿を現すとあって,特別に入る事を許された城館の庭は超満員の状態となり,ユーリエが窓からその姿を見せただけで辺りを揺るがすような歓呼の叫びが起こった。
そして,その晩。
「お疲れ様でした,将軍…本来ならば私がやるべきところを…」
事後処理を済ませてユーリエ達が居る部屋へ入ると,真っ先にユーリエが労いの言葉をかけてくる。
「…いや。なかなかに貴重な経験をさせてもらった」
言いながら用意されていた椅子に座る。
「…しかし,アリシアは良い国だな。国民たちが貴女を慕っているのが良く分かる」
「すみません…」
俯くユーリエ。
「…なぜ謝る?むしろ誇ってよいところだと思うが…」
「だ,だって!それは将軍のお膳立てのおかげでしょう!?」
顔を上げてまくしたてる。
「…それは…」
「国民たちは真実を知りません!今のアリシアの平和は将軍に守られていると言うのにっ!その将軍を独裁者の如く思っているのです!」
「…それは,作戦上やむを得ない事だ。それにそもそも,不自然と理不尽を強要しているのはこちらなのだ」
「今日の事にしたって…国民が私の事を大事に思ってくれればくれるほど,それは将軍への怨嗟となって…」
「…そうか…」
そこで合点がいく。要はユーリエは,国民を刺激することでこちらが憎まれてしまうことを避けたかったわけだ。
「…女王。貴女は優しいのだな…」
また自然に,いつもの言葉が口をついて出てしまう。
「そんなこと…将軍に比べればいかほどの事もありません」
(…?)
だが予想外の反応。これまでなら猛烈に反論してくるところ,のはずだ。
「はいはい,湿っぽいお話はそこまで。料理が冷めちゃうよ」
そこでリリーがパンパンと手を叩きながら言う。式典が大っぴらにやれなかった分を埋め合わせようという彼女の発案で,ささやかながら三人で祝う事になったのだ。
湿っぽい話を蒸し返すわけにもいくまい。こんなささやかですまないな,と言いたいのをこらえる。
「じゃぁ始めるね?まずはお誕生日おめでとうの歌~」
そう言ったリリーだが,こちらをまじまじと見てくる。
「まさかボス,そんな浮ついたのは知らないとかそういう事はないよね?」
「…さすがにそのくらいは知っている」
苦笑する。
「じゃぁいくよ。せーの…」
それに合わせて歌う。
<ハッピーバースデートゥーユー,ハッピーバースデートゥーユー…>
(…)
そういえば。これはもともと英語のはずだ。日本語が古代語だとして,これは,俗に言うカタカナ英語という奴はどういう扱いになるのだろう。
<ハッピーバースデーディア…ユーリエ~>
しかしそんな事よりも,今はユーリエを祝おう,そう思い直してそれを意識の外へ追い払う。
<ハッピーバースデートゥーユー>
パチパチと拍手をする。
「おめでとう!女王様」
「あ,ありがとうございます…」
感極まって瞳を潤ませるユーリエ。
「…おい…」
「だ,だって…こんなの初めてですよ?アリシアの文献にすら残っていない上位古代語の歌なんて,それで祝ってもらえるなんて…」
(…古代語になるのか)
指で目元を二度三度とこすって,にっこりと笑うユーリエ。
追い払ったはずの些末な思考に注意を向けていた分だけ隙ができ,その笑顔に心を乱されかけて,心の中で頭を振る。
「…喜んでもらえたのなら何よりだ」
「じゃあ,次はプレゼントだね。私からは…ハイ,これ!」
リリーがリボンのついた小さな箱を手渡す。
「開けてみて!」
ユーリエが箱を空けると,現れたのはチョーカー。
「これは…」
「へへっ,お待たせ。性能に関しては私らのと同じだよ。さすがにデザインは女王様に似合う物にしなきゃと思って,オヤっさんに頼んだけどさ」
それで時間がかかっていたのか。
「ありがとう…リリーさん」
だがどうやら満足のいく出来のようだ。
トーベが腕の良い職人だという事は分かっているつもりだったが,根拠はあくまで武具。装飾品については良く分からない。しかしユーリエを納得させたのならば,そちらもかなりの腕前だという事だろう。
「大事にしてね?」
そしてリリーはこちらを見る。
「で…ボスは何を上げるの?まーさーかー忙しくて準備してないなんてことはないよね?」
「…それは…」
していない。いや,できなかったと言った方が正しい。ユーリエは女王だ。大抵のものは良い物を持っているはずだ。リリーのように他にはない付加価値でもあれば別だが,そうでなければほとんど意味を為さない。
いや。そもそも何を用意できたと言うのだ。先の話ではないが,寝食の心配が要らないだけで部下ともどもほぼ無一文なのだ。帝国へ戻ればこそはじめて給金も支給されるだろうが,ここまで届くわけもない。
「将軍はお忙しかったのです。その上贈り物まで頂いたとあってはいよいよ申し訳が立ちません」
「えー?だって,誕生日だよ?誕生日!別に物じゃなくても,何かないの?ボス!」
「…そうだな」
真剣にできる事を考えて,そこでふっと思いつく。
「…ならば,もう一度機会を設けてみるか」
「え…っ?」
「…トルサへ潜入して,”紅き流星”を…いや,”風”のエリィもか…ともかく,説得を試みてみよう」
「将軍…」
「…私には,他にできる事もないからな。分の悪い賭けだが,それで許して欲しい」
「…」
ユーリエは複雑な表情を浮かべた。




